第23話 思わぬ依頼

ビジネスプランを決めた翌日。新たなビジネスを作ろうと目論んでいる俺たちは、早速商業協会に来ていた。


「なんだか、商業協会って久しぶりだな」

「うん。基本的に魔法協会に行けばどうにかなったもんね」


前に来たのは、何年前だろう。

数年経てばどんな場所も多少は変わる。それは、商業協会も例外ではなかった。

どこに行けば、何があるのだろう。頼りにならない昔の記憶を追い払い、俺たちはあてもなく商業協会をうろつき始める。

そのうちに、ツェリアがある場所を指さした。


「あっ、なんかあれっぽくない?掲示板!」

「ほんとだ!かなりいろいろ書いてあるわね」


近寄ってみると、確かに掲示板だった。

巨大な石板が壁一面に埋められていて、そこに石筆で思い思いに文字が書かれている。


「ふぅん、屋台とか工房とかの従業員募集が多いわね。商店関係は……あるわけないか」

「こことか見てみてくれ。仕事の募集があるぞっ!ということは、俺たちもここに書いていいってことだよな?」

「そういうことだね。だけどその前に、事業の届出をしないと」

「そうだな。よし、カウンターは……」


リウスは掲示板に比べてあっさりとカウンターを見つけ出し、数年前と同じように必要事項を記入する。

その届出が無事に受理されたことで、ビジネスは始まった。


「じゃあ、掲示板に行きましょうか」

「うん!」


そのあと、掲示板に仕事募集の旨と、連絡先を書き込み、俺たちは顔を見合せた。

何を言おうか、迷っているような沈黙を、リウスが不安そうに破る。


「これさ、依頼来ると思う?」

「うーん、正直、これだけじゃ来ないと思うわ。なんせ信頼度と知名度がないもの」

「たしかに、この掲示板の隅々まで読むだけで一日かかりそうだもんね」

「えええ!?それじゃだめじゃん!俺たちの商店計画が……!」


ここまでリウスがショックを受けていると、俺まで悲しくなってくるからやめて欲しい。

まあ確かに、俺の言葉は正しいと思うし、ツェリアの言葉も正しいと思う。

だけど、きっと今は有名な何かも、昔は一人の頭の中の世界にしかなかったはず。

アイデアを出して、実行して、広まって、有名になる。それは、俺たちができない事じゃないと思う。


「まあ、ゆっくり待ってみましょうよ。まだ二年あるわ」

「うん。二年も、ととるか、二年しか、ととるかは人それぞれだもんね」


ツェリアの言葉に頷くと、リウスも少しは元気を取り戻したようだった。


「そうだな!よし、じゃあ俺は早速知り合いに仕事をアピールしてくる!」

「お、おお、頑張って」


そう言うが早いが、足早に商業協会を去るリウス。

……気持ちの切り替え、はやっ。


「なんだか、たまにリウスがものすごい大物に見えることがあるわ」

「俺もだよ」


そんなリウスを、俺とツェリアはやや呆然としながら見送った。




そして、翌日、集まる予定は無いのにリウスが家にやってきた。


「レノールうぅ……」

「どうしたリウス」


肩を落としたリウスを見た俺は、なんとなく要件を察する。

リウスは、絶望と悔しさが混ざった口調で話し出した。


「昨日さ、知り合いとか、すれ違った知らない人とかに仕事をアピールしてきたんだ」

「相変わらずコミュ力高いな」

「たぶん、200人以上に仕事をアピールしたのに……したのに……、仕事の依頼がこなかった……」

「……ありがとう、そこまでしてくれて。知名度が上がっただけでもありがたいよ。あと何日かしたら、依頼が来るかもしれないじゃん」

「そうか……?そうかな……。うん、きっとそうだな!」


……リウスがポジティブ能天気でよかった。

こういう、割と勢いが大事な物事では、なによりもやる気が大事だ。お金が無くても、ひとりぼっちでも、やる気さえあればなんとかなる。

その点、リウスは文句無しにやる気に溢れている。


「だって、俺たちだもんな!」

「うん。きっと以来は来る……と思う……」

「よし、なんか元気出た!ありがとなレノール!」


……どうしよう。

俺が言葉に詰まったのには、理由がある。

こんなに目がキラキラしているリウスは、絶対に依頼が来ると信じきっている。

それに対して、申し訳ないが俺の言葉は気休めである。

こんな言葉をリウスに言っておいて、何も依頼がこなかったらどうしよう。俺が変に期待させたせいでリウスのモチベーションが余計に下がったら、俺はどうすればいいのか。


……その答えは出なかったが、問題なかった。


「こんにちは、レノール、いるかしら!?」

「……え? あ、はい」


大声に対し、反射的に返事をしてしまったが、この声、この口調はツェリアな気がする。

なぜツェリアがここに。

家のドアを開けると、案の定ツェリアが立っていた。


「レノール、急にごめんなさいね。リウスもここにいるかしら?」

「うん。急いでたっぽいけど、どうしたの?」


何事かとリウスが寄ってくると同時に、ツェリアは衝撃発言をした。


「あのね……依頼が来たの」


この言葉を消化するのに数秒かかった。


「……え?依頼って?事業の?なんの?」

「事業よ。ほら、掲示板の連絡先に私のところを書いたでしょ?」

「えっと……誰から?リウスの友達?」

「いいえ、たぶんだけど全く知らない人」

「全く知らない人?」


全く知らない人と俺たちにはどんな接点があるんだろう?

まさか、あの、ジャングルのような掲示板から奇跡的に俺たちの書き込みを見つけたのだろうか。


「わあ!早速最初の以来かぁ!レノールの言う通り、さすが俺たちだな!」


……何はともあれ、リウスを失望させずに済んでよかった。

リウスの満面の笑みをつくった依頼者さんに感謝である。

ただ、光を放ちそうなほど喜んでいるリウスに対して、ツェリアはやや心配そうだった。


「ええ。確かに、素晴らしいし、嬉しいことなんだけど……」

「ん?何か問題があるのか?」

「これが私たちの初依頼というわけよね? だから、もし失敗したらきっともう依頼はこないと思うの。そう思うとちょっと怖くて」


明るくなりすぎていた空気が、元の光量に戻る。

……そうだ。仕事というものは、依頼をもらうことではなく依頼をこなすことだ。

そして、願わくば、満足して喜んでもらいたい。

そこで、俺は依頼の内容が気になった。


「ねえ、ツェリア」

「ん?どうしたのレノール?」

「依頼の内容って、どんなの?」


俺の質問に、ツェリアはハッとしたように目を見開いた。


「ごめんなさい、まだ言ってなかったわね。依頼人は、食品を扱う屋台のとある店主。依頼内容は、新レシピの開発よ」


最初の感想は、なぜ俺たちに、だった。

その疑問を見透かしたように、ツェリアは小さく笑う。


「たしかに、私たちは料理関係の仕事でもないし、専門知識もないけれど。でも、前に屋台で新料理を売ったことがあるでしょう?」

「ああ、結構売れたよね」

「その時に売ったものは、今でもあちこちで人気らしいの。で、依頼人さんは、このレシピを生み出したのは誰なのか気になったらしいわ」

「なるほど。それで情報を辿りに辿り、俺たちに行き着いたって訳か」


俺の言葉に、ツェリアが頷く。

だけど、そのあとに顔を曇らせた。


「でも、ねえ……。新レシピなんて、そうそう思いつくものでもないと思うわ。断ることも考えたんだけど、私の一存では決められなかったの。リウス、レノール、どう思う?」


一応、前世のレシピはまだ覚えている。

屋台の時は「調味料がいらない」「甘いもの」という条件をつけたから作ったことの無い食べ物に挑戦したが、依頼主の財力にもよるがその2つの縛りを無くせば種類はいろいろある。

前世で料理をしておいてよかった。「食べたいものは自分で作れるようになりなさい」、と教育してくれた前世の母親に感謝である。


「ん、レシピの開発なら俺はできるよ。内容にもよるけど、頑張る」


本当は俺が開発するのではなく、前世の誰かの開発品をパクるだけなんだけど……。親友の夢のためである、どうか容赦してもらいたい。

本当に、前世の料理研究家には感謝してもし足りない。同じ世界に生きていた俺は幸せだ。

そう思いながら俺はツェリアとリウスを見たら、二人は硬直していた。


「まだ、レシピの案があるって言うのか……?」

「すごいわね。屋台のときも、貴族のときも、いつもレシピを開発できて」

「あ、うん。えーと……まあ、そういうものだと思って欲しい」


しどろもどろにそう言うと、二人はどこか諦めたように頷いた。


「そうと決まったら、依頼者さんに会いに行きましょう。さっき、屋台のある場所を教えてもらったの。新料理の打ち合わせよ」

「うん! あ、レノールは今日暇か? 俺は暇なんだけど」

「午後から農作業を手伝うつもりだったから、今なら大丈夫。ただ、長引いたら途中で抜けるかも」

「了解よ。じゃあ、急ぎましょ」


思わぬところから思わぬ依頼。

全く、人生は何が何に影響するのかわからない。

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