第4話 もう1つのお祝い

「もう、むーちゃん、強引なんだから……」


 照れて俯きながらつぶやく紗絵さえさん。今の彼女はお姉さんといった感じじゃなくて、一人の可愛い少女のようだった。


「だって、そんな可愛い仕草されたらぐっと来るって」


 こういうのをギャップ萌えというのだろうか。なんでもいいけど、とにかく、いつもと違う彼女の様子にときめいているのは確かだ。


「なんだか、私の方が年下になったみたい。ファーストキスだったのに……」


 そう拗ねたように言う彼女が、やっぱり少し幼く見える。


「あ、そういえば、もう1つのお祝い、忘れてた」


 雰囲気に我を忘れるところだった。いけない、いけない。


「もう1つのお祝い?」


 何のことだろうという顔の紗絵さん。やっぱり忘れてるのか。


「ちょっと待ってて」


 台所に行って、作ってあったを部屋に持ち運ぶ。


「はい、これ」


 ゆっくりと、部屋のちゃぶ台に、それ……バースデーケーキを置く。


「18歳の誕生日おめでとう、紗絵さん」


 その言葉とともに、買っておいたクラッカーを鳴らす。


「え?え?」


 何が起こったのかと、目を白黒とさせる紗絵さん。


「今日、紗絵さんの誕生日だろ。2月14日」


 この人は、毎年のことながら、人から言われるまで思い出さないのだろうか。


「そういえば、そうだったね。チョコ作ることばっかり考えて、忘れてた」


「しっかりしてくれよ。友達は何か言わなかったの?」


「そういえば、彼氏君によろしくとか言った時に、何か言いたそうだったけど」


「それ、たぶん、俺たちに遠慮してたんだよ」


「あー、そうかも。申し訳ないことしちゃったなあ」


 反省、反省、とぶつぶつ言っているけど、ほんとにこういうところは抜けている。


「とにかく、食べてみて」


 デコレーション文字が書かれたチョコレートとともに、ケーキを切り分けて渡す。


「ひょっとして、これって手作り?」


「うん。母さんに手伝ってもらったけどね」


 なにせお菓子作りのスキルなぞ皆無だ。母さんに手順を一から見てもらって、失敗したらやり直してというのを繰り返した。


「せっかく頑張って手作りのチョコ作ったのに、負けた気分」


 そんな事を言われてしまうが、


「別に勝負してるわけじゃないでしょ?いいから、食べてみて」


 いつもお姉さんぶられていた分、今はなんだか謎の優越感があって、妙に楽しい。ひょっとして、紗絵さんもこういう気分だったのだろうか。


「うん………美味しい!スポンジもふわふわ」


 幸せそうな紗絵さんの顔を見て、ガッツポーズ。ここのところ毎日のように、ケーキの作り方の本やページを見て、母さんに手伝ってもらって試行錯誤したかいがあった。


「喜んでもらえて良かったよ」


 一安心だ。


「目にクマが出来てたけど、ひょっとして、むーちゃん、このために?」


 彼女のその言葉にギクっとなる。


「うん、まあ。少しは」


 自分自身がちょっと無理してたというのは、ちょっとバツが悪い。


「でも、ほんとに、ありがとう。嬉しい……!」


 その言葉とともに、今度は俺の方が抱き寄せられ、ちゅっと口付けられる。


「なんか、ケーキの味がするよ……」


「そりゃ、ケーキ食べたばっかりだしな」


 部屋の中にはなんだか甘ったるい雰囲気が充満している。


「あ、そうそう。もう1つ、プレゼントがあったんだ」


 机の方に向かって、プレゼントを取ってくる。


「はい。もう少しで受験だろ。せっかくだし」


 用意していた学業成就のお守りを渡す。


「あ、これ。近所の神社の……!」


 紗絵さんはすぐに気づいたようだ。


「うん、まあ。気休めくらいにはなるかなって」


 近所の通学路を少し逸れたところにある神社が、学業成就のご利益があるところだというのを知って、密かにお守りを買っていたのだ。


「ううん。千人力だよ!きっと、合格できるよ」


「いやまあ、それで落ちたら気まずいから、ほどほどにな」


 紗絵さんの成績が優秀らしいとは聞いているけど、何が起こるかわからないのが受験だ。


 しかし、ほんとは、この後に「頼れる俺」を見せる演説のはずだったのだが、もうすっかりどうでもよくなってしまった。




「あのね。ちょっとお願い、聞いてくれるかな?」


 少し甘えたような声で言われる。お姉さんぶらない紗絵さんのこれが素なのかわからないけど、それはとても蠱惑的で、聞いてあげたくなってしまう。


「ええと、なんだ?」


 とはいえ、何のお願いだろうかというのは気になる。


「抱いて、欲しいんだけど。なんだか気持ちが抑えきれなくて」


 その言葉に、目の前が真っ白になった。ええと、抱いてって、それはつまりエッチな事だよな。とはいえ、いきなり過ぎて、俺の方が心の準備が出来ていない。あ、そうだ。


「えと、気持ちは嬉しいけど、今はコンドームないし」


 そう言い逃れを試みるものの。


「引き出しの一番下の奥」


 え?


「そこに、コンドームがあるの知ってるんだから」


 その言葉に背筋が凍る思いだった。


「サ、サエサンガ、ナンデシッテイラッシャルノデ?」


 片言になってしまう。


「前にむーちゃんの部屋掃除したときに見つけたの。もちろん、戻しておいたよ」


 戻しておいたと言っても、そんなものを準備していたことを知られていたことが大ダメージだ。


「え、えーと。ごめん」


 なんとなく謝る。


「嬉しかったんだよ?ちゃんと、そういうこと考えてくれてたんだなーって」


 そりゃ、いつかそういう日が来たときのためにと準備しておいたのだが。


「そういうとこ、やっぱりしっかりしてるよね、?」


 そうして、紗絵さんに迫られて、そのまま押し切られてしまった俺だった。とほほ。


◇◆◇◆


「これで、心配なく受験に望めそう♪」


 幸せいっぱいという表情で俺を見つめてくる紗絵さん。


「そ、それはよかった」


 正直、俺はといえば無我夢中でそれどころじゃなかったのだが、彼女が満足してくれたのであれはそれ以上言うことはあるまい。


「にしても、もう全然お姉さんぶらないんだな」


 もっと、こだわりがあるかと想っていたのだけど。


「うん。お姉さんじゃなくても、私は私で、むーちゃんはむーちゃんだから」


「そっか。それなら良かったけど」


「これからも、仲良くしようね。むーちゃん♪」


 そして、少しだけ関係が変わった俺たち。そして、お姉さんぶらなくなった紗絵さんはとても可愛くて、もっと深みにはまってしまった気がする俺なのだった。

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お姉さんぶる彼女とバレンタインデー 久野真一 @kuno1234

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