第20話 デートのお誘い

「Oasisだけはミスるわけにはいけないんだ。リクエストされただけに……」


 話は再び、D女子大軽音部ライブ喫茶の楽屋に戻る。


 俺は久しぶりに緊張で汗だくになっている手を、何度もジーンズの腿で拭いていた。

 今日限定のOasis「Rock'n'Roll Star」は、もともとメンバー全員が知っているほどの有名曲だったから、突貫練習の割にうまくまとめることができていた。

 だが他の持ち曲と比べて、圧倒的に練習量が足りないのは事実。

 そして俺は練習量に比例して演奏に自信を持つタイプなので、練習量が足りないと不安で仕方ないのだ。


 そのとき、俺のスマホに通知が来た。

 メッセージを見ると彼女が到着したらしい。

 慌てて客席に回り、声をかけにいった。


 まだ俺たちの前のバンドが演奏中で暗い会場の中、俺は腰を落としながら彼女に教えられた席に向かう。

 客席に、女性三人で座る彼女をすぐに見つけることができた。

 彼女はスラックスにリブTとカーディガンの組み合わせで、申し訳ないが一緒に来てくれた友達二人と比べても断然オシャレで、相変わらず可愛かった。

 彼女も俺に気付いたらしく、手を振っている。


「友達、連れてきたよ!」


 俺が彼女のそばまで来ると、演奏中で声が聞こえにくいので、彼女は俺の耳元に顔を寄せて言った。

 バイト中でもここまで彼女と近付いた記憶はない。

 ふわっといい匂いがして、思わず顔が赤くなる。

 会場が暗いおかげで気づかれなくて助かった。


「頑張ってね!」


 彼女はカーディガンの袖を内側から掴みながら、小さくガッツポーズをした。

 ダメだ、クソ可愛い。


「Oasis、やるから楽しみにしていて!」


 俺もガッツポーズで返して舞台袖に戻った。


「可愛い子やん。亮太は結構、面食いなんやな」


 戻ってきた俺に、久慈がニヤニヤしながら声をかけてくる。

 まあ、チェックするよな。


「頼むから、手は出さないでくれよ」


 久慈にあの子を狙われたら、俺に勝てる要素がない。


「俺は人の恋路を邪魔するほどゲスちゃうぞ」


 俺の肩を叩き、久慈は離れていく。


「亮太。前のバンドの演奏が終わったみたいだ。いくぞ」


 そのタイミングで、尚樹が機材を担いだ。

 おお、いよいよ本番か。




 ――正直、演奏中は緊張と照れでまったく客席を見ることができなかった。

 ひたすらベースのフレットを注視して、ひたすらミスなく演奏することを心掛けた。


 そして、高三の初ステージよりも緊張したライブが、あっという間に幕を閉じた。




「お疲れさま! カッコよかったよ!」


 自分の機材の片づけを終え、すぐに彼女へ声をかけに行った俺に、彼女はそう言った。

 俺の緊張と疲れは一瞬で吹き飛んだ。

 この言葉を聞くために、高二からシコシコとベースを弾き続けてきたのではないかとさえ思った。


「ありがとう! Oasis、どうだった?」


「よかった! すごい上手いんやね、バンドの人たち」


「満足してくれてよかったよ。――と、ところで、この後って、まだ時間ある?」


 俺は、勇気を振り絞って言った。




 本来は、このあと一回生の俺たちは、ウチの二回・三回生バンドの盛り上げ役として演奏を聴いてなくてはいけなかった。

 しかし、


「亮太の分まで俺が盛り上げとくで、あの子と二人で学祭でも回ってきたらええやん」


久慈が気を使って、俺一人抜け出せるようにしてくれていたのだ。


「あ、ありがとう。でも、うまく誘えるかな……」


「いやいや、逆にここで誘わんで、いつ誘うねん。せっかく今、お前には素敵フィルターがかかってるんやから」


 聞いたことのあるフレーズを含んだ久慈の後押しを受け、俺は覚悟を決めて、この後のデートを誘いにきたのだ。




「うん、時間あるよ。なぁ、亮太くん」


「ん? なに?」


 少し、間を空けたあと、彼女は口を開いた。





「亮太くんのバンドのギターの人って、彼女おるん……?」




 落ち着け。

 気持ちを顔に出すな。


 絶 対 に 顔 に 出 す な !!!





「……尚樹は今、彼女いないはずだよ。良かったら紹介しようか?」


 手を自分の顎に押し当て、危うくショックで震えそうになる手を必死に抑えた。


「ホンマ!? でも恥ずかしいな……。初対面でこんなグイグイ来る女の子とかイヤがらへんかな?」


 彼女の言葉に、俺は胃の底から絞り出すように言う。




なら大丈夫だよ。きっとウマくいく」


 これが、尚樹とマコちゃんの出逢いであり、俺の大学最初の失恋だった。

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バンドマンなのにモテない! 太伴 公建 @kimitatsu

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