第19話 D女子大大学祭

 半年前のD女子大大学祭。

 俺たちMajestyの出番まで30分を切ったところだったが、俺はすでにガッチガチに緊張していた。



「なあ、久慈。演奏ミスっちゃったらどうしよう……」


 俺は、隣で鼻歌を歌いながら大学祭の地図を見ている久慈に泣き言を吐く。


「うっさいなぁ。ミスなんて別にええやん。亮太のことや、どうせ普段、その子の前でミスすることも多いんやろ?」


 案内図から目を上げた久慈が、ため息交じりに聞いてきた。


「ま、まあな。しょぼいミスはしょっちゅうしたりする」


「じゃ、そのまま出たらええやん。亮太がミスするなんて日常茶飯事なんやから」


 そんなこと言われても……。


「どうせあれやろ? 『普段はドン臭い俺やけど、バンドやってるときは意外とカッコええやろ!』みたいなトコを見せようと思っとるんやろ?」


「言うな、恥ずかしい!」


 俺は顔を手で覆う。

 図星だからだ。


 そう。

 俺がD女子大の学祭にどうしても来たかった理由。

 それは『いろは』のバイト仲間であり、俺が絶賛片思い中の同い年の女の子がこのD女子大に通っていたからだ。



「しかも、その割にはダサいパーカーなんか着てきて。もう少しまともな服なかったんか」


 久慈が呆れる。


「いや、バイトのときの俺とのギャップを出そうかと、敢えてバイトのときの服で来たんだけど……」


「せやったら、格好も含めてギャップ出しいや」


「そうなんだよな。俺は何を考えていたんだろう……」


「知るか!」



◇ ◇ ◇



 彼女は、俺がそれまで出会った女の子の中で最も可愛かった。

 俺がいた田舎と違い、京都のような学生が集まる都会にはこんな可愛い子もいるのかと、初対面のときには緊張しながら思ったものだ。


 あまりに俺とレベルが違う彼女に、最初、俺は後込みしてうまく話しかけれずにいた。

 だが、その抜群の外見を鼻にかけることなく、気さくに話しかけてくれる彼女のことを、俺はすぐに意識するようになった。


 彼女は俺が『いろは』に入ったよりも2週間ほど早くアルバイトに入っていた。

 お嬢様大学として有名なD女子大に通っていながら、なんで居酒屋でバイトなんかしているのか。

 一度尋ねてみたら、


「ウチの親、過保護で高校までは門限も六時でな。でも、大学生になったんやから、バイトぐらい経験しておきたいやん。居酒屋バイトやったら、六時からが稼ぎどきやろ? 門限もなくなって一石二鳥やってん」


彼女は、まるで悪戯が見つかった子供のような笑顔で言った。


 そんな理由だったから、生活費を稼ぐためのバイトであった俺と違い、彼女は週1~2回ほどしかシフトを入れなかった。

 それでも、彼女が『いろは』に入る日はバイトが楽しみだった。



「D女子の学祭で俺のバンドが演奏することになったんだけどさ。よかったら見に来ない?」



 たったこれだけのセリフを噛まずに言えるようになるまで、家で3日も練習した。

 もう途中からライブに誘うことよりも、このセリフを完璧に言うことの方が最終目標のようになっていたほどだった。


「え~! 亮太くんのバンドがウチの大学で見れんの? 行く行く! 友達連れてく!」


「頼むよ! 観客いないと寂しいしさ!」


 嘘だった。

 本当は彼女一人が客席にいてくれれば、あとは誰もいなくてもよかった。


「盛り上げてもらうお礼にリクエスト聞くよ。弾いてほしい曲、ある?」


 ……あれ?

 俺は何を言ってるんだろ。

 Majestyの中の俺に、そんな権限ないのに。


「ホント? じゃ、Oasisやってほしい!」


 しかもOasis!

 ウチのバンドのテイストじゃないんだけどな……。


「りょーかい! 任せてよ!」



 安請け合いした俺は翌日、やむを得ず久慈にすべての事情を説明し協力を要請した。


「……で、そのリクエストをなんで俺が尚樹に提案せんとならんのや」

 

「だって尚樹のヤツ、今は定演の選考会に向けてピリピリしてるからさ」


 この頃の尚樹は、のちに惨敗を喫する秋の定期演奏会の選考会に集中しているところで、とうてい俺から新曲をやりたいなんて言い出せる雰囲気ではなかった。


「久慈なら、尚樹の機嫌がいい絶妙のタイミングで提案できるだろ?」


「ヒドっ! お前、そんなん小間使いやんけ。これは貸しやな」


「わかったよ。俺もなんでも言うこときくからさ」


「よし。そんならやったるわ」



 そして、久慈がどんな魔法を使ったのか知らないが、見事にMajestyはD女子大大学祭用にOasisの「Rock'n'Roll Star」をやることになり、突貫練習でなんとか形にして今日、初にして唯一のお披露目となるわけだ。

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