第18話 す、素敵⁉

「ちょうど、私がライブ喫茶に入ったときから、S大との交流バンドの出番だったと思います。女子大なのに男性バンドが出てきてビックリしました」


 西内さんが言う。


 去年のD女子大でのライブの日のことは、俺もよく覚えている。

 いや、どちらかというと忘れられない思い出といえるだろう。


「一番最初がリョータさんと久慈さんのバンドだったんですよね。私の高校にもバンドやってる男子生徒はいましたけど、一年、上ってだけで全然うまいから印象に残ってて」


 たしかに高校の時のバンドと大学のバンドって練習の密度が違うから、実力も段違いだったりするんだよな。

 高校で田中と組んだ「基礎解析と代数幾何」も、Majestyと比べれば子供と大人ほど演奏レベルが違うし。


「出てきたS大のバンドの人、みんなカッコよくて服装も決まってて」


 あの日は、2回生のHMヘヴィーメタルバンド「ON DASH」も、3回生のコミックバンド「殿様エナジー」も、女子大での演奏ということでだいぶ気合が入ってたしな。


「その中で、リョータさんだけいかにも普段着って感じのパーカーで真剣にベースを弾いてたのが、すっごく印象に残ってるんです」


 西内さんが、いまでも思い出せますと言いながら笑った。


「バイトにいくときの恰好のまま行っちゃったしね……。そんなに浮いてた?」


「浮いてました」


 浮いてたのか……。

 あのときは、敢えて普段着で行ったんだけど裏目に出たか。


「でも、ナンパしてきた人たちや、他のバンドの人がキメキメの恰好だったから、悪い意味で浮いてたんじゃなくて、自然体って感じで素敵でしたよ」


 西内さんが、今度は笑うというより微笑んで言う。



 す、素敵⁉

 こんな可愛い子に、お世辞とはいえ素敵なんて言われたら、慌ててうまく喋れなくなってしまうではないか。



「あ、ありがとう。ベースやっててそんなこと言われたの初めてだよ」


「余裕で演奏してる人より、真剣に弾いている人の方が素敵だと思いますけど」


「それは、俺が真剣に弾かなきゃバンドの足を引っ張りかねないから……」


「そうなんですか、久慈さん?」


 西内さんが久慈に尋ねる。


「亮太は自己評価が低いしな。別に、言うほどヘタやない思うで。――それよりミクちゃん。亮太のことより、俺のことはどうやったか覚えてへんの?」


 久慈はサラリと自分の話へ持っていく。

 ああ、こういう感じで女の子と会話するスキルが俺にも欲しい……。


「久慈さんも覚えてますよ。MCで『今日はD女子大へナンパしに来ました、バンドはついでです!』て言ってました」


「……よう覚えてんね」


 久慈が自分で地雷を踏みぬいて自爆していた。

 やはり、俺には必要なさそうなスキルだ。


「でも、ミクちゃん。この亮太やって、D女子大には女の子目当てで行ってんねんで!」


 あっ、バカ。

 余計なこと言うな。


「え? リョータさんも女の子目当てでD女子大に行ったんですか?」


 西内さんの疑問に、


「もともとD女子の学祭に行ったのも、普段はバンドの活動にほとんど意見を言わない亮太が珍しく『D女子大の学祭には行きたい!』て言うたからやで。しゃあないから、俺も気合入れてジャンケンしたんやし」


久慈が次々と答えていく。


「その割にはナンパもせえへんし。だれか、バンド演奏を見せたい人でもD女子におったんかなぁ~?」


 コイツ、どういう魂胆でこんな話を……。


「興味あります。それは誰ですか? 久慈さん」


 え、なんで西内さんも、そんなに興味を示してるの?

 別に大した話でもないのに。


「さ~? 誰やったんやろねぇ」


 俺はニヤニヤしている久慈の肩を叩いて小声で言った。


「久慈。人には言わないって約束したから、あのとき話したんだぞ? それをこんなところで言ったら、さすがにどつくぞ?」


「言えへんよ。少しは波立たせた方が面白くなりそうやから、小石を投げただけやん」


「波立たせるってなんだよ⁉」


「気付かないヤツは気付かないまんまでええ」


「お前、この間から、そんなんばっかだな!」


「二人で何を揉めてるんですか?」


 西内さんの言葉で俺は我に返る。


「ああ、なんでもないよ。そうそう、西内さん。あまり俺たちとばかり話していても、これから先、バンド組みなんかで苦労するから、少し一回生たちと交流しといた方がいいよ」


 話をごまかすため……でもあるが、これは本当の話だ。

 一回生たちはGW明けの軽音部ミーティングでバンド組みを行う。

 お互いにギターやボーカルなどのやりたいパートを表明しあい、そこからバンドを組むのだ。

 ただ、新歓演奏会やこの新歓飲み会で、実はほとんどの一回生はバンドを組むメンバーの目星をつけている。

 西内さんのように今日、初めて軽音部に来て、今日も俺たちとばかり話しているようでは、バンド組みであぶれてしまう危険があった。


「バンド組みであぶれちゃったらどうなるんですか?」


 西内さんが尋ねる。


「一応、新一回生は全員、6月の一回生発表会には参加してもらうことになってるんだ。新入部員の顔見せも兼ねたイベントだからね。だけど、バンドを組もうとしてもギターがいないってなれば、とりあえず一回生発表会だけ二回生のギタリストが臨時メンバーとしてヘルプで入ることになる」


「え! じゃあ、私のバンドにベースがいなければ、リョータさんにヘルプしてもらうってこともできるんですか⁉」


「う、うん。でも、まずはバンドをちゃんと組むことを考えるのが大事で……」


「わかりました! とりあえず、他の一回生と話してきます!」


 西内さんはウーロン茶のコップを持って再び立ち上がり、一回生たちが固まり始めている場所へ移動していった。


「やるやん、亮太。うまいこと、話を変えたな」


 久慈が笑う。


「お前、ホント、ふざけんなよ。今更、何を言う気だ」


「そんな怒んなや。半年前の話やろ?」


「そうだよ。だから、もう蒸し返すなよ」


「亮太は、それでええんか?」


 久慈が一言、言う。

 その声音は、先ほどと異なり、真剣な響きをしていた。


「……いいに決まってるだろ」


「ほうか。ほんならええねん。あまり、昔の恋に縛られるのもようないで」


 俺のコップにビールを注ぎながら久慈が言う。


「余計なお世話だよ」


 吐き捨てるように言うと、俺はなみなみと注がれたビールを一気に飲み干したのだった。

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