対談の記録
『対談の記録』
アルフトス
アベッキョが駆けつけたおかげでマリクハルを封印することができた。
あいつはあいつなりに使えるかと思ったが、誤算だった。あやうく下町が消えてなくなるところだった。
もし放っておいたら、今頃はもっと被害が拡大していただろう。
なぜゆえに街中で暴れたのか。せめて街の外でやれと思うばかり。やはり馬鹿なのか。
アベッキョはマリクハルを封印してから、わざわざ城まで出向いてくれた。ご足労痛み入る。
アベちゃんと久々に話をした。今は"赫"のセイラと名乗っているらしい。
どうやったのか見当がつかないが、肉体が短命種から不死者に変化していた。前に会った時からさらに強くなっており、わし以外誰も褒めなかったけども、女装にもより磨きがかかっていた。まず魔力の質がすごい。魔力の質感が短命種の若い女性と瓜二つだ。見た目が完全におっさんだが、髪の手入れが行き届いてる。髪の毛から放たれる魔力に淀みがない。羨ましい限り。
ハゲマルの方は完全にアベッキョの周りを回転する炎と化していた。一切しゃべらないし、奴は何を目指してるんだ。
アベッキョは今は魔界の一部に住んでおり、遠隔地にある北方の冒険者ギルド『赤の眷属』を裏から率いているらしい。『赤の眷属』の真の目的は打倒魔王のために戦力を蓄えることなのだそうだ。
確かにそれなら納得だ。アベッキョの『スキル』は有望な勇者を封印して保存するのにうってつけだろう。もしかしたらそのために不死者になったのだろうか。しかし、あ奴らの行動は半分以上が趣味でやってる気がしてならない。真実は闇の中としておこう。
とはいえ、あの様子では、さぞ多くの名のある勇者たちを抱えているのではないだろうか。余りこういうことは外では言わないようにしているが、興味半分、出来ればお手合わせ願いたい。
王の間に移動して、ラクノスや王、『赤の眷属』のみんなも誘い会談をした。
アレについてはより厳重に封印を施す方向で話が一致した。曰く、どうにかするアテがあるらしい。本当に何とかなるのか心配でならない。
アレを封印したカードを見せてもらったが、いつ見てもアベッキョの『封印』には溜息が出る。魔力が一切漏れてないのに封印されてるのが不思議でならない。それだと本当に封印されてるのか心配になるが、しかしアベッキョには分かるらしい。スキルとはすばらしい。
髪の毛のキューティクル具合について褒めたところ、「こんど魔界のシャンプー送るね」と言われた。適当に話合わせたが、シャンプーとは何なのかわからない。チーズのような食べ物なのか。チーズは大好きだ。
そういえばアベッキョが「マリクハルとやらのおかげでわかったこともあるのう」と言っていた。わしは賛同しなかったが、確かに今回の一件で判明したこともある。マリクハルのアホが街中で戦ったから賛同はしないが。アレと戦闘で対抗できるとわかったことは大きな成果だ。賛同しないが。
アレの持つルールは「絶対のもの」と「絶対でないもの」の二種類がある。前者は条件を満たせば逃れられないが、後者についてはたとえ条件を満たしたとしてもマリクハルくらいの戦闘力があれば、対抗することができる。
特にアレに抵抗した際に不可思議な力で叩き潰される、というルールが「絶対的でないもの」とわかったことは大きい。つまり奴は少なくとも概念的な存在ではないということだ。詳細な検証が必要だが、強力な魔法をバンバンぶつければ倒せるはずだろう。倒したところで、また復活するかもしれないが。思うに言語系の魔法が有効なはずだ。
問題は、どのくらい強いのかということだ。予想されるアレの『スキル』のことを考慮するなら、実際よりもはるかに厄介になるかもしれない。
マリクハルの身体能力で対抗できるということは、魔法抜きの単純な戦闘力だけでいえば、中級の魔族程度といったところだろう。ただしアレの『スキル』が『コピーする』ものだとして、戦闘経験そのものをコピーして量産できるとしたら、ちょっと考えたくないスピードできっとアレは強くなる。
硬貨を6枚集めれば強制的に拉致されることも、拉致された先で絶命するであろうことも絶対的な能力だと思われる。これについては力ではどうしようもない。
アベッキョ曰く「妾の元居た世界ではそういう類の幽霊の話もたしかに聞いた。もっとも、妾の世界では幽霊など本当に居るのかどうかすら怪しまれておったがのう。幽霊について知る機会は映画や漫画くらいしかなかった」とのことだった。わしには、どうしてアベッキョがこのようなもったいぶった言い回しをするようになったのかが不思議でならない。最初に会ったころは、もっと「ちくしょうべらんめぇ」とあちらの地方特有の方言を多用していた気がする。それに、ハゲマルの方がはるかに喋る回数が多かった。時とは残酷なものだと思う。
「硬貨を6枚集めれば山が出現する」
「硬貨6枚に触れた時点で山の中に引きずり込まれると死ぬ」
この二つのルールについては少なくとも絶対だ。
逆に言えば、硬貨に6枚触れなければまだ何とかなるということだ。
不死の存在を放り込むことでアレの行動を永遠に束縛できないか?とアベッキョに提案したが、「不死の在り方にもよるが……アレが齎すのは『死という概念』の付与という絶対的な効果ではないかえ?もしそうなら妾では勝てぬ」とのことだった。
ならば無限増殖するスライムやゾンビだと対抗できるかもしれない。
やはりニホンの幽霊というものについてもっと調べる必要があるか。
しかし、アベッキョが面白いことを言っていた。
曰く、「アレとは幽霊ではなく妖怪の類ではないか?」とのことだ。
妖怪とは?と聞いたが、あちらの世界の魔物のような存在らしい。やはりいまいち要領を得ない。しかも向こうの世界にはそもそも魔物がいないそうだ。
つまりは流言や迷信のような物に対して恐れや不安、奇異さなどの主観が付与されたものか、と問うたが、「うむ……外れてはおらぬのじゃが。そういう言い回しでは核心をついているとは言えぬのう……この場合はどう表現したものかえ?」との答えが返ってきた。
妖怪とは何なのかよくわからない。「幽霊は人間の生前の未練などが形を成したものと言われておるが……妖怪の定義はより曖昧じゃなあ。概して”奇怪でよくわからない伝説上の存在”が妖怪とされるのう」と言ってた。わからないので、とりあえずイヤリングのデザイン今年の春のものだと褒めておいた。「見た目は随分と丸くなったが、そういうところは変わらんのう」と上機嫌で言ってくれた。わしを厳格な人物として接さない旧知の人との対話は心が癒される。
幽霊も妖怪もどういう存在なのかいまいちわからないが、共通してあちら側では「いるかいないかわからない」存在なのだそうだ。信じる人もいるし、信じない人もいる。秘境秘密倶楽部のようなものか。
向こうでの伝説上の幽霊は「特定の映像を見た人間を必ず殺す」ものや「特定の家に入った人間を必ず殺す」ものなどが有名らしい。思うのだが、このような幽霊にしても妖怪にしても、伝聞を担う当事者たちの精神文化に大きく依拠しているのではないだろうか。
ゆえに、文化的に大きな差異を持つ我々では、現時点でその脅威を正しく認識できないのではなかろうか。
しかし現状、アレの脅威は我々にも認識できるようになりつつある。
特にティトランとかいう男の、アイテム化した『スキル』と港の消失、そして勇者が持つスキルについて考えねばならない。
おそらくこの先、一手でも読み違えれば、この国の存亡に関わる。
それにしても、たまに冒険者と話をするのはやはり楽しい。グラーフくんがやたらとバベッキオのことを言うから「バベッキオはアベッキョが作った街だから昔はアベッキオという名前だったんじゃよ」と教えたら、なぜか隣にいた女の子が驚いていた。痛快至極。隣にいたラクノスは早く帰りたがっていたが。
グラーフくんはどうやら好きで半裸になっているわけではないようで安心した。他のパーティーメンバーの男たちが半裸なので統一感を出すために仕方なく半裸になってるらしい。しかし、新入りの異世界転生者の少年にはそれなりに優しかった。
その異世界転生者の少年は最近日本から召喚されたらしい。やはりというか、メープで大量に召喚された中の一人のようだ。リクトくんという名前らしい。『動物を手懐けるスキル』の持ち主で、下町に落下したドラゴンはリクトくんのスキルで手懐けたそうだ。
異世界転生者の中にはこの手の交渉力を底上げするタイプの『スキル』が与えられることがそれなりにあるのだそうだ。
リクトくんもアレについては「アレが何なのかはわかりませんけど、なんとなくどういうものなのかは想像がつきそうです」と言っていた。やはり文化的な部分が大きいのだろうか。「アレは人を出来るだけむごたらしく死なせることにこだわっている」のだそうだ。要するに殺害よりも、こちらを怖がらせることの方が優先順位が上なのだろう、とのことだ。
今現在、アレはアベッキョの『スキル』で封印できている。
封印出来ている、というのが問題だ。それによって新たな問題が浮上している。
ティトランとやらの『スキル』のこともある。あれは『違和感をなくす』というもので、もし使用されていても違和感を持つことができないという類の能力だ。
しかし、理屈を積み重ねて推論はできると思う。
というより、アベッキョの指摘ではじめてそこに思い至ったから、もしかしたらその辺りの思考にも制限がかけられているのかもしれない。
リクトくんの『スキル』の下りで、アベッキョが口をはさんだ。それがなければ、気付かなかったかもしれない。
一番最初に誘拐された勇者の『スキル』は、リクトくんの『スキル』と同系統のものかもしれない。
全く同じではないだろうが、そもそもこの手の能力は過去の勇者には転生の際の基本性能として備え付けられていたものらしい。
それは『人の注目を集めるスキル』で、過去の文献に登場する勇者たちがやたらと無闇に異性に好かれたり、逆にライバルが都合よく侮って負けたり、偶然とは思えないタイミングで妙に巡り合わせのいい出来事が起きたりするのも、この系統の『スキル』によるものだ。
その辺に照らし合わせると、多分、第一王女が召喚したあの勇者のスキルは『他人からやたらと好かれるスキル』だろう。第一王女の日記を読み返すに、勇者を召喚した前後、もしかしたら前日からすでに勇者のスキルの行使対象に含まれていた可能性すらある。
もし勇者のスキルをアレがコピーしていたとしたら危険極まりない。
アベッキョが我々に言ったのだ。「ぬしたち、何故この国から脱出せぬのじゃ?」と。
思い返せばどの日記も全てそうだ。
アレと黒い硬貨のことに、妙に思考の容量を持っていかれている。
我々はもしかしたらすでにアレや黒い硬貨のことが『気になって仕方がない』のかもしれない。
だとしたら王が国境を封鎖したこともかなりまずかったかもしれない。行動そのものよりも、おそらく王の思考まで誘導されていることがヤバい。
『興味を惹くスキル』と『違和感をなくすスキル』の両方が行使されていたかもしれない。
今のところ、アベッキョの『スキル』でこれら二つは封印されているはずだが、それでも妙に思考に制限がかかっている気がする。
そこで、今回港町シルビオネの消失だ。
『物を増やす』はずのスキルで、なぜ港町が消失したのか。
これらの答えは、考えてみれば至極簡単なことだった。
それゆえに新たな問題が浮上したのだ。
おそらくこの先は国の存亡にかかわる。
王に決断を迫る必要があるだろう。
わしはもう心を決めた。わしら三人の中での役割というのはいつも決まっている。わしの役目は即断即決する役目だ。
ラクノスにはすでに港町への転移魔法陣は閉じておくように固く言っておいた。アイツビビってたけどもしかしてバレてないと思ってたのか。
推測に推測を重ねている状況だが、全てが未知数である以上どうしようもない。
ただ、ひとつどうしても記しておかなければならないのはこの先のことだ。
リュド王国にまだ我々が到来する前、リュウト王国と呼ばれていた頃の古い法律や国家保護結界がある。もし王がアレに連れていかれたら、防護結界が作動し、この国は滅びるだろう。
悪霊転生 東山ききん☆ @higashi_yama_kikin
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