最後に寄り添うもの

春嵐

私の人生

引っ越し前の朝。


何もない部屋。


カーテン。


「あ、カーテンしまわなきゃ」


最後に持っていくものを入れる箱に、カーテンをむしり取って入れた。


「よし」


何もない。

これで、この部屋とも、お別れ。


「今まで、ありがとうございました」


一応の礼。なぜか土下座。生まれてはじめて土下座したかも。


何もない。

本当に何もない、生活だった。

大学行って、アルバイト行って、寝て、起きて、ごはん食べて。その繰り返し。顔見知りは増えるけど一向に友達はできず、恋人なんて夢のまた夢。課題に追われて、最後はぎりぎりで卒研終わらせて就職決めて滑り込んで卒業して、そして今。


土下座から立ち上がった。


「よし。行こう。ここからだ。ここからまた新しく私の人生をっ」


と意気込んではみたものの、どうせまた仕事に追われて、酒に呑まれて、ぼろぼろになりながら毎日を過ごすのが見える。ぜったいにそうなる。お酒おいしいもん。


それでも、端から見たら趣味もないし友達もいないし仕事つらいしどうしようもない人生に見えるけど、私は、自分自身の人生が好きだった。


大変な人生だからこそ、ときどき起こる良いことをめっちゃ喜んだり、逆にときどき起こるやばいことにめっちゃ焦ったりできる。吹けば飛ぶような普通の人生こそが、最も充実していて、たのしい。


私は、私の人生を生きる。


それがいちばん、なによりも、おもしろいから。


「さあ、引っ越すぞっ」


新しい部屋、新しい生活には、何が待っているのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

最後に寄り添うもの 春嵐 @aiot3110

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ