第2-1話 天野湊の場合①

することが決まれば、後は行動あるのみ。


「おはよ、ねえ、このクラスで5番目立ってる人って誰だと思う?」


まずは誰を観察するか決めよう。

そう思い、登校してきたばかりの友人、

高橋瑛太たかはしえいたに話を振る。


「おはよ…いきなりだねぇ、5番目…まぁ、みなとあたりじゃなぁい?」


突然の質問に目を丸くさせつつも、ある1人のクラスメイトの名前を出してくれる。


瑛太はアンニュイな雰囲気のあるイケメンさん。マッシュヘア、とっても似合ってます。

正直、なんで僕と仲良くしてくれてるのか分からない。

瑛太曰く、僕は見ていて飽きないらしい。



「湊くんか…」


同じクラスではあるけど、あんまり話したことはないな。


天野湊あまのみなとくんは真っ黒な短髪で焼けた肌のザ・スポーツ系男子。

よく部活仲間と一緒に楽しそうに話しているのを見かける。

豪快に口を開けて手を叩きながら笑っている姿が印象的だ。


チラッと様子を見てみると、まさに手を叩いて笑っているところだった。


…楽しそう。


「ってかなんで5番目?」


湊くんに集中していた意識が、ぐっと引っ張られる。


「え、最初から1番はハードルが高いじゃん」

当然じゃないか、という顔で瑛太を見つめる。


…なんだ、その微妙そうな顔は。


また始まったとかなんとか聞こえた気もしなくもないが、気にしないでおく。

聞いても瑛太はきっと教えてくれないし。


僕は観察対象を決めた。


天野湊くん。

湊くんは野球部に所属していて、朝は毎日5:50に登校。朝練に参加するためだろう。

朝練が終わったら、蛇口を捻って頭から水を被る。仲間と会話しながら教室に向かい、

朝学習が始まる頃には、肩にタオルを掛けて戻ってくる。


授業態度もほぼ真面目。

一限目は必ずと言っていいほど爆睡しているけど、その他の授業はしっかりと受けている。

ちなみに、先生も初めのうちは注意したり、起こそうとしたりしていた。

でも、いつだったか先生が無理やり起こした時、湊くんの寝起きが怖すぎることが発覚して以来、無闇に起こそうとする者はいなくたった。

湊くん、寝起き低血圧説が提唱された日だ。


10分休憩にはお馴染みの4人組になって談笑している。

グループで流行っているのか、最近はよく「道頓堀のグリコ」のポーズをしている。

顔の再現度が日に日に高くなっていて、目が虚ろなのがまたツボだ。

そうだ、あのグループ、次から「シグリコ」って呼ぼう。4体のグリコ、訳してシグリコ。


お昼休み、重箱と見間違うくらい大きいお弁当箱に入った山盛りのおかずたちを、音速で食べ終わる。体感時間にして3分。

クラス1の弁当量にして、クラス1食べ終わるのが早い。流石すぎる。

いただきます、ご馳走様がちゃんとできているのはポイントが高いですね。


その後はグラウンドで野球の自主練。

5限目が始まる5分前には教室に戻ってくる。

手には体育館前の自動販売機で買ったバナナオレ。

たまに豆乳。気分で変えてるのかな。


掃除はそこそこちゃんとやってる。

たまに友達と話し込んで手が止まっていることがあるけど、、クラスの女子に怒られると苦い顔をして手を動かし始める。

あ、あの女子、多分湊くんのこと好きだな。

湊くん、気付いてないな。鈍いのかな。


放課後は言わずもがな部活。

薄々気づいてるとは思うが、うちの高校の野球部は強豪校として名が知れている。

野球部の練習は相当キツいはずなのに、野球が好きだ、楽しいと豪語している湊くんは本当に凄いと思う。しかもレギュラー。2年でレギュラー。かっこいいよね。僕もそう思う。


所々で私情を挟んじゃったけど、これが

ここ5日間湊くんを観察しまくった結果得た情報だ。


瑛太からは何がしたいのかわからないが、これはストーカーのすることと何ら変わらない。やめろと再三言われたが、僕はめげない挫けない。

確実に湊くんという人物像を掴みつつあった。



…なのに、今日の湊くんはどこか様子がおかしい。


この時は特に気にしていなかったけど、

朝学習が始まった時、既に大きな背中を丸めて机に突っ伏し眠っていた。

いつもは朝学習が終わってから、一限目が始まるまでの10分休憩中に眠るのに。


それに、ご飯だっていつもは音速で食べるのに、今日はいつもより7分も食べ終わるのが遅い。

食後の野球から帰ってきた後も、飲む水の量が多い。いつもの湊くんよりも、当僕比で

1.5倍も多い。


今だって、心なしか顔が赤くないか?



これは…もしかしなくても、体調が悪い?

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アイデンティティが欲しかった。 垣瑚 織 @yokyo_ake

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