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テーブルに載せた腕を枕にして寝ている彼女を見ながら、チィちゃんのことを考えていた。
民家の駐車場に停まっている車の下から抜け出し、体勢を低くして道路の隅を突き進んで行く。通りががった車のライトに、エンジン音に怯えて身を固くしている姿が照らし出される。車が過ぎ去ると、再びチイちゃんは前進を開始する。ぴんと立てた耳をレーダーのように動かして――
がばと彼女が上体を起こした。
しばし互いに見つめ合う。
驚いた顔をしていた彼女が表情を取り繕う。寝起きで
彼女はそれから、乱れ髪もそのままに肩を落とし、はぁ、と、小さな溜息を吐いた。
腰を浮かせ、テーブル越しに腕を伸ばした龍也は、彼女の肩を押さえつけた。
身を強張らせ、おびえた目を向けてくる彼女に対し、自分の唇に、立てた人差し指を当てた。
それから目線で玄関を指す。
そこには、玄関の土間に座り、一心不乱に毛づくろいしている猫がいた。
チィちゃんで間違いありませんね。
目顔で問うたが、彼女は返事をするどころじゃなく、いまにも肩を押さえつけている龍也の手をはねのけて玄関へと駆けていきそうな勢いだった。
椅子に彼女を押さえつけるべく、龍也は腕に渾身の力を込めた。
「まだです」
小さく頭を振り、ほとんど息だけで彼女に訴えかける。
猫は、恐怖心や動揺を落ち着けたいときに毛づくろいをする。龍也の存在を警戒しているのかもしれない。いま不用意に近づいていけば、また逃げ出してしまいかねない。
思いが伝わったらしく、彼女の体から力が抜けていった。
龍也は、チィちゃんに背中を向けるようにして上体を回し、目の端で様子を窺った。
毛づくろいも一段落した様子のチィちゃんが、早足で、フローリングの床へと上がってきた。
彼女の肩から静かに手を離し、「呼んでください」と、また息だけでしゃべった。
「チィ」
チィちゃんは、歩く格好のまま動きを止め、彼女の顔を見上げた。
ブルーの毛並みは汚れているようには見えなかった。怪我をしてる様子もない。
「チィ」
にゃあぁぁぁぁ、と、語尾をひきずりながら、まるで彼女を責めているような鳴き方で、チィちゃんが彼女のもとへと駆け寄っていく。
椅子からずり落ちるようにして体勢を低くした彼女の腕の中に、チィちゃんが飛び込んでいった。
彼女がチィちゃんを抱き上げたのを確認し、龍也は、足音を立てないよう注意して玄関へと急いだ。
ドアストッパーを外し、低い体勢のまま、取っ手を引いてドアを閉めた。
カチャ、と、金属音が鳴る。
その瞬間、あまりの脱力感に、その場にへたり込みそうになった。
怪我はなくとも感染症の危険がある。病院で診察してもらったほうがいいだろう。
再会を果たした一人と一匹の姿には、種の壁や言葉の壁を越えた……いや、そんなものなどはなから存在していないのだという気にさせられてしまう。
人間も動物もないのだ。愛や哀しみに。
「ありがとうございます」
龍也のその言葉に、最初、意味がわからなかったのか、チイちゃんを抱きしめたまま、きょとんと龍也の顔を見つめていた彼女だったが、にわかに顔を綻ばせ、「はい」と、大きく頷いてくれた。
彼女の胸に抱かれたチィちゃんが頷いた彼女の顔をぺろぺろと舐めると、彼女はくすぐったそうに首をすくめ、笑い声を上げた。
ネコディネーター よろず相談承り事 拓見享 @takumitoru
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