第2話 あなたはわたし

Side A①

「有希子ぉ、昨日声かけたの気づかなかった?」

それが最初だった。


「昨日?私、昨日は一日中家に居たよ」

「あれ?おっかしいなぁ。昨日伊勢丹の化粧品売り場に居なかった?」

「行ってないよ?」

「ふぅん……じゃあ、似た人だったのかな。まぁ、この世に似た人は3人居るって言うしね」

「そうだよ。有紗の見間違いでしょ」


よくある見間違いだと思った。

似たような髪型、似たような服装、似たような体型の人などいくらでもいるだろう。

その時は、それくらいに思っていた。


「昨日新宿でだいぶ酔っ払ってたみたいだったけど、大丈夫?」

「昨日ホストクラブ入っていくの見たけど、よく行くの?私も行ってみたいから、今度一緒に行ってよー」

「あれ?髪型変えた?この前見た時、インナーカラー入ってなかったっけ?」


私ではない「わたし」の目撃情報は、一度に止まらなかった。

私が行ったことのない場所で、したことのない格好で、やったことのない行動をしているのを目撃されることが頻繁になっていった。

変なこともあるもんだな、なんか怖いな。

その時は、それくらいに思っていた。


「それさ、ドッペルゲンガーってやつじゃない?」

「あー、あの、見たら死ぬってやつ?」

「そう、死期が近づいていて魂が抜け出て勝手に動いているっていう説もあるらしいよ」

「えー、怖いなぁ」


その時の私は、雅央の言葉を半信半疑で聞いていた。

その一ヶ月後、自分がこの世を去ることになるとも知らずに。



Side C①

大好きな「あなた」を手に入れるためならなんだってするわ。

どんな痛みにも、苦しみにも、耐えてみせる。



Side A②

「昨日の夜見たんだけどさ、ホテルに一緒に入っていったあの男の人……っていうか、おじさん誰なの?」

「ねぇねぇ、このHPの写真の「ゆき」って女の子、有希子さんだよね?俺みたいなのが行ってもさ、普通に接客してくれるの?」

「有希子あんた……裏アカなんて持ってたんだね……。露出画像っていうの?ごめん、ちょっと私には無理だわ……」


「わたし」はどんどんと姿を表面に表し始めて来た。

ここまでくると、ドッペルゲンガーなんていうオカルト的なものではなく、実体を伴ったものであることを確信せざるをえない。


HPの写真も、裏アカも確認した。

私じゃない。

でも、そこに写っているのは紛れもない「わたし」だ。

顔も、声も、まるで私。

私ではない「わたし」。


ちがうの。しんじて。このわたしは私じゃないの。


そんなことを叫んでも、誰も信じてくれない。

毎日ネットにあげられる卑猥な写真に動画。店のブログにSNS。

そのどれもが実体を伴った一人の人間がそこに存在していることを表す物だ。

悪質なのが、決してそれらが私のなりすましというわけではないこと。


どうすれば、これが私ではないと証明できるのか。



Side C②

手に入れた。手に入れた。手に入れた。

「あなた」は「わたし」のもの。

「あなた」は「わたし」の……も、の。



side B

有希子が死んだ。

精神を病んで通院していたが、とうとう治らずに死んでしまった。

大学を卒業したら結婚しようと約束していた。

献身的に支えて来た。

しかし、俺の力は及ばず、有希子は死んでしまった。


「雅央のせいじゃないよ」

「雅央はよくやったよ」

「お前が前を向いて生きていくことを、きっと有希子さんも望んでいるよ」


そんな周りの声は、俺には届かない。

おれは 自分の無力さをを恨んだ。

周りに励まされれば励まされるほど辛くなる。

だから、就職先は、大学から離れた場所、周りに知り合いは誰も居ない場所をわざわざ選んだ。

周りも、そんな俺の気持ちを理解したのか、いつまでも失った女を思う俺を気持ち悪がったのか、少しずつ俺から離れていった。


そして、俺は一人の知り合いもいないこの北国に引っ越してきた。

……いや、一人を除いて。


「有希子」

「雅央さん」


美しい有希子。以前より、いっそう美しさを増した有希子。

最初は頭のおかしい不細工だとしか思わなかった女。


「私、なんでもするわ。だからお願い、私と付き合って」


何度も何度もそう言ってくるから、俺も言ってやったんだ。

「有希子みたいになれたら付き合ってやる」って。


有希子は確かに美人でプロポーションも抜群だ。

でも、何かとマウントをとってくるところは正直苦手だった。

だけど、有希子以上の美人なんてそうそういないし、一緒にいる時に周りから注がれる羨望や嫉妬の眼差しは何にも変えがたい快感だった。

もし、万が一にでも有希子以上の美人で性格も大人しくて俺の言うことをなんでも聞く俺にベタ惚れの女がいたら乗り換えたかった。


だから驚いたよ。

あの不細工女が有希子そっくりに整形してきた時は。

俺の言うことはなんでも聞くし、俺にじゃんじゃん貢いでくれる。

風俗で働いているって聞いた時はビビったけど、金を運んでくれるなら関係ない。

家事も得意で気配りもできる。重たいとこは言わず、俺を立ててくれる。

顔も形もそっくりだけど、少しずつ有希子と違っていて、それが有希子以上の魅力を引き出していた。

まさに完璧な女。


そのうち有希子に会う時間も減っていった。

俺が有希子に会う時間と反比例するかのように、有希子の変な噂が立っていった。

噂をしている奴がいれば殴りかからんばかりの勢いで否定をし、情緒不安定になっていく有希子を学校まで引っ張ってきて、常に献身的に支えた。

……「優しい雅央くん」を崩したくはなかったからな。


しかし、俺の支え虚しく有希子は死んでしまった。

そして傷心の俺は、誰にも就職先を告げず、一人卒業して行った。

と、周囲は思っているはずだ。

実際は、完璧な女になった有希子との新しい生活を誰にも知られたくなかったからなんだけどな。


いつの間にか女は「有希子」に改名までしていた。

気持ち悪い女だ。

でも、この美しさ、完璧さ。周りからの羨望、嫉妬。

気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい!!!!!!

俺は人生の勝ち組だ。この幸せが一生続くことだけを願っている。



side C②

私はわたしに相応しくなかった。


髪型は、ミディアムよりもロングの方が合っている。

ネイルは、フレンチよりも薄いピンク一色の方が合っている。

アイシャドウは、ピンク系よりもオレンジ系の方が合っている。

スカートは、ミニスカートよりも膝が少し見えるくらの方が合っている。

フットボールサークルのマネージャーより、バスケサークルのマネージャーの方が合っている。


貴女は何もわかっていなかった。

どうすればあんなにも美しく、可愛らしく、素敵な私が一番引き立つかを分かっていなかった。

もう少しで、わたしの理想の女の子になれたのに。

でも、あの頃のわたしは、醜くて、みすぼらしくて、汚らしくて。

とてもじゃないけど私に何かを言える立場ではなかった。


だから、わたし頑張ったの。

ダイエットをして、整形をして、いろんな薬を飲んで、変わったの。

すべては、理想の貴女を手に入れるため。


でもね、そのうち気づいたの。

貴女を理想の私に変えるより、わたしが理想の私になった方がもっと素敵だってことに。

同じような外見のわたしは二人もいらない。

理想の私とは全く離れたこともしたけれど、それだって仕方のないことだったから、わたし我慢したわ。


そして、雅央さんという理想的な男性と結婚し、理想的な夫婦になることができた。

雅央さんのことは好きでもなんでもないけれど、わたしの横に立った時、一番素敵に見える男性だったから、欲しかったの。

私はもういないけれど、わたしの姿を見て、きっと満足してくれているはずよね。


ところで雅央さん?

最近、少し肌のハリが失われて来たような気がするわ。

それから、お腹も少し出て来たんじゃないかしら。

……ふふ、だめよ。わたしと雅央さんは、誰もが羨む夫婦でなくちゃ。

この化粧水、とてもいいのよ。使って。ああそう、それから食事制限とジムにも通ってくださいね。





そうしないと、ドッペルゲンガーが出て来てしまいますからね?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ホラー小説SS 猫蕎麦 @nekosoba

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ