第33話 異世界転生者処分課と魂の消滅、そして――。
~アシュレイside~
その日、冒険者ギルド長に久々に会い、ネルファーに命を狙われていたと言う嫌な関係者でもある俺は、今回のネルファーに告げられた刑の内容を聞いていた。
また、女性を卑下する言動は最早治しようもないものであることや、クリスタル様をラシュアと見間違え、散々暴言を吐いたことも。
クリスタル様は、ネルファーに対して少しでも話が進めやすいようにラシュアの姿をして下さった。
それは、裏表のない会話がしたかったと言う事だったが、悪い意味で、裏表のない会話となり、今回の刑が決まった。
「じゃあ、ネルファーは死刑になるんですね」
「ああ、長かったが君たちが狙われることもなくなるだろう」
「牢屋に入っているのなら、これ以上悪さも出来ないでしょうし、ひとまず安心ですかね」
そう言って苦笑いをしていたその時だった。
背後から人が走ってくる気配、それは殺気を伴ったものだった。
咄嗟の事で急いで避けたが、暗闇でもわかる光る刃物……そして囚人服を見て、俺もギルド長も眼を見開いた。
「クソ!! せめてあのクソ女が絶望に歪む顔を!!」
「ネルファー!!」
ギルド長が叫んだ言葉に俺はネルファーを見た。
髭は生え放題で、以前の面影など何処にもない、哀れな囚人の男が立っていたのだ。
「お前さえ……お前さえいなければ元妻は俺の元で再教育したんだ!!」
そう雄叫びを上げるように叫ぶネルファー。
だが、刃物を持つ手は震え、怒りだけで体が動いているのが分かる。
「女は……女は男の為に傅いていう事を聞く生き物だろう!? 幸せなんて邪魔なだけだ!! 女は男の言う事さえ聞いて入れさえいればいい存在なのに……お前が……お前が元妻に幸せなんか!!」
「愛する妻に幸せを送って何が悪い。そもそもいい加減にしろ。元妻だろう? 執着するのは止めてくれないか。俺の、大事な、愛する妻だ。見向きもされなかったくせに執着して見苦しい上に気持ち悪い」
「黙れぇぇえええ!!!」
そう叫ぶと短刀を手に俺を狙って走り出した。
構える俺とギルド長だったが、ネルファーはスッと暗闇から出てきた足に躓き、その場に刃物を放り出して派手に転んだ。
「あーあー……本当もう救いようがないですよね~」
「栗崎!!」
「お久しぶりでーす!」
栗崎は俺に気が付くと嬉しそうに手を振った。
だがその後ろには、五人程の黒い服で身を包んだ……見ているだけで恐怖するような男たちが立っていたのだ。
「もう此処までくると~我々の出番なので! ハズレ転生者に関しては、【異世界転生審査課】の責任と、【異世界転生者処分課】で責任を持ちたいと思います! 色々ご迷惑おかけして申し訳ありませんでした!」
「異世界転生者……処分課?」
俺がその名を口にすると、黒ずくめの男たちは暴れるネルファーを掴み上げ、身動きが取れないように縄で縛りあげた。
いや、縄ではない……ネルファーの痛みに対する叫び声が聞こえてくる。
「有刺鉄線で縛り上げてあります!」
「「有刺鉄線」」
「これでも温情なんですよぉ? 私の方からお願いして、出来るだけまだ痛くない奴で~ってお願いしたんですから~!」
そう言って頬を膨らませる栗崎に俺とギルド長は何も言えず呆然としていると、更に暗闇から扉が開くように一人の若い男性が現れた。
「栗崎、そろそろ彼を」
「坂本さーん!! 了解でーす!!」
上司……だろうか?
栗崎は坂本と呼ばれた男性にお辞儀をすると、処分課の人たちに連行される様にネルファーと彼らは扉の中へと消えていった。
余りの出来事で頭が付いていかないが、坂本さんと栗崎は俺の元へと歩み寄ると、一礼してお詫びの言葉を口にする。
「この度は、異世界転生審査課のミスです。本来ならばハズレは別の課に連れて行くのですが、たまにああいうすり抜けがあるんですよ」
「あ……そ、そうなんですね」
「こちらで処分を行い、今後このような事が無いよう努めますが、すり抜け転生だけは転生課でも、転生審査課でも見つけられない場合がありますので、大変心苦しい限りですが」
「それで、ネルファーの件は上にどう説明すればいいんだ?」
「私の方からクリスタル様にご相談し、決めさせていただきますのでご安心下さいませ。この度の不祥事は大変遺憾な事。シッカリと処分しておきます。それでは皆様、良き転生者としての旅路を」
「まったねー!」
そう言うと栗崎と坂本さんは暗闇に浮かぶ黒い扉へ入り、消えていった。
最早先ほどまで聞こえていたネルファーの叫び声など聞こえず、ただ静かな沈黙と、静かな暗闇が広がるだけだ。
「……何だったんでしょう」
「そうだな……ネルファーは今後、地獄よりも恐ろしい目にあって魂事消される。ただそれだけの事だ」
「魂ごと消される?」
「これ以上の詮索は禁物だ。異世界転生審査課は優しいが、異世界転生者処分課は恐ろしい」
――処分。
その言葉通り、きっと恐ろしい事が起きているのだろう。
この世界には異世界転生してきた人間が多い。故に、罪を犯した転生者はこうやって連れていかれて人知れず処分されているのだろうと結論付けると、俺は暗闇を見つめて溜息を吐いた。
「バーサーカーの悲劇では、異世界転生処分課総動員で抑え込んだと言う記述もある。それ程までに力のあるバーサーカーは異世界転生課や審査課、他の課でも敵に回したくはないのだろう。故に、今回は早めに動いたんだろうな」
「俺、バーサーカーであることが怖くなりますね」
「なに、奥さんをシッカリ守っている間は、お前は大丈夫だ」
そう言って俺の肩を叩いて「じゃあな」と去っていったギルド長。
まるで、こういう光景を見慣れているかのような態度に俺は違和感を隠せなかったが……これで、あっという間の幕引きで俺とラシュアは平和に過ごせると言う事だ。
ホッと安堵の溜息を吐いたその時。
「あ、そうそう! アシュレイにはもう一つ!」
「うお!?」
急に暗闇に栗崎の頭だけがニョキッと現れ驚くと、栗崎はいい笑顔で――。
「後で報告は行くと思うけど~! ギルド長、支えてあげてね! バイバーイ!」
何か爆弾発言のようなものを残し、栗崎は姿を消した。
支えてあげるも何も、俺は魔物討伐隊に入っている訳で、一体どうやって支えろと言うのかと思っていたのだが、今考えても仕方ないことだろうと切り替え、色々受け入れるのに時間が掛りそうな事が起きたことも含め、ラシュアには語ることのできない問題に溜息を吐いた。
それから数日後――クリスタル様からの通達により、ネルファー・ガルディアンはこの世界から抹消されたことを関係者に報告があり、ラシュアは驚いていた。
それでも理由は聞かなった。
ただただ――ホッと安堵した表情でクリスタル様の話を聞き、今後も平和に努めるようにと笑顔で言われ、ジュリアス国王陛下及び、リコネル王妃からも、労いの言葉を掛けられた。
その際に、ジュリアス国王陛下から、ギルド長の手伝いをして欲しいと言う要望を受け、俺はその日に魔物討伐隊を抜けることになった。
新しい仕事先は冒険者ギルド。副ギルド長の補佐をしながら、今後働いていくことになった。
ラシュアは命を張る仕事じゃなくなったことに安どしていたし、これから夫婦二人で、もっと時間を作って幸せにしていこうと、幸せになっていこうと、心に決めた。
それと同時に、魔物討伐隊副隊長だったミランダ様は、魔物討伐隊を辞めた。
一つは、貴族社会へ戻る為と言う事だったが、それらが落ち着いたら色々と考えるつもりのようだ。
ダリルさんはその後、花屋から本屋にあるアトリエに仕事場が移った。
もうラシュアに対する心配事はないだろうからと言う事だったが、何かあれば直ぐに相談するようにと釘を刺していくあたり、ダリルらしい。
そして、オスカーもアトリエへ戻っていった。
いつも通りの平和に戻ったと言って過言ではないだろう。
しかし、ハズレ転生者が一人でもいると国は傾いたり、沢山の人が死ぬのだと改めて感じることが出来た今回、俺は気合を入れなおし仕事に励むことになった。
冒険者ギルドで、街の情報を調べ、ハズレ転生者がいないように……願いながら。
+++
その頃、私は虫かごを持って長い廊下を歩いていた。
今日の焼却処分は一名。
前世名「今泉マサキ」
現世名「ネルファー・ガルディアン」
そう書かれた虫かごの中には、人魂が震えながら虫かごから脱げだそうとあちらこちらにぶつかっていたけれど、特製の虫かごからは逃げられない。
「ん――。貴方も大人しくしていればこうはならなったんですけどね~。結局、チャーリーとアルジェナの仲間ってことですかぁ?」
独り言のように喋りながら長い廊下を歩いていく。
彼の肉体は既に肉片になっていて、それらは既に処分された。
残された魂を処分するのは、ハズレと見分けがつかなった審査課の役目の一つ。
古い学校にあるような焼却炉に到着すると、イマイズミの魂は激しく逃げるように動き回った。
「今から貴方をここにポーンと投げ入れて、そうすれば魂は消滅して二度と生まれ変わることは出来ません。ちゃんと転生する際の書類に注意事項に書いてあったでしょう? 転生先でアレだけの事をしでかしたんですから、貴方もチャーリーとアルジェナのように、こちらで魂を処分することになったんですよ。お仲間入り、おめでとうございまーす!」
そう言って小さく拍手すると、イマイズミはまるで「お前は死んだはずじゃないのか!」と訴えているように聞こえ、私は溜息を吐いた。
「あのですね、私が死ぬはずないでしょう? そもそも、この役所にいる人間なんて全員死んでますって。ある一定の人たちは好きで残ってる人たちですけど~、基本的にここで働く人間って【イジメによる自殺者】が働いているわけですよ。解ります? イジメられて自殺したのに、楽しそうに異世界で生活している人間を見守るなんて地獄のようなもんですよ。そこで、私たちは考えました。ハズレ転生者を紛れ込ませて、こうやって憂さ晴らししようと」
そう、これは憂さ晴らし。
転生先で生き生きと生きる人間を殺したり処分することは出来ないけど、ハズレ転生者はこうやって処分することが出来る。嬲り殺すことだって楽しいの。
「貴方は選ばれし勇者です! 私たちのストレス発散の為のね」
震えあがる魂にニチャリと微笑むと、私は虫かごを指先で持って、焼却炉を開けた。
「楽しかったですよ、貴方のようなクズがいてくれて。沢山死んだ人もいましたけど、そこは目をつぶっていいですよって坂本さんに言われてるんです~! 本当懐広いわ~!」
じりじりと熱が伝わってくるのか、イマイズミの魂は小さく小さくなっていく。
「女性を卑下して楽しかったですか? でも安心してください、もう貴方の魂は生まれ変わることも無く消滅します。楽しいひと時を有難うございました。おかげさまで殺された甲斐があったと言う物です」
小さくトントンと虫かごにぶつかる音。
それを最後に――私は焼却炉に虫かごを落とした。
ジュッと音を立てるように、それでいて泡のように消える魂に細く微笑み、焼却炉を閉めると私は元来た道へと帰っていく。
あぁ、チャーリーの魂も、アルジェナの魂もそうだったなぁ。
哀れに死にたくないと暴れて、ジワジワ火に充てると小さくなっていって……最後は消滅したっけ。
「フフ! これがあるから異世界転生審査課ってやめられないんだよね!」
次はどんな人がくるかな。
どんなハズレを送ってたかな。
「あー……楽しみだなぁ」
+++
「じゃあ行ってらっしゃい、今日はリコネル王妃様のアトリエでサイン会があるの。私もお花関係でお手伝いに行ってくるわ」
「そっか、でも身重だろう? 気を付けてくれよ?」
「花を渡すだけだから大丈夫よ」
あれから一年が経ち、ラシュアは身籠り、動けるときは花屋の仕事をしている。
今日はミランダ副隊長……いや、もう違うな。
ミランダ・ジョルノア伯爵……ではなく、ミラノ・フェルン作家の新作販売でサイン会があるらしく、その手伝いなのだそうだ。
あの元副隊長はジョルノア家の養女となり、尚且つ、ミラノ・フェルンと言う名前でエロ小説作家として名をはせている。
元々、ミラノ・フェルンは有名作家だったが、あまり小説を出すことが出来なかったのは魔物討伐隊にいたかだろう。
だが、それも終わり、今は伯爵家の仕事もこなしつつ、エロ小説作家としても大活躍だ。
夫であるオスカーは胃薬が手放せないと聞いている。
「アシュレイの分も貰ってきましょうか?」
「俺の分って……」
「あら、私は貰うわよ?」
「お、おう……」
ここ最近、ミラノ・フェルン作家の小説にハマった妻ラシュアは、同じリコネル王妃の運営する店と言う事でサインまでもらって読んでいる。
多種多様のエロ小説……まぁ、悪くはない。
二人目を作るときは是非参考にしたいところだ。
「じゃ、あまり無理しないでな?」
「ええ、貴方も」
こうしてお互いキスをして俺は冒険者ギルドへと向かう。
ごく当たり前の幸せを送っているが、きっとこれも栗崎からのプレゼント何だろう。
今度会う事があればお礼が言いたいところだ。
「さて、今日も頑張るか!」
いつ会えるか分からない栗崎に感謝しながら、俺は冒険者ギルドへと駆け出した。
―――そして、物語は、違う所で更に進んでいくことになる。
=====
今回長く書かせていただきました。
これで、バサ妻は一応完結です!!
次回は、妻シリーズ3作目がスタートします!
ちょっと異世界転生審査課の闇も入れ込みつつ
此方も後日執筆予定なのでお楽しみに(笑)
次回作に関しては、出来るだけ日を待たずに執筆していきたいと思っていますが
来週の連休が終わってから執筆始めたいな~と思います。
(毎回連休が何故か入ってくる)
既に書く内容は決まっているので、楽しんで頂けるかと思います。
次回の妻シリーズは、妻が主人公というより、夫が主人公と言うべきか否か。
そちらも含めて是非お楽しみに!
バサ妻はもう少し伸ばして書きたかったんですが
区切りとしてはネルファーの処罰が下りたら終わりって決めていたので。
チャーリーやアルジェナの事も出てきましたね!
おお、そういう事なのか!?
と、思っていただけたら幸いです!
此処まで読んで頂き、そして応援して頂き有難うございました!
次回作は早めに執筆しますので、応援よろしくお願いします(`・ω・´)ゞ
【妻シリーズ第二弾】バーサーカーの妻になりまして! udonlevel2 @taninakamituki
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