第4話 応答せよ!

 バグの巣が発見され、パラメキアステーションに向かって来ている事が分かってから、様々な作戦が立てられた。

 まずはパラメキアステーションを移動させ、直撃コースから外れるという方法だった。何百隻もの宇宙船で牽引させる事で無事に移動させることはできた。しかし、それでは解決しなかった。

「何?小惑星の軌道がずれて来ている?」

 そうなのだ。まるでパラメキアステーションに引き付けられるかのように、小惑星がその進路をステーションの方角に変えたのだ。

 科学者達が必死に調べたところ、どうやら小惑星は磁気を帯びており、言うなれば大きな磁石になっているとの事だった。

 つまり、その大きな磁石がステーションの外壁を構成している金属に引き付けられており、そのためにいくら移動させても最終的には衝突するとの見解をした。

 もっとも多かった意見が小惑星を破壊する方法てある。だが、それには俺が待ったをかけた。

「あの小惑星を中途半端な攻撃で破壊しては行けません。あれはバグの巣です。小惑星に穴が開けばそこから際限なくバグが沸き出て来ます。今までこのステーションを襲撃してくるバグの数が少なかったのは、きっと小惑星の表面にバグが這い出て来るための穴が少ないからに違いありません」

 この事は後の調査で正しい事が証明された。小惑星に開いている穴の数は僅に数個。それがこれまでのバグの襲撃数の少なさの原因だったのだ。

 俺は自分が別の世界線からやって来た事を語り、そこで起きたバグの巣との戦いを話した。その甲斐あってか、小惑星への攻撃は当分の間見送られた。

 小惑星に追い付かれないようにずっと逃げて回るという案もあったが、資源面、エネルギー面でも難しいとの判断が成された。

 軍部が下した決断は一刻も早く反重力爆弾を完成させるというものだった。技術は提供してある。後は科学者達がそれを形にできるかどうかだった。

 あれから、一週間、二週間と時間が経っていった。

 だが未だに新兵器が完成したとの話は出て来なかった。この頃にはどこからか漏れ出した、小惑星がステーションに衝突する、と言う噂がまことしやかに囁かれるようになっていた。軍部にも問合せが殺到しているらしい。その事をエレナ提督が疲れた顔をして語ったのが印象的だった。これが嘘だったら良かったのに、という科白を何度聞いた事か。

 新型爆弾の開発も遅々として進まず、軍部には一層の暗雲が立ち込めていた。反重力爆弾を使うにしても、ステーションからの距離が近すぎると使う事が出来ない。阻止限界点はすぐそこにまで迫っていた。


「エレナ提督、決断しなければなりません」

「駄目よ」

 開口一番、エレナ提督はそう言った。だがしかし、時間はもうほとんど残されていなかった。ステーションと小惑星の距離を考えると、これ以上先伸ばしにする事が出来なかった。

「貴方はこのパラメキアステーションにおいて、大事な戦力よ。失うわけにはいかないわ」

「ですが提督、既に俺よりも優れた腕を持つパイロットも居ます。最新式の軍用宇宙船の性能も私が乗っているものとほとんど同じ性能を有しています。今更私がいなくなった所で、このパラメキアステーションが落とされるとは思いません。もしまた小惑星が接近してきても、それまでには反重力爆弾が完成しているでしょう」

「それでも駄目よ!」

「提督……」

 俺は説得を諦めるしかなかった。

 誰よりもこのパラメキアステーションを守る事に重きを置いている提督がここまで頑固者だった事を始めて知った。仲間達は知っているのだろうか?この事を聞いたら、笑ってくれるだろうか。

「……提督には悪いが、俺にも失いたく無いものがあるんでな。また命を賭ける事になるとは、俺の運命も業が深いな」


「イワンコフ、調子はどうた?」

「最高に仕上げてますよ、大尉」

「そうかそうか。ズーム、出撃準備だ。ロニー、ベレッタ、小惑星の調査だからと言って油断するなよ。バグがまた這い出て来ているかもしれん」

「了承です、大尉。いつでも出撃できます」

「よし、それではステーションに出撃許可を申告しろ。小惑星の偵察に行くぞ。バグは残らず殲滅するように」

「了解!」

 ステーションからの出撃許可が降り、俺達は宇宙へと飛び出した。目の前にはいつもの星の海が、何度同じような景色を見たとしても、決して飽きる事のない美しい景色が広がっていた。

 その美しい海の上を滑るように宇宙船は進んで行った。


「いつ見ても憎たらしいですね、あの小惑星。アレさえなければ俺達も静かに暮らせるのに」

「そうは言っても、どうせ賊が出てくるから静かには暮らせないわよ。あいつらもバグと一緒ね」

「あいつらの生まれ変わりがバグだったりしてな」

「もしそうだったら、いい迷惑だわ」

 軽口を叩きながらも、こちらに向かって来ていたバグを殲滅し、相変わらず不気味にこちらに近づいてくる小惑星の周りをグルリと回る。あの小惑星の内部構造がどうなっているのか、本当に気になる所だ。

 新しい情報が得られないかと小惑星の詳細なスキャンを行ったが、表面が金属で覆われているらしく、内部を透視する事は出来なかった。本当に謎の物体である。

 彼らがどこから来て、何の目的があるのかを知るには、かなりの時間が必要だろう。

 宇宙は広い。分からない事だらけだと言っても過言ではないだろう。

 偵察も終了し、特に異常がない事が確認された。俺達はパラメキアステーションに向けて舵を切った。

 新型の宇宙船の性能は素晴らしく、あっという間に小惑星は見えなくなった。

「よし、お前達は先に帰って一杯やってろ。俺はもう一仕事ある」

「大尉!?何を馬鹿な事を言っているんですか」

「そうですよ。大尉も一緒に一杯やりましょうよ」

「まだ時間はあります。きっと何か方法が……」

「いい方法は必ず手に入る。だがそれは、別の機会にとっておけ。今一番必要なものは時間だ。反重力爆弾が完成するまでの時間がな」

「大尉……」

「だが幸いな事に、ここに一発だけ反重力爆弾がある。これを使わない手はない」


「エレナ提督に何て言えばいいんだ」

「ロニー、大尉の意志を無駄にするな。残された俺達は大尉の意志を継がなければならない。これは絶対だ」

 ロニー、ベレッタ、ズームの三人はパラメキアステーションに向かってひた走る。光輝く海をひた走った。

 ようやく前方に、いつもの見慣れたパラメキアステーションが目に入った。

 その時、後方に青白い閃光が走った。その光はステーションの外壁を鮮やかに照らした。

「……おい……おい、聞こえているか?今のは何の光だ?一体何があったか説明しろ!」

 すぐにロニー達の元へ通信が入る。あの光はおそらく反重力爆弾が放った光だろう。大尉は、オーサン大尉は確かにやったのだろう。

「聞こえないのか?おい、ロニー、オーサンはどうした?」

 エレナ提督からの通信に三人は口を閉ざした。何と言えばいいのか、誰にも分からなかった。

「おい、ロニー、何故黙っている?オーサン?聞こえないのかオーサン!オーサン、応答せよ!」


「オーサン、オーサン!聞こえているか?オーサン、応答せよ!」

 宇宙船の内部では、けたたましく警告音が鳴り響いている。正面のモニターを見ると、船体の損傷、船体からの空気漏れ、エネルギーの著しい低下、など、他にもあらゆる警告画面が表示されていた。

 軍部からの通信に、無事である事を伝えると、オーサンは身に着けている宇宙服に問題がない事を確認し、ホッと一息ついた。

 ああ、どうやら俺は夢を見ていたらしい。生死の境目であんなリアルな夢を見るだなんて、自分の神経がここまで図太いとは、オーサンは我知らず苦笑いをした。

「隊長、大丈夫ですか!ああ、機体がボロボロじゃないですか」

「さっすが隊長!相変わらず運だけは強いですね!」

「そんな事言ってる場合じゃないわよ。すぐに牽引ロープを隊長の船に回しなさい。隊長、危険なので、機体の全エネルギーをカットして下さい。宇宙服に問題はないですよね?」

「ああ、大丈夫だ。問題ない」

「全く、隊長に何かあったら、家で待っているオリビアさんとターニャちゃんに何て言ったらいいか。こっちの身にもなって下さいよ」

「おい、今何て?」

「え?こっちの身にもなって、ですか?」

「いや、その前だ」

「オリビアさんとターニャちゃんに何て言ったらいいか?ご、誤解しないで下さいよ、隊長!別に俺はターニャちゃんを狙って何かいないですからね!?そもそもターニャちゃんはまだ8歳なんですよ?俺はロリコンじゃないですからね!?」


「オーサン、よくやってくれたぞ。君のお陰で無事にバグの巣をバグもろとも破壊する事ができた。今回の件でバグについても新たな知見を得る事ができた。今後はより良い対抗策を構築する事ができるだろう」

「いえ、とんでもありません、提督。軍人として、できる事をしたまでです」

 軍部での報告を終えたオーサンは帰路についた。頭の中をグルグル回るのは、隊員が言った二人が待っている、という言葉。そんな馬鹿な。また違う世界線に来てしまったのか?そもそもアレは夢だったのか?

 夢にしてはリアル過ぎた。様々な考えがオーサンの頭の中を過った。

 重い足を引きずるようにして、いつもの見慣れた家にたどり着いた。何も変わったところの無い、いつもの見慣れたドアだ。

 オーサンは震える手でポケットから鍵を取り出し、ドアを開けた。

「お帰りなさい、あなた。軍部の方から危険な任務になると聞いていたから心配したのよ。でも、無事に帰って来てよかったわ」

「パパ、お帰り~」

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バグ えながゆうき @bottyan_1129

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