第3話 とっておき

 あの日から俺は、正式にパラメキアステーションの軍人になった。

 十分な量の実弾も補充してもらえるようになり、今では散弾砲も撃ち放題だ。もっとも、そんな事をする必要があるほどの数のバグは未だに現れていないのだが。

 どうやら、以前とは違い、ステーションを襲うバグの数は少ないようだった。

 バグがステーションを襲ってくる数に規則性があるのかは分からないが、この程度の数であれば、こちらの体勢をそこそこ整えておけば十分に対応する事ができる。

 そのため、今の俺の仕事はもっぱら部下の戦闘技術の向上と、技術提供による更なる宇宙船の改良に寄与することだった。

 宇宙船のエンジンが未だに核融合エンジンであった事には本当に驚いた。あんな万が一の危険性がある物をよく使えたものだ。それがステーションでも使われている事を聞いて、直ぐさま俺は反重力エネルギーを利用した反重力エンジンを使うように直談判した。

 だが、俺の熱意だけで技術的な面が解決するわけではない。技術提供により、開発の目処はたったものの、実用化するまではまだまだ時間が掛かる事になりそうだった。

 当分の間は危険と隣り合わせの核融合。いつ問題が発生するか、心労は絶えないようだ。

 この円柱型のパラメキアステーションは回転することにより、その内側に重力を発生させていた。

 ステーション内に入ると、目の前には上り坂が永遠に続くという、自転車乗りにとっては大変優しくない構造をしていた。ステーション内の昼と夜はステーション内を照らしている電気を点けたり消したりするという方法をとっていた。

 限りある資源を確保するために、毎日多くの採掘船がステーションと小惑星帯を行き交い、生活を支えていた。

 小惑星帯は肉眼では確認できないほど長く帯状に続いており、当分の間は枯渇しそうになかった。

 街並みはどこも同じようで、無機質な高層のビルが立ち並んでいる。住宅街と商業地区は住み分け別れており、夜の喧騒を気にする必要はほとんどなかった。

「おう、いらっしゃい。何にする?」

「いつものを頼む」

「あんたも好きだね。たまには違うのを頼んでみたらどうだい」

「いいんだよ。食べたい物を食べる。それが一番さ」

「ま、それもそうだな。はいよ、飲み物だ」

 出されたビールはいつもと何一つ変わらない苦味を口の中に残した。それが以前の自分と今の自分を繋ぐ唯一の絆のように思えた。

 新しく繰り返される日常に、徐々に薄れゆく記憶。どちらを大切にするべきなのか、葛藤する日々は未だに続いていた。


「オーサン大尉、ご苦労様です!」

「ああ、イワンコフもいつもご苦労」

「いえ、とんでもありません!毎日が充実してますよ」

「そうか。ありがとう、イワンコフ」

 サッと敬礼をするイワンコフ。彼は軍の優秀なメカニックの一人だ。俺の乗って来た機体の整備と、そこから技術を解析するという、とても重要な任務を帯びていた。

 それにしても、俺が大尉とは。以前は、階級を貰えるのは主に作戦を指示する軍部の中枢部だけだったが、ここではその活躍に応じて階級が与えられる。この分だと直ぐに少佐になれるはずだとエレナ提督が嬉しそうに言っていた。

 提督が嬉しそうにするのはもっともだ。何せ、俺が軍に所属してからパラメキアステーションへの直接的な被害は皆無だったのだから。

 やはりあの外から見えたステーションの黒く焼けた部分はバグによるものだったらしく、バグの襲撃を受けてはステーションの外壁にダメージを受けていたらしい。

 それが無くなった事で大喜びなのだ。ステーションの安全確保が第一条件。それを抜かりなくこなせることは、提督にとっては最大の誉れなのだろう。

 俺達、宇宙軍の仕事はバグの退治だけではない。このステーションに衝突するコースにあるスペースデブリの除去や、危険なものが迫って来ていないかを調査する仕事もあった。

 また、宇宙のならず者を見つけては処分するという大切な仕事もある。常日頃から宇宙ステーションにはバグという危機が迫って来ているというのに、それにも関わらず小惑星帯に潜むならず者は一定数存在しているのだ。

「大尉、奴らです」

 小惑星帯をパトロールしていると、通信が入った。レーダーを確認すると、確かに光点がこちらから逃げるように移動している。

「ロニー、追いかけるぞ。ベレッタとズームは周り込んで頭を抑えるように」

「了解!」

 部隊員は一斉に動き出した。今彼らが乗っている宇宙船は最新式のものであり、これまでの物とは次元の違う高性能の船だった。

 それもあってか、アッサリと賊は捕まった。こちらに被害は無く、日頃の訓練の成果が出たと言ってもいい程の内容だった。

「よくやってくれた。実にいい動きだったぞ」

「ありがとうございます。これも大尉の指導のお陰ですよ」

「フォーメーションも随分と馴染んできたように思います。この船に、このフォーメーション。これでもう奴らに後れをとる事もないですよ」

「違いないな」

 意気揚々とする隊員達。彼らはようやく死と隣り合わせの状態から、無事に安定して任務をこなす事が出来るようになったのだ。

 部下に感謝されるのも悪くない。いつしかそう思うようになっていた。それは思いがけず命拾いをしたからなのか、別世界に来て吹っ切れたからなのかは分からない。

 だが、俺はこの新しい生活を思った以上に気に入っている事だけは確かだった。

 賊を捕縛してステーションの近くまで戻って来たとき、突如、通信用端末に連絡が入った。

「聞こえる?エレナよ。オーサン、今すぐ戻って来て、軍本部まで出頭してもらえないかしら?」

「分かりました。すぐに戻ります」

 この通信は他の隊員にも聞こえたようであり、何かあったのか?と少し騒がしくなっていた。

「何があったのかは分からんが、俺は先に戻っておく。後の事は頼んだ」

「了解です、大尉。後は我々に任せて下さい」

 確かに請け負った隊員達を見て、随分と成長したものだと、感慨深く思っている自分に気づき、自分も随分と年をとったものだと苦笑いした。

 すぐに気を取り直し、最大速度でステーションに戻った。


「エレナ提督、オーサン、戻りました」

 軍人としての敬礼をすると、本部にはかなりの人数が集まっていた。どうやらただ事ではない事態が起こったようだ。

 その後、数人の軍人が加わり、会議が始まった。そこで驚くべき報告がもたらされた。

「バグがある一定の方向からのみ、こちらに来ている事は皆さんもご存知のはずです。我々は常日頃からその方向に偵察機を送り、可能な範囲を隈無く調査していたのですが、本日、大変危惧すべき情報が入って来ました」

 エレナ提督はここで一旦言葉を切った。この場にいたほとんどの者が、バグと危惧すべき事を結び付けて、良くない事態が起こっている事を感じ取っていた。

 本部は静まり返り、提督の次の言葉を待った。

「バグの巣と思われる小惑星が発見されました。そしてそれだけではありません。そのバグの巣がこのパラメキアステーションに直撃するコースで向かって来ているのです」

 本部にざわめきが起こったが、すぐに提督が言葉を続けた。

「そこで皆さんにはどう対処するべきかの案を出して頂きたいのです」

 その言葉を皮切りに次々と質問が飛んだ。大きさはどのくらいなのか、あと何日で衝突するのか、など。

 有難い事に、猶予期間は1ヶ月近くあった。そのため、今日のところは情報提供だけで解散となり、後日改めて本格的な対策会議を開く事になった。

 なんという事だ。この世界に来てまで、また同じような道を歩まないといけなくなるとは。

 宿舎に帰ると、すぐに部下や同僚が何があったかを聞いてきた。

 外には漏らさないという事を条件に話を聞かせると、全員が言葉を失った。

「何か、何か策はあるのですか?」

「まだ分からないが、猶予がある。俺達は任務を確実にこなしながら、軍部に余計な心労を与えない事だ。軍部が知恵を絞れば、何かしらの案が出るだろう」

 その場にいた全員の顔が縦に大きく振られる。軍部には巣についての対策に専念してもらわなければならない。

 しかし俺には一つだけ゛とっておき゛の解決策があった。

 それは俺と、俺の乗っている宇宙船にしか出来ない事だった。

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