第2話 似て否なる世界
「止まれ、そこの所属不明の船。所属と名前を言え。聞こえるか?所属と名前だ」
まるで微睡みの沼にはまっているかのように混濁した意識を、頭を振り払って必死に取り戻そうとした。生きているのか、俺は?
「こちら、パラメキアステーション宇宙軍所属、デルタ小隊の隊長オーサン・マイヤーだ」
「デルタ小隊?うちにそんな小隊はないぞ。何を言っている」
それはこちらの台詞だ。宇宙軍の組織と構成メンバーを理解していない奴を、よくもまあオペレーターにしたものだ。このままでは現場が混乱をきたす。すぐに上に報告をあげねばならんな。
「デルタ小隊も堕ちたものだな。そこそこ有名になってきたとは思っていたのだがな」
デルタ小隊は宇宙軍の中でも精鋭部隊の一角だ。それなりに一般市民にも知れ渡っていると思っていたが、どうやら買いかぶりだったようだ。
「・・・おいオッサン、本気で言っているのか?」
「もちろんだ」
「ああ、ちょっと待ってくれ・・・。あんた牽引ビームは分かるな?今からそれを出すから、それに従ってステーションに着陸してくれ。間違っても面倒事を起こすなよ。どうやら俺の手に負えそうにないから、上司を呼んでくるわ」
「ああ、そうしてくれ」
こんな勉強不足の若造よりも、こいつの上司をの方がまだマシだろう。俺は牽引ビームに従って船をゆっくりと走らせた。
「オイオイ、何て速さだよ!」
お前の意見など知らん。
牽引ビームの先は見慣れない施設へと続いていた。
何だあの円柱状のモノは。もしかして、あれがパラメキアステーションなのか?俺の知るパラメキアステーションは車輪の形をしていたはずだ。一体どんな構造をしているのか、サッパリ分からん。それに良く見ると、所々に黒く焼けたような後がある。あれはきっとバグにやられた跡だな。ステーションに張り付かれるまでバグの接近を許すとは、このステーションの宇宙軍はどうなっているんだ?
そうこう思案している内に、オーサンは指定されたハンガーベイに着陸した。
ガシャンと機体をロックする音が船内に鳴り響く。
どうやら無事に着陸できたようだ。このロック音を聞くと、ようやく安全な場所に戻って来た事を実感できる。
船はそのまましっかりと固定され、エアロックの中へと運ばれて行った。
運ばれた先はどうやら宇宙のならず者の船を収容するスペースだったようであり、違法に改造したと思われる船がそこかしこに雑多に並んでいた。
民間の船を奪って改造したのか、継ぎ接ぎだらけであり、武装も推進装置も貧弱。ハッキリ言えば、よくこんな船で宇宙に飛び立とうと思ったものだと思うくらいの代物だった。俺なら絶対に乗らない。
とりあえず指示があるまでは船内で待機だな。万が一の事があればすぐに脱出しなければならない。
緊張感はまだあるものの、ステーションにドッキングした事による安心感が出てきたらしい。腹が減ってきたので今のうちに非常食でも食べておくとしよう。いつまで掛かるか分からないし、いつ呼び出されるかも分からないからな。
「私はエレナードよ。エレナ提督と呼んで頂戴。それで貴方はオーサンというみたいね。残念だけど、私の部隊にデルタ小隊は存在しないわ。どういうことかしら?」
目の前のモニターには軍服を着た二十歳前後の若い女性軍人が写し出されていた。薄々感じていたが、どうやらここは俺の知っているパラメキアステーションではないらしい。エレナードなんて名前の人物は知らないし、もちろんそんな名前の提督など知らない。
だが、ここで何を言っても仕方がないだろう。このステーションの一番のお偉方なら逆に都合がいいかも知れない。洗いざらい吐いて、指示を仰ごう。それが軍人という者だ。
「・・・なるほど、とてもではないですが信じられませんね。ですが、貴方の乗っている宇宙船は、明らかに我々が保有している技術水準を遥かに越えているようです」
ふう、と1つ大きなため息をついた。どうしたものかと思案しているように眉間をグリグリと押さえている。
「こういうのはどうでしょうか?その宇宙船の情報を提供していただければ、このステーションで自由に行動する事を許可します。悪い話ではないでしょう?もちろん、監視付きではありますが」
「分かりました。そちらの指示に従いましょう」
どのみち、この船の食料が尽きるのは時間の問題だ。それならば、こちらの情報を提供して、あちらの情報を得た方がまだマシだろう。留まるにせよ、逃げ出すにせよ、自分がどこにいるのか分からなければ話にならないのだから。
俺の返事に機嫌が良くなったエレナ提督に、俺が行うべき今後の方針を聞くと、一先ずは軍の指示に従って必要な情報をレポートにまとめ、その都度それを提出する事になった。
俺の船はひとまずば軍用スペースに移動させられた。まあ、ここよりかはマシだな。エレナ提督は宿まで準備してくれたようである。至れり尽くせりとはまさにこの事だ。
俺は早速この世界の事について調べた。その感想を率直に言うと、ここは俺の元いた世界とは似て非なる世界だった。違う世界線と言うやつだろうか。その手の物語はほとんど読んだ事がないので、正確にはよく分からないのだが。
軍用メーカーや宇宙船メーカー、日用品メーカーには知ったような名前がいくつもあった。だが、見慣れないメーカーもいくつもある。
売っている商品も、分かる物もあれば、意味不明な物もある。だが食べ物だけは何故か同じものだった。人間の食べ物の趣向はどこに行っても同じようなものだと言うわけか。
軍用の宇宙船のスペックを比較すると、俺が乗っている船は破格の性能である事が分かった。残念ながら生体認証がついているため、俺しか動かす事ができないわけなのだが、それでも俺が提供した技術情報はかなり有用だったらしく、お金も自由に使ってくれていいと言われた。
そう言われても、衣食住は揃っているし、特に必要な物はないな。監視役もいる事だし、しばらくはステーション内で大人しくしておこう。触らぬ神に祟りなしだ。
いつものようにステーション内をフラフラし、目新しい物を見つけては、それにチャレンジし、飽きたら船に戻ってメンテナンスをするという、以前では考えられない生活を送っていると、突然、今俺がいる軍用格納庫内のアラームがけたたましく鳴り響いた。なんだ?敵襲か?
「バグが五匹ほどこっちに向かって来ている。迎撃用の宇宙船を出撃させろ!急げ!」
バタバタと周囲が慌ただしくなった。この世界にもバグがいる事はこれまでの情報から分かっていた。しかし、これ程までに襲撃回数が低いとは思わなかった。以前なら少ない日でも、日に2、3度は襲撃してきたはずだ。
大群でなければ、数匹のバグくらい問題にはならないだろうと思い、眼下で慌ただしく走り回るパイロットやメカニックを眺めていた。
そういえば、ステーションの外壁が何ヵ所も黒く焼けたようになっていたな。だがまさか、五匹程度のバグに遅れをとるまい。
・・・いや、待てよ。たかだか五匹にこの慌てよう。そしてこれまでの調査で分かったこの世界の宇宙船の貧弱さ。
俺は慌てて自分の船に戻ると、いつでも出撃出来るように態勢を整えた。
その直後、軍上層部から通信が入る。
「エレナ提督よ。良かった、オーサン、船に居てくれたのね」
「もちろんです、提督。いつでも出撃出来ますよ」
俺の返事を聞くと、驚いたように目を見開いた。しかし、すぐにまたいつもの睨み付けるような表情になった。この顔が彼女のいつもの顔である事は、この短い付き合いから分かっていた。
「貴方は正確にはこのステーションの市民ではないわ。それでも、このステーションのために命をかけてくれるの?バグと戦えば死ぬかも知れないのよ?」
「ステーションと市民を守るのが軍人の仕事です。そのために死ぬ事もまた仕事の1つです。それにバグ五匹程度で私を討ち取ろうなど、片腹が痛いですな」
俺がニヤリと笑うと、エレナ提督も表情を和らげた。
「エレナードからオーサンに通達します。今すぐ我がパラメキアステーション宇宙軍の隊員として、出撃して下さい。目標はステーションに迫るバグの全滅です」
「了解しました。エレナ提督」
すぐさま管制官に発進許可を取ると、久し振りの大宇宙へと飛び出した。
眼前に広がる星々はまるで宝石のように輝いていた。この光景が以前とは別物なのかどうかは分からなかったが、その壮大な広さと美しさは全く同じだった。
レーダーに目をやると、どうやら先発隊は既に交戦中のようだ。しかも見るからに状況が悪い。
俺は全速力で支援に向かった。
「オーサンだ。エレナ提督の命令で援護に来た。繰り返す。エレナ提督の命令で援護に来た」
無線コードなど知らなかったので、全方位に向けて無線を送る。フレンドリーファイアなどごめんだ。
「援護か!助かる!」
向こうからも無線が入る。どうやらこれで後ろから撃たれる事は無さそうだ。バグに向けて急接近すると、すれ違いざまにパルスレーザーで二匹を仕留めた。散弾用の実弾があればもっと楽に倒せるのだが、今使えるのはレーザー兵器だけだ。
急旋回すると、残りの三匹のバグが攻撃範囲内に運良く入っていた。この期を逃さず、確実にパルスレーザーでまとめてバグを仕留めた。これで俺の任務は終わりだ。
「すげえ、バグ五匹をあんなにあっさり倒すだなんて、信じられん」
「何という速さと旋回速度、機動性がまるで違う」
「あんな船、乗りこなせないよ~」
無線には次々と雑多な言葉が飛び交っている。俺は唯一知っている提督との通信コードを開いた。
「エレナ提督、作戦は終了しました。これより帰還します」
「ええ!?もう?わ、分かりました。帰還を許可します」
帰還許可をもらった俺は無事ステーションにドッキングした。
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