バグ

えながゆうき

第1話 青い光

 人類が地球から離れてどのくらい経ったのだろうか。

 今はもう誰も知る由もないし、誰も知る事が出来なかった。

 ただひとつ言える事は、母星を失ってもなお、人間はしぶとく、この無限に広がる宇宙に確かに生きていた。


 コックピットから見える星の海を虚ろな瞳で眺めながら、オーサンはいつもの任務に就いた。

 事故で妻と娘を亡くしてからは、軍人としてひたすら任務に打ち込むことで、その寂しさから逃げていた。そんな彼の仕事っぷりが認められたのか、はたまた同情されたのかは分からないが、彼は宇宙軍のデルタ小隊の隊長まで上り詰めていた。

「今日の戦果はバグ16匹でしたね。まずまずと言ったところですかね」

「アルファは11匹だったみたいだから、俺達の勝ちだな」

 あっはっはと笑い合う隊員にオーサンは釘を刺した。

「お前たち、無事にステーションに戻るまでが俺達の仕事だそ。最後まで気を抜くな」

 了解です、という声と共に、相変わらず隊長は堅いなぁとの声も聞こえていた。

 ちょうどその時だった。ステーションの軍指令部より、緊急の通達が入った。

「パラメキアステーションに所属する全軍に通達!至急、ポイント7082に集合せよ!繰り返す。今すぐポイント7082に集合せよ!」

 これまでに感じた事がないほどの切迫した空気が軍部のアナウンスから読み取れた。これはただ事ではない。オーサンはすぐに隊員に指示を出し、指定されたポイントへと向かった。

「おいおい、あれはなんだ?冗談だろ?」

 隊員の一人が言った。見ると、ステーションの半分ほどの大きさの小惑星が、今まさに宇宙に浮かぶ車輪のようなパラメキアステーションをめがけて飛んで来ていた。

 良くみると、その小惑星の中からバグが這い出して来ている。

「おい見てみろよ。あれってもしかして、バグの巣か?まさかアイツら、巣ごとまとめて突っ込んで来やがったのか!?」

 バグ、それはどこからともなくやってくる宇宙生物である。一説によると、宇宙の掃除屋ではないかと言われている。その生態はすべての謎で包まれていたのだが、どうやらバグの巣があることが、皮肉にも今回明らかになった。

 バグ一匹一匹は非常に弱い。しかし、非常に数が多かった。奴らは好んで金属に貼りつき、その金属を少し溶かした後に爆発四散した。ゆえに、生活のために多くの金属類を必要とする人類にとっては死活問題であった。


「デルタ小隊より軍部へ通達。目標ポイントに到着した。指示を」

「了解デルタ。あの小惑星から出てくるバグをこちらに近づけないように迎撃してくれ。すぐに他の部隊もやってくる。それまで耐えてくれ」

「デルタ了解」

 オーサンは無線を切り替えた。目に入るバグの数はそれほどでもない。暫くは持ちこたえられるだろう。

「聞いての通りだ。デルタ、いくぞ」

「あーあー、ツイてないぜ。こんな事なら弾をケチっておけば良かったよ」

「ああ、残りエネルギーもそんなには多くない。節約が必要だな」

「夕飯までには帰れたらいいなあ」

 デルタ小隊にはまだ余裕があった。何せ彼らの乗っている機体は軍の新型だ。バグなど彼らにとってはボーナスバルーンに過ぎなかった。

 一つ、二つ、とデルタ小隊は次々どバグを撃墜して行く。そうこうしている内に、他の小隊も集まり、益々こちらの優勢になっていった。

 だが、依然としてバグの巣である小惑星はステーションへとじわりじわりと不気味に接近していた。この小惑星をどうするか、軍部でも意見が分かれているのだろう。

 軌道をずらして回避するのか、それとも破壊するのか。いずれにせよ、それほど猶予が無いことだけはこの場の全員が分かっていた。

 軍部より指令が下る。目標は小惑星の破壊だ。

 直ちに付近の小隊が小惑星に向かってミサイルを発射した。このミサイルは主にステーションに接近する大型のスペースデブリを破壊するためのものであるため、破壊力だけはそれなりにあった。

 幾つものミサイルが小惑星に当たり、その度に小さな岩の破片が周囲に飛び散った。ミサイルは確実に小惑星に多数の穴を開けたのだが・・・。

「おい、アレを見ろよ!奴ら、俺たちが開けた穴から次々に這い出して来やがるぜ!」

「くそ、なんて数だ!迎撃、迎撃ー!」

 皮肉にも彼らが開けた穴はバグの這い出てくる場所を増やしただけに過ぎなかった。複数の穴から止めどなく這い出るバグに、彼らは一転、防戦一方になった。


「くそ、なんて事だ!あの小惑星は一体どうなっているんだ!このまま穴を増やすと不味い。一気に小惑星を消滅させるしかない。反重力爆弾を使う。急いで準備しろ」

「り、了解です、提督!」

 バタバタと指令部は慌ただしくなった。まさかこんな事態になるとは。こうなる事が分かっていれば初めから使っていたのに、と思っても今更であった。未来は誰にも予測出来ないのはいつの時代も同じであった。

 反重力爆弾とは着弾した箇所に強力な重力の歪みを発生させ、その付近にあるものをことごとく消滅させるというとても危険な代物であった。一説には超小型のブラックホールを発生させる、などと言われていたが、その真意は依然不明であった。

 古の時代にこの破壊兵器を使った戦争があったとされているが、それを裏付けるものは何一つ残っていなかった。文字通り、そのほとんどが消滅したのだ。

 この反重力爆弾の仕組みは、元を辿れば多くのクリーンなエネルギーを産み出す仕組みとして発明されたものだった。その仕組みは今でも当然使われており、ステーションに必要とされる膨大なエネルギーを産み出し、戦闘機乗り達が乗っている宇宙船にも同じ物が搭載されていた。

「すぐに安全な場所に避難し、衝撃波に注意するようにステーションの市民へ通達しろ!急げ!作戦を指示する。全艦隊に通信を開いてくれ」

 すぐさま全鑑に指示が飛び、速度の遅い船からステーションの盾になるように、戦線を離脱していった。


「あーあ、俺たち小型宇宙船乗りは最後だそうだ」

「文句を言うな。俺達が先に撤退するれば、バグがステーションに取り付くぞ」

「はいはい、分かってますって」

 度重なる戦闘によって精神的疲労が蓄積しつつあるデルタ小隊だったが、悪態を吐きながらも何とか踏み止まっていた。

 友軍機が退却していくにつれて、相対的にデルタ小隊が対峙するバグの数も増えてきた。実弾はすでにほぼ使い切り、エネルギーを消費する光線兵器だけで戦っている状態だ。そうなると当然、エネルギーの枯渇の問題が発生する。エネルギーは兵器だけでなく、宇宙船を守るシールドや船の推進力に使われている。バグが沢山いるからと言って、光線兵器を乱射するわけにはいかなかった。

 増え続けるバグに追いかけられながらも必死に交戦しているデルタ小隊にも、遂に退避命令が出た。

 だが、ようやくこの戦場ともオサラバできる状態になってもデルタ小隊は残っていた。

 後方からは大量のバグがデルタ小隊を呑み込もうと押し寄せていた。このままステーションに向かうわけにはいかない。デルタ小隊のメンバーの誰もが無言であった。

 その時、彼らに無線が入る。

「デルタ隊長からデルタ小隊メンバーへ。俺が奴らに攻撃を仕掛ける。その隙に、全速力でステーションに向かえ。デルタの最新式の宇宙船なら、あっという間に引き離せるはずだ。そうすれば、残った俺の方に向かってくるかもしれん。アイツら、見た目通り頭が悪そうだからな」

 精一杯のオーサンの冗談であった。

 普段は決して冗談など言わない隊長の台詞に、デルタ小隊メンバーは覚悟を決めた。このまま残ればどうなるか、知らない者は誰一人として居なかった。

「了解です、隊長。先に上がって一杯やらせてもらいますよ」

「ああ、そうしてくれ。後は任せたぞ。俺が急速旋回するのが合図だ」

 了解です、と個々の通信が入る。それを確認したオーサンは宇宙船を急速旋回させた。

 離れた一機に着いてくるバグの数は少なかったが、それを合図にスピードを上げ、離れて行く僚機を確認すると、それを追いかけるバグの群れに向けて、万が一のためにとっておいた最後の対スペースデブリ用ミサイルを発射した。

 命中し、炸裂したミサイルは多くのバグを巻き込み、その残骸がバグ達の視界を妨げた。

「ざまぁ見ろだ!」

 オーサンは自機のスピードを上げると、わざと目立つようにバグの群れの間をすり抜けた。目標を見失ったバグは、オーサンに狙いをつけた。

 高速で暴れ回る船を押さえつけながら、オーサンはバグの巣の方向に近づいた。少しでも多くのバグを巻き込もうという公算だ。それはそんなに長くはない時間だったはずだが、オーサンには何十分にも感じられた。

 早く、早く。

 その時、オーサンの目に鮮やかな青い光が飛び込んだ。反重力爆弾が炸裂した光だ。その光は小惑星を包み込み、バグ達を包み込んだ。

 ああやっと、やっとオリビアとターニャに会える。

 そしてその青い光はオーサンを包み込んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る