第6話 現実逃避5
店を出るとユミルと一緒に近くの公園に向かった。一輪バイクを押しながら歩く僕の横を楽しそうに鼻歌を歌いながらスキップしている。
子供の様にはしゃぐユミルを見ていると、こっち迄楽しい気分になってくる。
考えて見ると、この世界に通う様になって一年程になるが、こうやって外を一緒に歩くのは初めてだった。
公園に到着すると、幸い人影も少なく、けっこうな広さがある、早速練習を初める事にした。
一輪バイクにユミルを股がらせると、背が高い僕が股がると体を縮める感じになるのに、ユミルの場合は背筋がしっかり伸びており、サイズ的には調度良い様だ。
ユミルをバイクに乗せ僕が後ろからハンドルを握り、歩くスピードで公園を何周かした後、ユミル一人にハンドルを握らせ僕は後ろからユミルの服の襟を掴んだ。
一輪バイクは重心を前に移動させると前に進み後ろに移動させるとブレーキが掛かる、なので後ろから襟を掴んでいるとスピードが出過ぎても後ろに引かれてブレーキが掛かる為、具合が良い。
僕はユミルが何回か転ぶ事を予想し、倒れそうになれば引っ張り上げればいいや、などと考えていたが、ユミルは意外に飲み込みが早く、転ぶ事無く運転出来ている。
「ウヒョーッ、楽しいーっ」
と、ユミルは笑顔でこちらを振り返った。
「運転中はよそ見しちゃダメッ」
「ハ~イ」
こうゆう時のユミルは素直だ。短時間で一輪バイクに乗れる様になったユミルを見て、さすがNPCだなと感心した。
僕は小走りで、ユミルの服の襟を掴んだまま何周かした後、ユミル一人で運転させてみる事にした。
僕は、さっきと同じ位のスピードで走る事と、運転中は、絶対によそ見をしない事を約束させユミルを送り出した
初めの何周かはフラフラと危なっかしい運転だったが、みるみる上達し運転が安定してきた。僕は少し安心し近くのベンチに腰をおろし暫くユミルの運転ぶりを眺めていた。
「モリジーッ、楽しいねっ!」
遠くでユミルが大きな声で叫んでいる、本当に楽しそうだった。気が付くといつの間にか辺りは暗くなり初めていた。
「後一週したら帰るぞっ」
と、ユミルが近くまで来た時に声を掛けた。
「ハ~イッ」
と、元気な声が帰ってきた、僕は近くの自動販売機で飲み物を二本買い、ベンチに腰をおろして待っていると、暫くしてユミルが戻って来た。笑顔のユミルはバイクを止めて降りて来ると僕の隣にチョコンと腰掛けた。
僕が飲み物を渡すとユミルは満面の笑顔を浮かべた。
「ありがと、モリジー、今日はとーっても楽しかったっ!」
「そんなに楽しかったか」
「ユミル今迄で、一番楽しかったよっ!」
これ位の事で、こんなに喜んでくれて居る事に、僕は、少々困惑した。暫くして二人は、ユミルの店に戻った。時刻は、21時を過ぎていた。僕は、ユミルは何処に住んで居るのか聞いてみた。
最近NPCを狙った犯罪が増えているらしい、プレイヤーを狙った犯罪より捕まっても刑が軽い為だろう。
「ここから歩いてすぐのアパートだよ!」
僕は、ユミルに遅くなったから送って行くことを伝えた。
「ヤッター」
何がそんなに嬉しいのか分から無いが、ユミルは小躍りして喜んでいる。
僕はユミルをバイクに乗せユミルのアパートがある方へ向かって歩き出した。
僕は途中にあった本屋で一冊の本を買った。ユミルはもう危なげ無く一輪バイクを乗りこなしている、ユミルのアパートに到着した時、歩き始めてから20分以上経過していた。
「あれがユミルのアパートだよ!」
ユミルの指さした方を見ると、この街には似つかわしく無い、レトロな雰囲気のアパートが立っていた。
「モリジー、ユミルの部屋に寄ってく?」
僕は、もう遅いから帰る事を告げ、ユミルに途中の本屋で買ったバイク教本を
手渡した。この世界では運転免許は必要無いが安全の為に交通ルールは覚えておいた方が良いと思ったからだ。
「これ、なーに?」
「バイクで道路を走る時のルールとかが書いてあるから、しっかり勉強しとけ」
「うん、ユミル頑張って勉強するね!」
ユミルはおとぎ話の絵本でも貰った子供の様に目を輝かせて教本の表紙を見ている、僕がバイクに股がり、もと来た道を走り出すと後ろからユミルの声が聞こえて来た。
「モリジー、ありがとーっ!」
僕は、前を向いたまま右手を上げて応えた。マンションに向かう途中のコンビニで朝食用にパンと飲み物を買い帰路についた。
マンションに帰ってテレビを見ているとニュースで今日あった出来事や事件、事故などを報じていた。やっぱりNPCを
狙った犯罪が増えているらしい、この街が作られて五年になるが、二年程前からNPCを狙った犯罪が増えて来たらしい。
驚いた事に最近ではNPCの強盗も出没しているらしく、元々存在しているギャングや悪人設定のNPCでは無く、一般のNPCがプレイヤー相手に犯罪を働いているらしい、そう言えば前に僕を襲った強盗も、悪人には見えない女のNPCだった。
何か、華やかな街の外見とは裏腹に嫌な雰囲気が街全体を覆い始めている様な気がして、何だか嫌な気分になってくる。これ以上犯罪が増えなければ良いが、などと考えている内に、いつの間にか深い眠りについていた。
翌朝は5時に起床した、今日の昼頃には、明日の仕事の準備の為に現実世界に帰らなければ成らない、そう考えただけで気が滅入って来る。気を取り直して、今日はどうするか、考えた。
朝食を済ませマンションを出る、今日は、バイクも手に入れた事だし、居住区の外側を軽く一週して見る事にした。
今までは居住区の中の極狭い範囲を徒歩でうろついて居ただけだった。
とりあえず、北に向かい、丸く広がる居住区の境界線になっている広い道路を、時計回りに進んで見る事にした。
暫く北に走って境界線の広い道路に出た。そのまま北に進めばオフィスビルや行政の建物が立ち並ぶ地区だ、特に見る物も無いのでスルーし予定通り時計回りに走り出した。
暫く居住区の外周を走っていると左手に見覚えのある建物が見えてきた。
昨日訪れた闘技場だ、闘技場はこの地区の入り口付近にあり、その他にも野球場やサッカー場、コンサートホールが幾つもある。
また闘技場でインドラの神に憑かれた僕の戦いぶりを披露したい、それに剣闘士として戦った時のファイトマネーも気になる所だが、今日は時間が無いのでその地区を後にしてバイクを走らせた。
このまま進めば直にこの街の南側に在るスラム街が左手に見えて来るはずだ、もちろん警官も立ち入らない場所に立ち寄るつもりは無い。毎日何人も死んで行く様なこんな場所にも、大勢のプレイヤーが住んで居るらしい。
何が良くてこんな場所に住んで居るのか、死んでしまうと二度とこの世界には戻れ無いのに、僕には理解出来ない。
スリルが欲しいだけなのか、それにしては、リスクが大き過ぎる、僕には到底無理だ、などと考えていると、僕の住んで居る居住区側の通りから、見覚えのあるバイクが出て来て僕の20メートル程前を走りだした。
あの女だ、バイク屋の前で見た狐の反面の女だ、長いライトグレーの髪をなびかせ、大きなバイクに股がるその姿が、たまらなくカッコいい、やっぱり良い女だ。僕は吸い寄せられる様に彼女の後ろをついて走った。
暫く彼女の後ろ姿に見とれながら走っていると、不意に彼女は左に曲がって行った、僕も殆んど無意識にハンドルを左に切っていた。
僕は相変わらず彼女の後ろ姿を眺めながら、くびれたウエストから腰のラインが「たまらんなー」などと考えていると彼女が大きな建物の前でバイクを止めた。
彼女はバイクから降りて建物の入り口から中に消えて行った。建物は闘技場の様だ、昨日行った闘技場より遥かに大きい、中から歓声が聞こえて来た。闘技場観戦にでも来たのだろうか、僕もバイクを降りた。
闘技場の入り口迄行き、まるでストーカーだな、思い直して引き返そうとした瞬間、いきなり闘技場の中から銃声や爆音が響き、それと共にひときわ大きな歓声が聞こえて来た。僕は、ハッと、我に帰り周囲を見渡した。暗い雰囲気の街に目付きの悪い人々がうろついて居る。
(ヤバい、スラム街だ!)
僕は慌ててバイクに股がり、来た道を急いで戻った、スラム街を出た所で落ち着きを取り戻した、スラム街のかなり中まで入ってしまっていた様だ。
(しかし何なんだあの闘技場は、まるで戦争でもしている見たいだったぞ)
しかし、あんな所に出入りしている、あの女には、あまり近づかない方がいい様だ、今日は、もう帰る事にし、自分のマンションへ向け走りだした。
帰る前にユミルの店に向かった、僕は現実世界に帰る前にいつもユミルの店に寄っている。店に着くと店長に僕が居ない間、店の裏にバイクを置かせて貰えるように頼んだ。
店長は店の常連でたまに店を手伝ってくれる客の願いを、二つ返事で聞き入れてくれた。
僕が席に着くとユミルがニコニコ顔で食事を運んで来た。
「ユミル、いっぱい勉強してるよ!」
と、ユミルは得意げに告げると仕事に戻って行った、お昼時なので忙しそうだ。僕は食事を終えると、食器を下げに来たユミルにバイクのキーを渡した。
「モリジー、またバイクに乗せてくれるの!」
僕は、店の裏にバイクを置いてある事を伝え、僕が居ない間、公園でなら乗って良い事、19時になったら帰る事を約束させた。
「ユミル、いっぱい練習するね!」
「19時迄たぞ」
「ハ~イ!」
「じゃあ、そろそろ俺帰るな!」
と、ユミルに告げると、ユミルの顔が一瞬曇る、僕は会計を済ませて店を出た。
「モリジー、早く帰って来てね!」
後ろからユミルの声が聞こえて来る、僕は右手を上げて応えた。
僕はマンションの部屋に戻ってログアウトした。
彼女の生きた街。 無人 @gengroo
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