効き過ぎた冷房

宇佐美真里

効き過ぎた冷房

夏休み。

いつもの朝のバスは、

学生が居ないだけでガラッと車内の雰囲気が変わる。

病院のそばを通るバスは、朝から老人たちでいっぱいだ。

休み中のバスは一気に平均年齢が上がる。


そんな中…何日か前からバスには可愛い乗客が加わった。

乗客は小学生の二人組。

ランドセルの代わりに大きなビニールバッグを抱えた二人組。

夏の水泳教室にでも一緒に通うのだろうか?

バッグからはバスタオルが顔を覗かせている。


私がバスに乗り込むと、

二人はバス後方の二人掛けシートで肩を寄せ合いながら、

オトコのコのカードコレクションを仲良く眺めていたりする。


得意気なオトコのコ。

「コレはさぁ!?なかなか手に入らないンだぜっ?!」

「ふぅ~ん」と目を大きく開いて

カレのご自慢のカードを覗き込むオンナのコ。

「コレはナンていうの?」

聞きながら今度はカレの顔を覗き込む。

「コレ?」

よくぞ聞いてくれました!と言わんばかりに目を輝かせ、

カレは応え始める。


仲睦まじい二人に、効き過ぎた冷房の車内も…

いつしか温かい雰囲気に包まれていた。



ところが…。

今日はどうしたというのだろう…。

いつものようにバスに乗り込んだ私は目を疑った…。


バス前方の乗車口すぐ脇の座席に、

オトコのコは独りで座っていた…。

下唇を幾分つきだした表情で、俯き気味にバスの外に視線を送っている。

その手には…自慢のカードコレクションが握られていた。

カノジョはどうしたというのだろう?

熱でも出してしまったのだろうか?今日の水泳教室には独りで?

私はバスの後方に視線を遣った。


後方のいつもの二人掛けシートに、カノジョは座っていた。

カレとは対照的に、俯くどころか力強い視線をバス前方に向けている。

その視線の先に居るのがカレ…。

カレの座るカノジョの隣のスペースには、

いつもは膝の上に載せていたハズの…

バスタオルのはみ出たビニールバッグが置かれていた。


視線を動かすことなく、じっと前を見つめるカノジョ…。

強い視線…。きっとその視線はカレの背中に突き刺さっていたに違いない。


バスの中が寒かったのは、効き過ぎた冷房のせいばかりではなかった。


私はカノジョの後方の席にいつものように腰を下ろした。

座り際に目に入ったカノジョの小さな手のひらは、

グッと力強く結ばれていた…。


車内アナウンスが次の停留所を告げる。

握り締めていた小さな手で勢いよく、カノジョは降車ブザーを押した。

「次…停まります」車内にアナウンスが響く。


いつも降りる停留所は次ではない…。そのひとつ先のはずだ。

カノジョは黙って立ち上がると降車口へとスタスタと歩いて行った。

バスは静かに停まり、ブザーと共に降車口のドアが開く。

ひとつ手前の停留所で降りたカノジョは、一度だけバスを振り返った。

車内の乗客のほとんどが窓の外を歩くカノジョに視線を向けていた。


そう、カレも…。


スタスタと窓の外を歩いて行くカノジョを見て慌てているが、

どうしたらいいのか咄嗟には分からずにただただおろおろとするカレ…。

バスの降車口はなかなか閉まろうとしない…。開いたままだ。

車内のスピーカーから運転手の声が響いた。


「降りるかい?」


一瞬動きが止まるカレ…。

しかしすぐにカレは大きな声で答えた。

ビニールバッグを抱えながら、降車口へと走るカレ。


「降りますっ!!」


ようやくドアが閉まり、バスはゆっくりと走り出す…。

勿論…、車内中の視線は…窓の外、

走ってカノジョを追い駆けるカレへと一斉に向けられていた。


バスの中の効き過ぎた冷房は…

少しだけその冷たさを和らげ、温かい雰囲気に包まれていた。

明日…またいつものように効き過ぎた冷房を

二人が和らげてくれることを期待して。



-了-

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