第1章 川鵜中隊(5)
射撃の腕を確認するため──そう言われてこの射撃場にきたシムナとダジルを出迎えたのはこのヒューマンの兵士だった。
「ケルッコです。ケルッコ・ヴェハネン」
ケルッコはいかにも気弱そうに手を差し出し、シムナとダジルは握手をした。
ケルッコはダークブロンドを肩ほどに切りそろえ、グレーの瞳に丸眼鏡をかけていた。
他の兵士と異なり、その右手には海のように青い手袋をしている。
「挨拶したらケルッコはターゲット係せえ」
「親父さん、何する気ですか」
「ええ拾い物したんや、魔石はいくつある?」
「えーと……」
自分たちの頭の上で行われる会話を聞きながら、シムナとダジルは顔を見合わせた。
シムナがライフルの5発の弾を撃ち尽くすタイミングでダジルが装填の終わった銃を渡す。
それをまたほぼ連射と言える速度で5発撃ち尽くすと、また新しい銃を手に取る。
その二人の流れるような連携を見てユーティライネンは舌を巻いていた。
連射に近い速度で撃っているにも関わらず全弾を的に的中させるシムナの技量は、ユーティライネンが今まで見てきた誰よりも精密だった。
ライフル銃にも関わらず、スコープなしで不規則に動く的に全弾命中させている。
ケルッコが魔石を入れ替えて射撃場に的を泳がせるごとに撃ち抜くが、その弾は魔石の装填に走り回るケルッコを一度たりもかすめることはない。
ケルッコに当たらないように、かつ、的を迅速に撃ち抜いているのだ。
銃を構え、的を見て、当てる。
的を見て、当てる。
わずか5分ほどの時間で、ケルッコは悲鳴を上げた。
「もう魔石がありません!!」
それもそのはずだ。シムナは5分ほどで800あまりの弾丸を的中させており、そのほとんどは的の中央に嵌め込まれた魔石を的確に撃ち抜いていた。
哀れ、ケルッコはそのせいでシムナの弾を避けながら動きを止めた的の中心に魔石を嵌め込むために射撃場を走り回らなければいけなかった。
「ほんまに1分で160発やなあ」
ユーティライネンは手を叩いて笑っている。
「そしたらお前が的作ったらええねん、はよやりやー」
そう言われてケルッコは肩を落とした。
シムナはつくづくケルッコに同情した。しかし。
肩を落としたケルッコは、しょんぼりと地面に丸と何らかの形を描く。小さくその中央が光ると、次の瞬間射撃場の床に穴が開いた。
「シムナ」
ダジルが小さく声をかけると、シムナは手元も見ずにダジルの持っていた銃を手にとった。
「───あ?お前らアレ見るん初めてなんやな」
射撃教官の指先が小さく動くと、床に開いた穴から人の頭ほどの大きさの蝶がフワフワと、しかし大量に浮かび上がる。
「2分間くらいやなー」
ユーティライネンがケルッコに声をかけると、それを合図に舞い上がっていた蝶が一斉にシムナたちの方へ向かった。
ケルッコの足元から飛び立つ黒い蝶は、暫しその場でフワフワと舞った後、まるで吹雪のようにこちらに向かってくる。
シムナの全身に鳥肌が立ち、その瞳孔は大きく開かれた。
距離はまだまだある。が、悠長に構える余裕はない。
無言でシムナは5発撃つ。凄まじい速さで撃ち尽くされる銃を、また凄まじい速さでダジルは装填していく。
ダジルの額にもじっとりとした脂汗が浮かんでいる。
的確にシムナの弾は蝶を撃ち抜き、撃たれた蝶はその場で灰のようにさらさらと崩れていった。
あと10メートル。まだ蝶は残っており、続け様に5匹撃ち落とされる。
あと5メートル。蝶がまた5匹落ちる。
3メートル。
2メートル。
1メートル。
最後の1匹を撃つその銃口はすでに蝶に触れようとしている。
シムナの眼前いっぱいに広がる、漆黒の羽。
照星から目を離せない。目の前に広がる闇はシムナを見てニタリと笑うように手を差し伸べている。
蝶がその羽を銃に触れようとしたその瞬間、シムナの銃から放たれた弾丸はそれを切り裂き、眼前から霧が晴れるように闇は掻き消えた。
「よーし、合格や」
ユーティライネンの声にやっと我を取り戻しシムナが隣のダジルを見ると、ダジルは弾の装填途中の銃を持ったまま呆けたようにへたり込んだ。
「親父さん、もう勘弁してくださいよ」
射撃場の端からケルッコがのったりのったりと駆け戻ってくる。
シムナは肩で大きく息をついた。
「あれはね、そんな難しい物じゃないんですよ」
数刻の後、兵舎の食堂でシムナとダジルを見つけたケルッコは人懐こい笑顔で二人の隣にトレイをおき、食事していた。
「エルフの術なんですけどね。ぼくのひいお爺さんがエルフなので」
グレーヴィーソースで煮込んだ豆をパンにたっぷりと載せてケルッコはかぶりつく。
「先祖返りなのか、ぼくだけ魔力が高かったらしくて」
「全然見えねども」
ダジルがしげしげとケルッコを見つめる。
エルフの血が入っているせいかケルッコの髪や肌の色素は薄い。
しかしその耳は全く尖っておらず、どう見ても人間そのものである。
「魔法ってすげえんだなあ」
ダジルは嘆息した。
「全然ですよ、純血のエルフならもっと耐久力のある紛い物(デコイ)を作れるんでしょうけど」
ケルッコはまたパンをちぎって豆をのせた。
「まあハイエルフももう世界にもほんのわずかですしね」
豆の皿にケルッコの袖がつきそうになりシムナがそっと手を伸ばすと、ケルッコは、どうもどうもと笑った。
「それでもお二人の方がすごいですよ。あの速度で弾の装填と連射、おまけに百発百中。いやー、射撃の腕が羨ましい」
ケルッコがうっとりと二人を眺めると、ダジルは頬を紅潮させながらも胸を張った。
シムナは────シムナはそれでもケルッコに、魔術という存在にあの瞬間確かに恐怖を感じた。
撃ち落せない量ではない。だが、今まで見たことのない未知の物に対して確かにシムナの指は戸惑いを覚え、その弾は自分の”見た”軌跡からほんのわずかにずれた。
それは常人であればおそらく気づくこともない、ほんの小さな小さなズレだったが───しかし。
シムナは自分の掌を見ると軽くそれを握って開いた。
「練習せねばね」
シムナは小さく小さく、呟いた。
異世界戦争〜冬戦争の白い悪魔〜 さいのす @sainos
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