つめの行方

そよかぜ

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 南出茂なんでも博士はなんでも作れる発明家として近所では評判のある博士だったが、発明家の集まりではどうにもうだつのあがらない人物だった。

 今年開発したものはいくつかあるが、その中でも自動まごのてと言って、背中に当ててボタンを押すと勝手に伸び縮みし掻いてくれる代物が三丁目の老人会で大人気となり、なんとか食いつないでいる。

 ある日博士が縁側でつめきりをしていたときの事である。一番硬い親指の足のつめをちょんと切ったらどこかへはじけ飛んでしまったのだ。

 あぐらをかきながら探せど見つからず、立って服をはたき後ろを振り向いても見つからず、掃き掃除をしたところで手の中指やら足の薬指やらのつめは出てくるがとうとう足の親指のつめだけが見つからなかった。

「なんということだ、これで何度目だろう。これでは質量保存の法則に反するではないか」


 ごうを煮やした末、博士は高性能のカメラでばしっと撮影してしまおうと考えた。つめが伸びるまでの数日待ち、庭で三脚を立てカメラに収めようとつめを切った。連続で一秒に何十枚も写せる代物だ。軌道から飛んでいくのも見えるはずだ。

「なんと。一枚も写っていないではないか。もっと連写機能を持たせなければ」

 つめが伸びて切り、カメラを改良し撮影するも観測できず、稀にはじけ飛ばず、それを繰り返してはや数年がたった。


「博士、また新しい手法のカメラを発明しましたね。これでまた大儲けできますよ」

 特許やら申請やらの役所仕事にくわしい助手もできた。彼は小学生の頃から知っているが、自動漢字かきとり機を作ってから良く遊びに来るようになり、そのまま助手として居座ってしまった。

「今度のカメラはほぼ光速を映し出すことに成功したのだ。光すら粒で写ってしまうから普通のカメラのようには写らないが、速く進むものはしっかり観測できるだろう」

 庭だけでは機械が入りきらず、縁側だけを残し家を解体してようやく組み込んだそれで実際に観測してみると、とうとうやっとはじけ飛んだ足の親指のつめが写し出された。

「なんということか。わたしのつめは除々にスピードを上げ、宇宙に旅立っていたとは」

 すでに発明家として有名になっていた博士は、国で一番高性能と言われているコンピューターを借り計算を行ったところ、庭から出て行ったつめは地球の遠心力をかりてどんどん速度を上げ、ハレー彗星付近まで行ったところで軌道を変え、冬の大三角のひとつであるぺテルギウスの方に向かっていた。


「本当に行ってしまうのですか、博士」

 あっという間に数年が経過し、博士はすでに晩年となっていた。

 助手も行くと言って聞かなかったが彼ももういい年になり妻子が出来たのだ。片道切符の旅に連れて行くわけにはいかなかった。

「わたしが親指のつめを切って宇宙船から足をひっこめた瞬間にちゃんと発射スイッチをおすんだぞ。ワープ機能と人間量子変換機をつけたとはいえ、少しでも遅れてしまえばあっという間においていかれて見失ってしまうからな」


 博士はからだを宇宙船に乗せ、足だけ縁側につきだし足の親指のつめをちょんと切った。大急ぎで足を引っ込めたあと、量子変換機を作動させ博士は生きたまま量子の存在となり、宇宙船が軌道に乗るまでに地球の重力や宇宙の環境に耐えられるようにした。

 宇宙船が発射され博士のつめに一瞬おくれながら地球の遠心力を借り、とうとう宇宙に飛び出した。

 前進に見える景色は青白く写り、後方に行けば行くほど赤黒く写り、あっという間に地球は見えなくなってしまった。

「ドップラー効果をこの目で体感できるとは。まだまだ速度を上げ続ければ光が追いつかなくなり見えなくなってしまうぞ」

 計算したとおり、まだまだつめは速度を上げ続け、ついには光速にまで達した。何度か宇宙船ごとワープさせ、やっとこさつめにおいついているが、思ったよりも多く作動させてしまったためにそろそろ燃料がつきかけていた。

「とうとう世界はまっくらになってしまった。光が止まるということはこういうことなのか。機械のモニターを体感でわかるようにしておいて正解だった」

 しばらく宇宙船の内部で漂っていると、ぐいんと軌道が曲がり、ハレー彗星の付近で軌道が曲がったことがわかった。なんと博士のつめは曲がった衝撃で、いままでストレートに直進していたのが遠心力が加わり、切ったカーブの具合からしてブーメランのようにぐるぐると回転させて速度を上げはじめたのだ。

「しまった。光速以上のスピードで進んで行っているとは。宇宙船はもうここで乗り捨てていくしか」

 博士は宇宙船を飛び出し、量子の身体だけ持ってつめを追いかけることにした。まだまだ速度は上昇していく。


 宇宙船を捨て量子の存在だけになった博士は前方のペテルギウスが超新星爆発を起こしたことに気が付いた。つめも博士もものすごい衝撃を受けたが、これくらいのことではびくりともしなかった。

「超新星爆発が起きてから急速にちぢまる瞬間を見られるとは。ブラックホールに吸い込まれていたのか」

 ペテルギウスはどんどん光を拡散させ、最後にはぎゅっと黒いぽっかりとした穴が残った。ブラックホールが完成し、接近しながらもどんどんと時間が引き延ばされていくようだった。

 そして最後、ブラックホールの表面に達したとき、博士の親指のつめもゆっくりとスピードを落とし、量子になった博士だけが時間を進められる存在となった。長年切り落としたつめが大量にただよい、ブラックホールに引き伸ばされ、薄くなり混ざり、あたらしい宇宙が誕生していた。

 中をのぞいてみればまだまだ出来たての宇宙だった。博士は時間を進め地球のような星が出来上がるのを見つけ、若い頃の博士に似ている人物が縁側でつめを切っているのが見えた。

 量子のからだの一部分をそこまで飛ばし、ひょっと動かす。すると、やはりこちらに向かって飛んできた。


「ははあ、わたしはわたしの宇宙のわたしによばれたんだな」

 そうしてまた、新しい宇宙が誕生した。

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