嘘つき師匠の回顧録
@manta100
嘘つき師匠の回顧録
師匠のアタシ。
弟子が一人。
――私は、弟子に隠していることがある。
◆
――きっかけは、些細なことだったのだと思う。
今ではもう思い出せないほどに。
アタシは傭兵をしている。何でも屋の方が近いか…?
まあとにかくそんな感じだ。
――確か…アタシには屁でもないぐらいの簡単な仕事をした帰りだった…気がする。
突然、小学生ぐらいの子供が出てきて「俺を弟子にしてくれ」って頼み込んできた。
ここに関してはよく覚えている。なんとも必死な顔だったもんで。
アタシは面倒だったから当然断ったし、とんずらこいたりもした。
一度蹴っ飛ばして骨ぐらいなら折ったと思う。
なんだったら直接木刀(私の獲物だ、元々持ってた真剣は生活に困って売った)でぶっ叩いた気もする。
――それでもまあ、とにかく付きまとってくるんでアタシの方が根負けした。というかこのままだと仕事にならねえ。
とにかく、そう言うことになって「何で弟子入りを」とか「どうして私なんだ」とか聞いた気がする。
前者の方は「母親の敵が取りたいから力がいる」で、後者は「あんたが一番強いって評判だから」だそうだ。あとあんたって言うのは失礼だからって拳骨食らわせたと思う。
そうして、仕方がないので弟子入りを認めた。
アタシのデカめの胸に抱き着いてきやがったのでぶっ飛ばしておいた。
使い道もまあないが、安売りするつもりもない。
――とまあ、そんな感じでアタシは望んでもいない弟子が出来た。いい迷惑だ。
――後から思っても、いい迷惑だよ、ホントに。色々と。
◆
始めのうちは問題なかった。
というよりは知らなかった。
とにかく弟子のへっぽこを直すために、
ぶっ飛ばして。
ぼこぼこにして。
延々素振りをさせて。
木刀でアタシと組み手して。
適当に滝の上から下に叩き落として。
実践と称してアタシの仕事を手伝わせて。
ついでに家事全般と料理も作ってもらったりして。
――まあ、とにかく弟子をあれこれするのに忙しかったわけだ。
んで。
それが漸く、ひと段落着いたあたりで「そう言えば弟子の敵って誰なんだろうな」って調べてみたんだ。
強いやつとかだったら面倒だし、知っておいて損のあるものじゃないと――
――そうしたら。
――仕事で巻き込んだらしい。
――敵はアタシだった。
◆
「ぐごー…ぐごー…」
かちゃん。ドアが開く。
――すっ。と弟子の部屋に入る。起こすようなへまはしない。
このぐらいの気配遮断なら赤子にだってできる。
というか鍵とかかけやがって。
前はかけてなかった気がする。色気づきやがって。
手には木刀――本気を出せば木刀でも首を撥ねるぐらい容易い――を持ち、枕元に立つ。
――アタシは当然、こいつを殺すつもりで来ていた。
だってそうだろう?
敵がアタシだとわかればこいつはアタシを殺しに来るだろうから。
そして、こいつはいつかはたどり着く。それぐらいには仕込んだからだ。
だから、先を取って殺しておかないとならない。
放っておくのは百害あって一利なし。当然の帰結だ。
…アタシは卑怯で、臆病者だと自認している。
だから、リスクは排除するべきだと。
アタシは、割と真面目にそう考えていたし、それ自体は間違ってなんていないと今でも思っている。
だけれども。
ただ一つ。
アタシが間違っていたことが、あったとするなら。
「ぐーすか…すぴょるすぴょる…」
――木刀を大上段に構える。せめて苦しまないように、首を一撃で――
「すぴー…ししょー…すぴすぴ…ぷー」
…一撃で、一撃で――
「ししょー…えへへ…」
――切っ先が揺れたのが自分でもわかる。
…振り下ろすことが、できない。
…落ち着け、このまま、このまま叩き込めば、それで、それで――
――それで。終わらせるのか、と。
――それで、いいのか?と。
脳裏に疑問が走る。走ってしまった。
………ゆっくりと、揺れる木刀を下げる。
「…………………………………………………………マジかあ…」
…ただ一つ。
アタシが間違っていたことが、あったとするなら。
――本当に、自分でも予想以上に。
この馬鹿弟子にほだされていたって言うことだけだった。
人でなしの自覚は結構あったんだが。
自分でも結構「なんだかなあ」と思った。
◆
…こうして。めでたく師匠のアタシは弟子に隠し事が出来た。
ごまかし続けなければならない、嘘をつき続けなければならない、隠しごとが。
――ここからが、本当に長かったんだ。
◆
――まずアタシは、弟子を追い出す手段を考えたりした。
でも知らないところで情報を集められて知られても困る、となりすぐにやめた。
――弟子の飯がうまいから、とか今更家事をやるの面倒…とかそんな理由でもある。
剣の腕ではまだまだ半人前だが、家事やらなにやらではとっくに師匠を超えていた。
とにかく、そうなると情報を渡さないように、渡さないようにってしないとならない。
元よりそんな細かいことに向いた性分じゃないのもアタシは自覚しているので馴染みの情報屋とかには頼んで「弟子に情報を渡さないようにしてくれ」って言っておいた。
後は仕事には出来るだけついていく…と言うよりはまだ半人前だから、という理由で一人じゃ出さないようにしておいた。
「過保護に見える」とも言われたが、仕方があるまい。
――全く、何でこんなことになったんだか。
……………………………アタシは卑怯で、臆病者だと自認している。
だけど。
いや、だからこそ、か。
そう。だからこそ。
もう少し、もう少しだけ。って。
そう、願い続けていた。
◆
「ししょー、飯出来たぞー…何考え事してるんだ?」
「…ああ、まあ、大したことじゃねえよ」
「そっかあ?」
「そうだよ、今日の飯の献立の方が大事なぐらいさ、今日何?」
「肉野菜炒めと、中華スープと、後色々」
「いつも通り上手そうな献立だなあ」
…もう少し、もう少しだけ。
◆
「ししょー、なんで一人で仕事しちゃダメなんだよ」
「ああん?そんなもんあれだ、アタシから一本でも取れるぐらいに強くなってから言いやがれ」
「ええー…マジかよ、いったいいつになることやら」
「さあねえ、きっとそのうち、さ」
「ケチー!」
…もう少し、もう少しだけ。
◆
「師匠、何で中学校とかにも通わなきゃならねえんだよ」
「馬鹿いえ、一応義務教育だぞ、タダ…じゃないけど勉強しておいて損はないぞ」
「だって俺普通に師匠みたいに荒事で生計立てるつもりだけど…」
「ばーか、この仕事にだって頭ぐらい使うわい」
デコピンを食らわせる。バチン!
「あ痛った!何すんだ!」
「これぐらいで済ませてるんだからアタシもずいぶん丸くなったと思わん?ふへへへ」
…もう少し、もう少しだけ。
◆
「師匠、なんか告白されたんだけど俺」
「ぶっほwww」
「いや、笑ってないで!?なんかこう、ないの!?断り方とか!」
「ねえよwwwというかアタシ告白とかされたことないわwww」
「こ、この師匠役に立たねえ…!」
「アッヒャヒャヒャ…ヒー…あー笑った笑った…というか、断るの?」
「…いやだって、そりゃあ…」
「?」
「なんでもねえよ!」
「??変な弟子ー」
…もう少し、もう少しだけ。
◆
「師匠、見てくれよ…やっと滝が切れたんだぜ!」
「おお…正直ここまでできるようになるとは思ってなかったわ…」
「師匠、なんかひどくない!?」
「いや、大真面目にここまでできるようになるとはなあって、こう、感心?してるんだよ」
「何で語尾が適当なんだよ…」
「いやでもマジでスゲーじゃん、えらいえらい」なでぐりなでぐり
「ッ…そ、そうだろ…」
「そうだぜー、えらいえらい」なでぐりなでぐり
「~~~ッ!!!」
…もう少し、もう少しだけ。
◆
「師匠、勉強ってマジで大事だったんだな…」
「だろ?これ以外にもビームを跳ね返すときに三角関数使ったりとかさ」
「いや、さすがにそれはないだろ…この前読んだ漫画の話だろそれ」
「でも今回できて助かっただろ?」
「…反論の余地がないのが悔しい」
…もう少し、もう少しだけ。
◆
「師匠ー、高校の制服学ランってどう思うよ」
「いいじゃん、結構似合ってるぜ」
もう少しだけ。
◆
「師匠、うっかり学校切っちゃったんだけど」
「うっかりでそんなもの切るなよ馬鹿弟子」
もう少しだけ。もう少しだけ。
◆
「…師匠、これで一本、取ったよな?」
「…こいつは驚きだ…ああ、間違いなく一本、アタシからとったな」
「じゃあ、仕事一人で行ってもいいよな?」
「…ハァ、しょうがねえな、口約束でも約束したしな…」
「よっし!」
もう少しだけ。もう少しだけ。もう少しだけ。
◆
――もう少しだけ。
――もう少しだけ。
――もう少しだけ――。
――ずっと、そんなことを思い続けて。
――気づけば10年ぐらいは立っていた。
――子供が大人になるぐらいには。
◆
「師匠。」
――何となく。そういう”予感”がした。
アタシはその時ソファーに座っていた。
「…んんー?なんだ?」
努めて普段通りに。それでいて、意図的に無防備に。
弟子は後ろから抱き着いてきて。
――アタシの首に手をかけてきた。
「…師匠が、俺の母親の敵だって、本当ですか」
――ああ、来るべき時が来た。
「…誰から聞いたん?」
「何時もの所ですよ、重要な情報は基本あそこからじゃないですか」
「あー、まあ、今まで隠しててくれた分だけで御の字だ」
――とりあえず、何時もの如くへらへら笑う。
――もう、この状態の時点でアタシは”詰み”だし。
――こうなったら、受け入れようとも思ってた。
「そうだよ、アタシがあんたの敵だ」
――きゅっと、首の手に力が入る。
「…それで、どうする?ってもまあ、好きにしてくれていいんだけど」
「…どうして」
――いろんなものの詰まった”どうして”だなあ。
――どうして、ねえ。
「んー…まあ、色々あったんだろうけど…一番は」
「巡り合わせ、じゃないかな」
――弟子は微動だにしない。
首の手だけが質感を持っている。
「だから、好きにしてくれて構わないよ」
――仕方ないよなあ、私にゃ殺せなかったんだから。
殺されるぐらい、受け入れないと。
「………そう、ですか」
まあ、ぼんくらな師匠だった私にはこれぐらいの末路がお似合いじゃないか。
――などと、考えていたら。
弟子はおもむろに首の手を外して。
アタシをソファーに押し倒し――いや待て待て待て待て。
「えっなにこの体勢は!?」
「いや、好きにしていいって言われたから好きにするんですけど」
――ええ?!
「いや、何で!?」
「何でじゃないですよこのタコ助師匠!!!」
――喋りながらもアタシにのしかかりながら、いや待って待って待って待って!?
「だって、そうじゃなく、ええと」
「俺だってわけわかんないですよッ!」
――見れば、弟子は泣いていた。
「………どうしろってんですか、俺にだって、ししょーが敵で、そんで、でも、俺、ししょーが、好きで、でも…」
とぎれとぎれの言葉が降り注ぐ。涙とともに。
「………ころしたく、ないですよぉ…ししょー…」
――その言葉を聞いて、何となく腑に落ちた。
――こんな所まで、師匠と弟子って似るものだったのかって。
「…うん」
それ以上、何も言えなかった。
そのまんま、二人で抱き着いて色々グダグダした後に普通に襲われて抱かれた。
何だか知らんが目茶目茶上手かった。ヤベェぐらい。
◆
「――そんなわけで、アタシは色々誤魔化す必要がなくなり、こいつの嫁になったというわけだったのさ。どっとはらい」
「とーちゃん、かーちゃんもいろいろあったんだねー」「ねー」
「そうだぞー、だからお前らもいい相手見つけるには色々がんばるんだぞー」
「昔話もいいですけどごはんの配膳ぐらいは手伝ってくださいよ師匠!」
――というわけで、嘘つき師匠の回顧録はこんな所でおしまい。
――この先のお話は、もう記すまでもないでしょうけど。
締めの言葉だけは必要ですので、記しておきましょうか。
――こうして二人は、末永く幸せに暮らしたのでした。
――めでたし、めでたし。
嘘つき師匠の回顧録 @manta100
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます