考古学者になりたい彼女
烏川 ハル
考古学者になりたい彼女
「今度の週末は、武蔵野台地の遺跡を散策しましょう!」
「遺跡の散策……?」
思わず聞き返してしまったが、心の中では、妙に納得していた。
大学一年目の僕たちは、授業は一般教養ばかりで、専門的な内容はまだまだ先。特に相田さんは文学部なので、工学部の僕より進路もバラエティに富んでいるイメージだったが、彼女は前々から「考古学をやりたくて文学部に入ったの!」と宣言していた。
実際の『考古学』的な調査は、ゼミや研究室に配属されてからだとしても、今のうちからその真似事として、遺跡の発掘跡を見ておきたいのだろう。
「そうよ! 武蔵野台地からは、旧石器時代とか縄文時代とかの器具が、色々と出土しているの! その一つに、井の頭池遺跡群というのがあって……」
熱を帯びて語り出した彼女の話を、適当に聞き流しながら。
週末は二人でハイキングだな、と僕は考えるのだった。
武蔵野台地と表現すると仰々しいが、要するに関東の中心地域だ。僕の思う『東京』の大半を含むエリアであり、まさに僕たちが暮らしている場所だった。
そんなところに昔の遺跡があるというのは、なんだか不思議な感覚だが……。
日曜日。
待ち合わせの駅に行くと、薄黄色のブラウスとベージュのスカートという姿で、相田さんが立っていた。
遺跡の散策というから、一昔前に
「遅いわよ、鈴木くん」
「いや、時間通りだろ? それより、そんな軽装で大丈夫か?」
「何言ってるの? 鈴木くんだって、普段着でしょう?」
白いポロシャツと、青いジーンズ。確かに普段着だが、一応は、歩きやすさを考慮したコーディネートのつもりだった。
「私の方は、これがあるからいいのよ」
彼女は頭に手をやって、帽子を強調してみせる。つばの広い白い帽子は、材質こそ違うものの、麦わら帽子をイメージさせる形状で、夏に外を歩くにはピッタリに思えた。
「さあ、出発よ!」
二人で電車に乗り、揺られること一時間半あまり。
僕たちが降りたのは、井の頭公園駅だった。
「なんだか、思っていたのと違うなあ……」
改札を出ると、赤く舗装された駅前広場。通りを渡ったところには、見慣れた有名チェーン店のコンビニがあり、二階建ての商店や民家が並んでいる。
「当たり前でしょう? ここは、まだ駅前なんだから。さあ、行くわよ!」
少しだけ不思議そうな相田さんに促されて。
僕は、彼女と並んで歩き出した。
左側は商店街っぽいが、右側は公園になっていて、緑や土の自然が広がっている。その『公園』にはブランコや滑り台があって、最初、住宅地によくある小さな遊び場に思えたのだが……。
少し進むと『商店街』は終わり、道は『公園』の中へ続いていた。そこから『公園』の雰囲気も変わる。
石畳っぽい洒落た感じの通路に、小さな丸太を模したような柵。池の端っこらしき水辺もあり、通行人もたくさん。
もう『住宅地によくある小さな遊び場』ではなく、遠方からも来客が訪れるような、しっかりとした自然公園になっていた。
「あれ……? これって、井の頭公園……?」
僕の呟きに、隣の相田さんは、呆れたような表情を見せる。
「最初に今日の話をした時、説明したよね? 聞いてなかったのかしら。じゃあ、もう一度言うわよ。今日の目的地は、井の頭池遺跡群! この辺一帯から縄文時代の遺物が出土したって話があって、特に池の南東部からは、集落形成の痕跡が出たんですって! だから、その住居跡を見てみたくて……」
けろっと表情が変わって、むしろ興奮気味で、楽しそうな相田さん。
今度は彼女の話を聞き逃さないよう気を付けながら、僕は周囲を見渡した。
公園を歩いているのは、まさに老若男女。様々な人々だが、どう見ても、普通に休日を楽しんでいる一般人だ。遺跡マニアには思えないし、重装備のハイキング姿の者もいなかった。
方角的には、僕たちは西側の出入り口から入ったらしい。だから池の南東部を目指すのであれば、このまま井の頭公園を突っ切る形になるわけだが……。
男女二人で、井の頭公園を散歩する。これって、まるでデートではないだろうか……?
相田さんのバッグから覗く青い水筒を視界の隅で捉えながら、僕は、ふと考えてしまう。
僕と相田さんは学部が違うから、必修科目が重なることはなく、選択科目も共通の授業は少ない。それでも大学では、食事時や放課後など一緒にいることが多く、休みの日には、今日のように二人で出かけるのが習慣になっていた。
友人たちから「付き合ってるんだろ?」と言われるくらいだが、そのような関係とは違う。恋愛感情にありがちなドキドキやトキメキはなく、むしろ逆に、心おだやかに過ごせる相手として、互いを気に入っていた。
どちらかに恋人が出来れば、今日のような『デート』は自然になくなるだろうし、そもそも
「ほら、ぼーっとしないで! キビキビ歩きなさい!」
「ああ、うん」
相田さんに促されて、僕は足を速めた。
軽く頭を振って、それまで考えていた中身を捨て去りながら。
水辺の自然の中を、気の置けない友人と二人で歩くのは、それだけで心地よいものだ。
この辺りに集落を構えていたという縄文人たちも、同じ池を目にしながら、同じ太陽の光を浴びていたに違いない。
そうやって、昔の人々に想いを馳せるのは容易だが……。
彼女の目指す『考古学』が、こんな日常的な公園の中にあるとは、僕には思えなかった。
専門分野に進んで、いざフィールドワークとなったら、こことは全く雰囲気の違う場所を巡ることになるのだろう。
でも。
大学四年の相田さんなんて、今の僕には、具体的に想像できるものではないのだから……。
まだ一年目の僕たちは、休日の青空の下、ただ二人でのんびりと池のほとりを歩くのだった。
(「考古学者になりたい彼女」完)
考古学者になりたい彼女 烏川 ハル @haru_karasugawa
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