第6話





 一連の考察を伝えた頃には、夜にすっかり溶け込んだ校舎の前に立っていた。


 職員室前の下駄箱から、つま先立ちで慎重に侵入する。


 目の前の職員室から、光が漏れている。こんな日まで残業とは誰かは知らぬがお疲れ様ですと、心の中で手を合わせた。


 この先を左に曲がってずっと進めばトイレ。そこから二階に上がれば俺たちの教室だ。


「小田くんは西園寺さんのプライドを守りたかったのかな。だから誰にも言わずバラを持ち込んだのよね」


 囁くような声。足元を照らす携帯電話の光から、二人とも視線は逸らさない。


 西園寺はプライドが高く、負けず嫌いで、自信家で、完璧主義だ。


 それを守るには、誰にも弱さを悟られてはならない。小田は彼女の肝でもあるプライドを、花を、枯れさせやしないと思っていただろう。


 対して俺はどうだろう。小田が守り抜いてきた花を、こうして土足で勝手に踏みにじろうとしている。


 俺が誰かに伝えれば、小田がとった行動の意味はない。だが、こうする以外なかった。


 俺にだって守りたい花がないわけじゃない。


 もう目の前には男子トイレの扉だ。


「推測が間違っていないなら、おそらく窓際の消臭剤なんかを置くスペースにある」


 光を腰の高さまで持ってくる。カラリ、カラリと扉を開ける。


 先には、スポットライトに当てられたように四つの華やかな白バラが並んでいた。


 花瓶に挿したままだ。少しだけ開いた窓からの風に揺られている。


……ビンゴだ。


「これを小田くんが早朝に教室に戻すわけね……」


「そう。俺たちには謎が残るが、西園寺は何も気づかないままだ」


「なるほどね……」


「腑に落ちないままは嫌だろ。それに、委員長もここまで一人で受付係をこなしてくれた。一番頑張ってたんだ、知る権利はある」


 途端に彼女の目が見開いた気がした。


 告げるかは迷ったけど、と付け加えると、なぜか笑い出す。


「バカだなあ。小田くんも、陽介も」


 陽介、学校ではそう呼ぶなと言っているのに。


「回りくどいし、気遣いすぎ。私がミスを気にしてるとか思ったんでしょ」


 本当に何も分かってないよね、と言いながら跳ねるように廊下を駆け抜け、階段を下りていく。


「私、頑張りたかった。貢献したかっただけ。見逃したって事は、ちゃんと仕事できてないって事だなと思って」


 こいつは何か勘違いしている。俺は頑張ってるところだけが好きなわけじゃない。


「それに最近の陽介、西園寺さんの事ばっかり話すし。褒めるし。見返してやりたかったの、あなたを」


 ……そうだっただろうか。被害妄想だと思っておこう。


「まあ、委員長の頑張りを評価しないわけにはいかないだろう」


 よかった、そう呟いた気がする。


「あと! 委員長じゃなくて二人の時は!」


 彼女の声が響き渡る。警備員とか先生に見つかったらどうするつもりなんだ。


「分かってる。次は気を付ける」


 そう言うと、満開の笑みを浮かべた。暗さに目が慣れてきたみたいだ。



 そのままずっと、咲き続けていてほしい。




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