第5話
委員長と帰りの方向が一緒なのは、良かったのか悪かったのか。
トボトボと自転車を押しながら歩く彼女を見ると、正直これを話していいのか分からない。
だがこの事を言わなければ、彼女は永遠に腑に落ちないだろう。
「今から言う話は、全部推測だ」
唐突すぎただろうか。両目を点にして首を傾げている。
「……悪い、付いてきてくれないか? 今日の件、どうしても確かめたい」
何も言わず、彼女は学校方向に進路を変えた。
そういえば、こいつが不機嫌な理由もまだ解明できていない。
昔から口が上手くない性分ゆえに、どうしても前置きというやつが俺には分からない。
「バラを盗んだのは、小田じゃないかと思ってる」
顔色がサッと抜け、両目を見開く。
「え、それは……」
言いたいことは分かる。花瓶ごとバラを盗んだ人なんて見ていない。でも、そう言い切れないのはきっと――。
「見落とした可能性があるタイミングが一瞬だけあったはずだ」
こんな事を言うのは、正直心苦しい。
彼女は今日一日ずっと受付の仕事を全うしていた。それなのに、何もしていない俺が、この俺が言うのだ。お前は犯人を見逃したんだ、と。
目を伏せているから見えないが、彼女は今どんな顔をしているだろうか。
ふっと息を吐いて、続ける。
「キャンプファイヤーの点火直前、校舎の光が消え去る瞬間。そのタイミングだろ? 小田が離席したのは」
「……花瓶を持って教室を出るとしても、花瓶、四つも抱えていたはずなのに、どうやって。そしてそれを、私は見逃したってこと?」
彼女は、残り少ない絵の具をチューブから絞り出すように言葉を紡いだ。
彼女は西園寺以上の自信家だったかもしれない。
そして俺は今、彼女のそのプライドを切り裂いている。だが、このナイフを向けなければ、それはそれで彼女は救われない。
「見逃すのも無理はないと思う。暗順応を利用されたんだ。人影は分かっても、目が慣れてないうちは花瓶を抱えていることに気付かなくてもおかしくない」
明るいところから暗いところに入ると目が見えなくなる現象、暗順応。
隣のクラスの皆川さんも気付かなかったのは、これのせいだ。小田が教室から出ていく様子は見えても、花瓶を持っている姿まで完璧には見えない。
まして、小田が花を持って出ていくだなんて想像もつかなかっただろう。
「どうして」
唾を飲み込む音が二つ聞こえた。今日に限って、鈴虫がやけに大人しい。
「どうして、小田くんが。確か西園寺さんと付き合ってて……もしかして冷めたとか? 嫌がらせとか?」
「違う」
小田のやったことは、決して悪いことでも何でもなかった。
「小田はむしろ西園寺のためにバラを移動させたんだ」
「移動?」
良いところに引っかかってくれる。
「そう、盗んだわけじゃないんだ。あのバラは弱っていたんだと思う」
後から考えてみれば、日当たりの良すぎる場所だった。
あんな所に置いていれば、萎れてしまうのも時間の問題だった。
「知ってるか? あいつが最初に離席した時、新聞紙を調達してきたんだ」
「そういえば戻ってきた時に、新聞紙持ってたけど。あれも関係あるの?」
「それを使って、水揚げをしたんだ。水揚げってのは、簡単に言えば、花を元気にさせる方法のことだ」
予め小田の手元には水の入ったバケツがあったから、それを使ったのだろう。
バラを新聞紙で包む。バケツの水中で切り口を整える。そのまま二十分ぐらいつけておく。
これで、バラの花は上を向き、その美しさを取り戻す。これが水揚げの手法の一つ、水切りだ。
しかしここで小田はさらに考えた。
教室の温度が高すぎる、これでまた萎れるようなことがあれば、優勝を取りこぼすことだってあるかもしれない、と。
最終審査は明日の朝なのだ。だから持ち込んだのだ。
日当たりの悪い一階のトイレへ。
暗順応を利用してまで。
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