校舎裏の転法輪

安良巻祐介

 地方の山あいにある、廃校寸前の小学校で、毎晩毎夜不審者が校舎裏で騒いでいるという通報を受けて向かってみれば、それは不審者のしわざではなかった。

 かつて駝鳥小屋のあった空き地の草むらに、火を焚いた跡や、即席の祈念塔の折れた跡などがあって、それらを細かく調べていると、土の中に青緑色の何かが埋まっているのを見つけた。

 小さな小さな野良仏であった。見る限りでは、手のひらサイズの仏像にしか思われぬが、実際は茸の一種である。発生条件は、一定の温度と湿度以外にはわかっていないが、我々の間では、何かしらの「終わり」を迎える場所に生ずるというのが定説となっている。

「この手格好は、観音様かねえ」

 老いた同僚が、軽く手で拝みながら、草を掻き分けた。

 錆の浮いた青銅の仏は、瞑目した顔や差しのべた印相の意匠も含めて、自然の産物とは思われぬ程精細に仕上がっており、私も同僚も、思わず嘆息した程であった。

 その時、おん、と、背後で声がして、思わず振り返ると、ひび割れた校舎の裏を背に、いつの間にか、大小の狗や猫や亀や虫やが、ずらりと並んでいて、じっとこちらを眺めている。

 見れば、そのうちの何匹かは、口に線香や燐寸を咥えており、これで、火を焚いたり塔を建てたりした犯人も、おおむねはっきりした。

 私たちは、居並ぶそれらの獸たち、この辺りの檀家たちへ、帽子を取ってお辞儀すると、そのまま撤去を続行した。

 小さな仏像が地面から引き抜かれ、陀羅尼籠へと放り込まれるのを見届けると、彼らは一様にこうべを垂れ、やがてぞろぞろと解散していった。

 彼らの信仰と祭りとがどんな意味を持つのか、私たちにはわからない。だからこれは、ちょっと特殊な茸の伐採作業に過ぎないのだけれど、それでも一定の作法を以て執り行うことで、何かしら、礼儀を示すことはできるものだ。

「半年後にはここも取り壊されるらしい」

 同僚はそう言って、朽ちかけた校舎を見上げた。

「じゃあ、別れの講でも開いていたのかもなあ」

 本当にただの草むらとなった空き地を眺めて、私もそんなことを言いながら、よっこらしょ、と腰を上げた。

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校舎裏の転法輪 安良巻祐介 @aramaki88

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