首くくる男の理想の答え

志央生

首くくる男の理想の答え

 できた人間ではなかった。きっと理由はそれだけで、むしろそれだけで十分だった。

「僕らは欠陥品なんですよ」

 いつかの飲み屋で彼はそう言った。酒を煽り、ほどよく酔っていただろう。周りの騒々しい声に負けない声が私の耳には届いていた。眼前に座り、語る男は若く、それこそ若者らしい考えを広げて私に聞かせてくる。

「完璧になりたいわけでないんです。不完全だからこそ、人間味がある。完璧になりたいから、藻掻く。それが人の美しさでもあると思うんです」

 一方的な言い分だったが、わからないわけでもなかった。彼の考え方や性分がその言葉には詰まっていて、きっと一度は誰もが通る道のようにすら思えた。

「その考え方はわかるが、すると君はどうなりたいんだ」

 私の質問に彼は迷わず答えたのを覚えている。

「人間です」

 そのときは意味を理解でなかった。今だって私にはうまく理解できたつもりはない。けれど、彼がどうなりたかったのか、その答えを知ったような気がした。


 テレビがそのニュースを流したのは、あまりにも唐突だった。つけたままにしたテレビから、聞いた名前が聞こえ、それが彼だと理解したのは数秒がたった後のことだ。

 画面を食い入るように見て、聞き間違いではないことを確認し、受け止めきれない事実に腰を抜かけた。

「彼が死んだのか」

 言葉にすれば「死」はあまりにも軽いものだった。あっけなく、若者はこの世界から去り、その話題は瞬く間に拡散されていく。どうにも実感のないことに、一人の傍観者として私は何度も流れるニュースを聞いていた。

 そんなときに、彼との会話を思い出したのだった。

 

 彼は自分たちは「欠陥品」であると称した。ゆえに完璧を求め藻掻くのだとも。その先で、彼は「人間」を目指した。

 喪服に身を包み、煙草を吹かす。頭の中であのときの会話を反芻する。彼の死は望んだ結果のものだった。だとすれば、彼はなりたかった「人間」になれたのだろうか。その答えを知りたかった。

 我々は生まれたときから「人間」である。それでも彼は「人間」になりたいと願った。それはどういう意味だったのか。

 ジリジリと短くなる煙草は煙を上げる。考えれば考えるほど意味は遠のいていくような気がした。私がもし彼だったとして、人間とはどのような者を差すのだろうか。

「アイツさ、何か悩んでいたのかな」

 知り合いが話しかけてきて、私は首をかしげる。最近は会うこともなかったのだ。悩んでいたとしても知り得ないことだった。

「これから先もまだまだ仕事があったんで言うんだから、不思議だよ」

 そう口にする男は、煙草をくわえて火をともす。私と同じように煙を吐き、物思いに耽り始めた。「まったく、安定していたのにそれをドブに捨てるなんてもったいないぜ。俺なら必死に食らいついてやるのに」

 男がそう言ったのを聞いて私は彼の言葉を思い返す。不完全さこそが人間味がある、藻掻くのが美しい、と称した男の言葉を。 

 それは私を一つの答えに導いた。彼は人間味を失ったのだ。ある程度の安定が、藻掻くことを、完璧を求める不完全さを失わせた。だから、彼は人間になろうとした。

 いまあるすべてを捨てて、人間であるために悩んだ。その行動が人間らしさだということに気付かず、人間らしさを求めて死んだのだろう。

 煙草を吸い終え、公衆の灰皿に捨てる。火の付いたままだった煙草は水に落ちる瞬間、音を立てた。それが最後の叫びのように聞こえた。

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