第14話

 ミゲルとルチア姫は、ぶじにオーライヤ国のファリダプールにもどった。


 しかし町全体がひっそりとしている。せっかくルチア姫がもどったというのにだれ一人出むかえにくるものはいなかった。


 また、町のまん中にある小高い山の上には、ファーブニルによってこなごなにこわされたはずのファリダプール城がもとのとおりのすがたでそびえていた。しかし、そこにも人の気配はなく、オーライヤの国旗も立っていなかった。かわりに、たくさんの真っ黒な三角のはた城壁じょうへきの上で風にゆれている。今やオーライヤは城も町もモートに支配されているのだと思うと、二人とも涙が止まらなかった。


 そこへ灰色のウサギが二人の目のまえをよこぎった。

「ピッピ!」

 ルチア姫がさけんだ。ルチア姫がかわいがっていたウサギがとつぜん目の前にあらわれたのだ。


 二人はそのウサギのあとをおいかけた。ウサギはうしろをふりむくことなく、ほそい路地ろじをピョンピョンととびはねながら、おくへおくへと入っていく。


 そして、とある家の壁にできたちいさなすきまをとおって、その家の中へきえてしまった。


 二人もその家に入ろうとしてとびらたたいた。かたくとじられたとびらはしばらくしてゆっくりひらいた。二人はいきおいこんでまっくらな家の中へとびこんだ。しかし、するどくとがった二本のヤリでゆく手をふさがれた。よく見ると、暗い家の中にはたくさんのよろいすがたの兵士たちがひしめきあっている。

「なにものだ!」

 男たちはおしころしたような声で二人をかこんだ。しかし姫は、ミゲルもおどろくようなき然とした声でいいはなった。

「ひかえよ!わたしをだれとこころえる!」

それと同時にランタンが二人の顔の前にかざされた。

「姫!」と一人の老人がさけんだ。それはオーライヤ国の元老げんろうだった。

「姫じゃ、ルチア姫じゃ!」 

 その声を耳にして、われんばかりの歓声かんせいが、家とそのゆか下につぎつぎとどよめく。


おどろいたことに、その家のゆか下には、長い地下道ちかどうがほられており、それにそってたくさんの部屋がつくられていたのだ。そこには、ルチア姫の家来や兵士だけでなく王と姫をしたう城下の人々たちも肩をよせあってくらしていた。みんな、城をうばいとったモートをたおすときがくるまでじっと身をひそめているのだった。


 たちまちみんなにかこまれたルチア姫は、今こそモートをたおしてお城をとりかえすときだと言った。大臣も将軍しょうぐんたちも、みんな片手をつきあげて、そうだ!そうだ!と口々にこたえた。


 ルチア姫は家来から手わたされた灰色のウサギを両手にだいたまま、かたわらに立つミゲルを見た。そしてぜひミゲルにもいっしょに来てほしいと言った。

「オレは森へ帰って、病気の父親の世話をしなければならない」

 ミゲルはうつむいたままそうこたえた。

「ーーそうでしたね。むりを言ってすみませんでした。いつまであなたにたよっていてはいけないわね」

 ルチア姫も少しさみしそうだった。でもすぐにみんなの方にふりかえって、

「あのファーブニルさえいなければ、モートなど、なにほどのものでしょう。お父さまのかたきをうたなければなりません。わたしたちだけであのモートをたたきのめして、城と町をとりかえしましょう!」

 と、顔を真っ赤にしながら大声をはりあげてそう言った。しかしミゲルはなんとなく不安だった。

「ファーブニルはまた復活ふっかつするかもしれない」

 と小声でつぶやいたが、ルチア姫は自信にみちあふれていた。

「大丈夫です。もしそうだとしても復活するまえにモートをたおせばいいのです。主人さえいなくなれば、たとえ復活したとしてもファーブニルはただの竜。人間に悪さをすることもないでしょう」

 ミゲルにはまだ不安があったが、もうどうしようもなかった。それいじょう思うように身動きできないのだ。目のまえも真っ白になってゆく。ここから先のページはきっと白紙なのだ。本がとじられる時間がせまっている。それはもうじきミゲルがツミキにもどることを意味していた。

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さんたるちあのオラショ(INORI) 床崎比些志 @ikazack

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