第3話 縁は異なものー姉妹の選択ー
“縁”とは辞書で“人と人を結ぶ、人力を超えた不思議な力。巡り合わせ”という意味らしい。だが、私はこの意味が間違っていることを知っている。具体的に言うと“人力を超えた”という部分である。
どうして間違っているか分かるかって?それは私が“縁”を操ることが出来る能力を持っているからである。勉強やスポーツが出来、人気のある姉と違い、凡人の私がそんな能力を持っている時点で、“人力を超えた”という表現に誤りがあることに異論の余地はないだろう。
ただ、“縁”を操るといってもできることなどごく限られており、私にできるのは自分と人との間にある“縁”を見るということ、そして他者との“縁”を切るというものだ。
毒にも薬にもならないそんなの能力——そう思われるかもしれない。……だが私にとってこの能力は毒……いや、呪い以外の何物でもない。それはなぜか?私が自分と他人との“縁”を切ると私と縁を切った人間に幸運が訪れる。そしてその幸運は私と縁が深ければ深いほど大きくなる。つまり、私が他者との“縁”あきらめることが出来れば、大切な人が幸せになることが出来るのだ。これを呪いと言わずに何といえばいいのだろうか。
私がこの能力に気が付いたのは小学生のころだ。当時の友人の1人との“縁”を、何気なく切った。すると、その友人はとある病にかかっていたのだが、たちまち治ってしまった。
その友人に訪れた幸運に私はもちろん喜びたかったが、なぜだか心の底から喜ぶことが出来なかった。まるで、テレビのニュースで知らない誰かの幸運を伝えられているようで、うれしい気持ちはあるのだが、その感情は決して仲の良い友人に向けるような熱量を帯びていなかった。私は子供ながらに、直感的に悟った。これが“縁”を切るということなのだろうと。
そして、その友人とは関わりあうことは次第になくなっていき、数日後には全く会話もしない赤の他人になってしまった。
その後も、何度も友人が不運に見舞われている場面に出逢い、その度に迷いながらも、結局は“縁”を切ることで友人に訪れた不運を救ったって言った。そんなことを繰り返すうちに私から延びる“縁”の糸は次第に減っていった。それと共に、私は人と極力関わらないようにするようになった。人と関わらなければ、縁を切ることも、縁を切った後の虚無感も味会わなくて済むからだ。
しかし、縁は異なもので、“縁”でつながっている人とは関わりたくなくとも、勝手に関わりを持ってしまい、そして最後にはいつも苦渋の決断の末、“縁”を切る羽目になった。
そんなことを繰り返すうちに、私に残った“縁”は気付くと、3本になってしまっていた。1本は母親、もう1本は父親、そして最後の1本は私の大好きな姉とつながっている。
姉は、私の能力を知っているということもあってか、不幸に見舞われているときも決して苦しんでいる様子を私に見せようとはしなかった。……そして、私は姉が苦しんでいると知っていても、気が付いていないよう振舞った。
怖かったのだ。大好きな姉と他人になることが、そして姉と他人になったことに違和感がなくなり、何の感情をも抱かなくなる自分になっていくのが。だから私は、卑怯だとはわかっていても姉の不幸からひたすらに目をそらし続けた。
しかし、神様はそんな私を見逃してはくれなかった。目を逸らすことが出来ないほどの不運が姉を襲った。
「末期癌」——テレビドラマなどでよくテーマになる、そんな空想にも似た存在だと思っていた病。その病が発覚した時にはもうどうしようもないくらい、癌は姉の体を蝕んでいた。
医者からあと1か月の命と言われた時には、姉は、髪を振り乱し涙と鼻水をとめどなく流しながら叫び取り乱した。姉は私や両親にもきつく当たった。無理もないだろう、明日もその先も続くと思っていた未来が後1か月で終わると言われたのだ。
しかし、1週間過ぎたころから姉は落ち着きを取り戻していった。それが、自身の死を受け入れたのか、それとも諦めたのかは分からないが、それでも笑顔も時折見せるようになっていった。
……私はずっと迷っていた。私と姉、姉妹の縁を切れば奇跡だって起きるのではないだろうかと。それでも私はどうしても姉との縁を切ることは出来なかった。私が迷っている間にも時間は刻々と過ぎていき、姉の命の炎はいつ消えてもおかしくない程弱弱しいものとなって言った。
医者から宣告された余命まで1週間を切ったところで、姉は眠っている時間の方が長くなっていった。それでも私は欠かすことなく毎日姉のもとへお見舞いに行き、姉の身の回りの世話をした。それでもやはり私は姉との縁を切ることは出来なかった。
宣告された余命まで数日を切ったある日の夕方。私は返事がないことは分かっていたが、何の気なしに姉に語り掛けた。
「お姉ちゃん……」
「……ん」
かすかに、だが確かに姉は少しうめき声をあげ、そして瞼がわずかに開いた。
「お姉ちゃん!?私だよ!分かる?」
私は思わず身を乗り出して姉に語り掛けた。姉は意識がもうろうとしているのか、私の問いには答えず、ボソッとつぶやいた。
「葵……ウチは死ぬんか?」
私はそんな姉の弱々しい問いに答えることが出来ず、うつむきながら唇をかんだ。
「——そうか」
姉はすべてを悟ったかのように薄く微笑んだ。
「なぁ、葵。……お願いがあるんや、聞いてくれるか?」
私は心臓が早鐘の様に打っているのを感じた。その先を聞くのが怖かった。もし姉に、『助けて』と言われたら私はきっと“縁”を切ってでも姉を助けようとするだろう。だが反面、姉からそう言われるのを期待している私がいるのも感じていた。背中を押してほしかったのかもしれない。
「葵、ウチとずっと……ずっと姉妹でいてくれるか?」
だが、姉の口から出た言葉は私の予想とは全く異なるものであった。
「えっ」
思わず、私の口から声が漏れた。
「ウチな、最近変な夢を2つ見たんや……。1つ目は葵がウチとの縁を切って、それでもうちが死んでもうてな。葵は義務感と罪悪感でずっとウチの墓参りをしてるんや。2つ目は、ウチが助かっても、葵を1人にしてもうて、そのまま葵は1人に耐えきれなくなって死んでしまうんよ。けどな……ウチはそれを聞いても何も感じないんよ」
姉の肩は震えており、その瞳からは涙がこぼれだしてきた。
「それが、……それがウチはたまらなく怖いんや。死ぬことよりも何よりも、葵と他人になってしまうんが、何よりも怖いんや。——だから、だからウチとずっと姉妹でいてくれへんか?」
「おねぇちゃん!」
私はベッドで寝ている姉に抱き着き、姉と一緒にワンワンと泣いた。悩む必要なんてなかった、答えはこんなにも近くにあったのだ。そして、声が枯れるまで泣き続けた後、姉が眠りにつくまでひたすら他愛のない話をした。本当に久しぶりに姉妹の会話をしたような、そんな気がした。
そしてその3日後、姉は2度と覚めることのない眠りについた。
姉が死んでから1か月という月日が流れた。私は、姉の墓の周りの掃除をし、線香を焚き、墓の前で手を合わせる。目をつぶると姉との思い出があふれ出てくる。不謹慎な話かもしれないが、私は姉との思い出を偲ぶことが出来ることがうれしかった。
「あの、すみません。お水はどこから汲んでくれば良いんでしょうか?」
姉との思い出に浸っていると、ふと背後から声をかけられた。振り返るとそこには、私と同年代くらいの白髪の女の子が立っていた。誰かのお墓参りに来たのだろうか、その小さな手には木桶が握られていた。
「ええと、あっちの大きいお墓を右に曲がったところにあります」
私は水くみ場がある方向を指さしながら説明した。
「ありがとうございます。あ……あの、○○高校の葵さんですよね?私のことわかりますか?」
唐突に言われて、私は言葉に詰まった。“縁”を切るようになってから、まともに人と関わること話避けてきたせいか、思い当たる節が全くない。少女は少し残念そうに笑いながら言った。
「やっぱり分からないですよね……。この前転校してきた、同じクラスの星奈あかりと言います。よろしくお願いします」
あかりと名乗る少女はそう礼儀正しく言うと、タタタッと駆けて行った。私はあっけにとられて、そしてふと気が付いた。姉が死んでから2本になったはずの“縁”の糸が3本に増えている。そして、その糸の先は——。
縁は異なもの味な物、人と人との縁は切れることも勿論あるが、きっと新しい縁が結ばれることもきっとあるのだ。そんな当たり前の事実に私はこの時ようやく気が付いた。
縁は異なもの ―妹の選択― 一字句 @ichiji-ikku
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