第2話 縁は異なものー姉の選択ー
“縁”とは辞書で“関係を作るもの”という意味らしい。ウチには痛々しいほどに、その“縁”という言葉に思い入れがある。
というのも、ウチの妹は実際に自分と人との間にある“縁”が見える——らしい。ウチ以外のだれにも言ったことがないらしいが、たとえ言ったところで誰にも信じてもらえないだろう。ウチ自身も初めのころは半信半疑やった。
妹が見ている“縁”は白い絹糸のようなもので、妹の体からの伸びていき、妹と“縁”のある人間へとつながっているようで、当然ウチと妹の間にも“縁”はあるらしい。
そして妹にはもう1つ特別な能力がある、いや妹にとっては呪いの類だろうか。それは知り合い、友人たちとの“縁”を切る力。ただ縁を切るだけの力ならまだいい、使わなければいい話だ。
ただ、この能力を使うと妹と縁を切った人間に幸運が訪れる。そしてその幸運は妹と“縁”が深ければ深いほど大きくなる。妹がこの能力に気が付いたのは小学生のころだ。当時の友人の1人との“縁”を、何気なく切ってしまった。すると、その友人はとある病にかかっていたのだが、たちまち治ってしまった。
その友人とはウチと妹とよく遊んでいたが、“縁”を切った直後からその友人と妹はほとんど会話をしなくなっていった。1度3人で遊ぼうと提案したが、妹も友人もどちらもよそよそしく、まるで初対面のようであった。
その時ウチは悟った、妹の能力の恐ろしさに。さらに不幸なことに、ウチの妹は優しすぎた。目の前で困る友人を救う方法があるのに放っておけるような性格ではなかった。
その日を境に、妹からは次第に友人と呼べるような存在はいなくなっていった。そうして高校2年生になるころには、もう両親とウチしか“縁”のつながっている人間はいなくなってしまってしまった。
ウチは絶対に妹の前で不幸な目に合わないように気を付けてきた。不幸な目にあっても決して妹にだけは知らせなかった。そんな事態になれば妹はウチとの“縁”を切ってしまうかもしれないからだ。しかし、そんな努力をあざ笑うかのように、ウチにも避けられられないような不幸が降りかかった。
「末期癌」——テレビドラマなどでよくテーマになる、そんな空想にも似た存在だと思っていた病。その病が発覚した時にはもうどうしようもないくらい、癌はウチの体を蝕んでいた。
医者からあと1か月の命と言われた時には、頭の中が真っ白になり、髪を揺らし涙と鼻水をとめどなく流しながら叫び取り乱した。両親にも妹にもきつく当たってしまった。そして、そのあとの1週間は誰とも会話することなくふさぎ込んだ。
だけど不思議なことに、2週間たつ頃には自分が死ぬということを何となくではあるが受け入れ始めていた。いや、正確に言うとあきらめがついたといった方がいいかもしれない。
それからというもの心に余裕ができたせいか、心穏やかに過ごすことが出来ていた。お見舞いに来た友人たちとも普通に話すことが出来た。
そんなある日、妹がどこか思い悩んだ表情でウチを見ていることに気が付いた。そして、姉妹だからと言うこともあるのだろう、妹が悩んでいることは手に取るように分かった。妹の能力だ。ウチとの“縁”を切ることで病が治るかもしれないと考えているのだろう。
ひどく馬鹿げた考えだ、とウチは笑った。いくらウチと妹の“縁”とはいえ、2週間で尽きる命を伸ばすことなどできるはずが、できるはずが——。
ウチは頭の中の考えを、希望を極力考えないようにした。考えてしまえば、ふとした拍子に言ってしまいそうになるからだ。言葉にすれば妹はすぐにでも“縁”を切ってくれるだろう、そういう優しい子なのだ。
幸か不幸か、ウチの病は急激に悪化し、意識がない時間が増えた。それがウチにはうれしかった。悪魔のような、胸糞の悪くなるようなそんな希望を考えずに済むからだ。
ある日の夕方、珍しくウチは意識があった。それと同時に全身を針で刺されたような激痛が襲った。体は弱っているせいか動かすこともできず、ただひたすら涙を流しながら激痛に耐えることしかできなかった。
そんな時、ふとベッド横に誰かの気配を感じた。妹だった。妹は目に見えて迷っているようだった。ウチはそんな妹を安心させようと激痛の中、懸命に口を開いた。
「ウチを助けて……葵」
——そんな言葉を発するつもりは全くなかった。ただ、ウチは大丈夫や、と伝えるつもりだった。それなのになんでなんでなんでなんでなんで——。後悔の念が全身に広がってゆく。
妹は——、葵は意を決したかのように手のひらをウチへと向けた。まって、違うんや!と反論したかった。だが、そんな気持ちとは裏腹にほんの少しだけ期待しているということにどうしようもなく気が付いてしまった。そして結局、ウチは妹と“縁”を切るのを受け入れてしまった。
あれから、1か月という期間が過ぎた。ウチの体を蝕んでいた病は嘘のように消え、医者も目を丸くしていた。母はうれしさのあまり号泣し、父も目に涙を浮かべていた。けれど、その場には妹の姿はなかった。
検査入院を終え、ウチは2カ月ぶりのわが家へ帰った。玄関の扉を開けると、廊下を歩いていた妹と目が合った。妹はウチに軽く会釈をした。ウチも軽く会釈を返すと、少しの間があった後、妹は自分の部屋に戻っていった。
その後、妹とはほとんど会話を交えていない。昔はどこへ行くにも一緒だった、大好きだった妹のはずなのに何も感情がわいてこなかったし、あれだけ”縁”を切ったことを悔やんでいたはずなのに、気が付くとそんな感情もなくなってしまった。ただ、見知らぬ他人と同じ家に住んでいるという居心地の悪さだけがウチには残った。
その居心地の悪さに耐えきれず、ウチは大学入学を期に家を出た。それから多くの友人と出会い、遊び、楽しく暮らしていた。大学3年になったある日、母から妹が自殺をしたと連絡が入った。
電話口から漏れ聞こえてくる母の嗚咽が、たまらなく耳障りだった。まるで妹の死に全く悲しみがわいてこないウチを責めているかのように聞こえた。
あれから何年もの月日が流れた。妹の葬儀に出て以来、ウチは1度も妹のお墓参りに入っていない。
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