第7話「折衝」

《アルディク・広場》




「探しましたよ。さぁ、お戻りください。」


「だから戻るつもりはないわ!理解してるでしょう!?」


 広場の中央、レイフィア達と昨日会った近衛兵達とが互いににらみ合う形で立っていた。このまま傍観していても、事態が悪化するだけだ。人だかりをかき分けながら、双方の間に割って入る。


「つ、疲れた……しかし随分と物々しいことになってるな。」


「ゼクト!待ってましたよ!」


「君は……成程、どうやら我々の頼みは聞いてくれなかったようだね。」


 隊長らしき男が困ったように笑っている。さすがの余裕というか……昨日森で出会った時と変わらない、落ち着いた様子で佇んでいる。


 彼らがここにいる理由だが、昨日捕らえた盗賊の引き渡しが主になる。朝から王都を発てば、このアルディクに着くのがちょうど昼。そこを見計らってレイフィアたちが戻ってくるよう約束を取り付ける。そして彼女たちと王国兵とを引き合わせる結果に導く。うまく嵌ればそれでよし、嵌らずともそれはそれでやりようはあると考えていたが、どうやらうまくいったようだ。目論見が目論見なだけに、あまり気分は良くないが。


 流石に近衛兵が来たのは予想外だったが、恐らく王都周辺を捜索した後で、レイフィアがこの街まで来ていると推測して出向いて来たのだろう。


「話したいことは色々あるでしょうが、場所を移す方がよろしいかと。」


 周囲は騒ぎを聞きつけた野次馬で溢れ返っている。迂闊な行動はできないだろう。


「ふむ、どうやらそのようだ。悪いがご同行願おうか。」


 その後、近衛兵により聴衆を遮るように封鎖された北口の先に、俺たち四人と近衛兵数名を連れた隊長の男が向かい合うように立つ。


「まずは互いの状況を確認する必要がありそうだ。行商の少年……いや、そもそも行商かどうかも怪しいな君は。名を聞いてもいいかな?」


「ゼクト・レグナス。行商ですが冒険者も兼業しています。以後お見知りおきを、リーガン・セグレート王国騎士団長殿。」


 男は相変わらずの困り顔を浮かべている。王国騎士団長……言うまでもなく、王国を護る最強の剣にして盾。大陸でも有数の実力者だろう。


「成程、此方の事情はある程度把握しているようだ。ならば君の後ろにいるお方が、どのような立場の人間かも想像がついているのではないかな?」


「ええ、大体は。……さて、折角だし本人の口から聞きたいんだが?」


「……そうね、わかったわ。」


 彼女は前に出てからこちらに向き直った。先ほどまでとは違う凛とした雰囲気に、俺たちはもちろん、周囲にも緊張が走る。


「私の本当の名は、シャーレイ=フィオガルズ=アーケディア。イシュナード王国の皇族に連なるものです。」


 シャー"レイ"="フィ"オガルズ="ア"ーケディアで"レイフィア"か。森の中で出会った不審者が皇族とは……運が良いのか悪いのか。


「シャーレイ……王国の第二皇女であらせられましたか。」


 ロザリーが呟く。そういえば確かに耳にしたことがある……王国にいるという、未だ社交界に出ていない皇女の噂。まさかこんな形でお目にかかるとは思わなかったが。


「これで分かってくれただろう。彼女には立場というものがある。おいそれと旅に出る、とはいかないのだよ。」


「――なるほど、事情は理解しました。」


 前に向かって歩き出す。気まずそうに顔を伏せる皇女殿下を一瞥し、そのまま彼女と騎士達の間に割って入る形の位置に着く。


「あくまで立ち塞がる……と。理由を訊いてもいいかな?」


「まず、自分は両名から話を聞きました。この時点でいずれも依頼ではなく口頭での頼み事になりますね。それを踏まえた上で、上の立場の皇女の頼み事を優先しているまでのこと。……まだ彼女には教えることがある。返すわけにはいきません。」


「ゼクト……」


「ふむ、屁理屈な気がしないでもないが、そういうことならば我々も相応の対応をしなくてはならないか。」


 騎士たちが剣を抜く。ユーノとロザリーがいても、勝率は五分といったところか。こんな辺境で、王国近衛兵と戦う事になるなんてさすがに予想外だ。こちらは万全とは言えないが、どうしたものか……


「――相変わらず、少し目を離した隙に問題を起こすなお前達は……」


 呆れかえったような声が聞こえたかと思うと、蒼い雷光と共にオーレンが現れた。そういえば今朝から姿を見かけなかったが、コイツは何をしていたんだ?


「驚いたな。その蒼雷に長剣、見立てが正しければ、貴殿は神殿騎士のアルトレイク卿ではないかな?」


「王国の騎士団長殿に覚えて頂いているとは光栄の至りだが……あまり穏やかな雰囲気ではないようだ。こちらとしては、あまり事を構えたくはないと考えているが?」


 オーレンの言う通り、このまま戦闘になれば双方にかなりの被害が出る。さすがにそれは避けたい。そしてそう考えているのは相手も同じようで。


「確かに。このままでは双方にとって、良くない結果になりかねないな。ならばここはひとつ"取引"をしたいのだが、どうだろう?」


 戦いを始めることなく交渉を持ち掛けてきた。とはいえ内容次第では交戦に発展しかねない。どう出てくるか……


「なるほど、確かにその方がお互いのためになりそうだ。もっとも、良い返答になるかは内容次第ですが。」


「今から私が提示する条件を一つ、飲んでもらいたい。そうすれば我々は殿下を含めた、君達一行に干渉しないと誓おう」


 まさかの提示内容だった。ここまで来てレイフィアを見逃すというのか。それにそんなことをすれば、任務失敗の責を負わされるのではないだろうか?


「それはこちらとしても、ありがたいですが……その条件とは?」


「我が近衛兵の一人、エイリスを殿下の護衛及び、君達の監視として同行させるというのが条件だ。どうだろうか?」


「ふむ……ん?それはどういう――」


 監視が目的の一つとはいえ、近衛兵である部下を、いち冒険者でしかない俺たちに付けると?さすがに無私が良すぎる。何を考えているんだ…?


 そもそもレイフィアとは旅の基礎を教えるまでの協力関係であって、それ以降は彼女の自由という取り決めなんだが、流石に言い出せないな。


「どういうことですか!?」


 フルフェイスの兜の騎士が、俺に代わって疑問をぶつける。森でも会った女騎士……彼女がエイリスか。


「我らの目的は、皇女殿下を連れ戻す事のはずです。第一私のような若輩の身で、姫様を直接護衛など身に余る大役。いきなりそんな……再考を具申致します!」


「ふむ、私はむしろお前が適任だと考えているのだが……」


 口論をする騎士達。色々と事情がありそうだが……ちょうど事情通がそばにいるので聞いてみる。


「なぁ、あのエイリスって騎士。お前と何か関係があるんじゃないか?」


「私の幼馴染よ。昔は普通の、仲のいい友達だったけど……」


「“だった”ね……なるほどな。少しだけ思い当たる節がある。となればまずは……」


 どういうことか、と首をかしげるレイフィアをよそに前に出る。口論が長引かないよう、こちらからもフォローを入れるとしよう。


「そういうことですか。面白い試みかもしれませんね。」


「ふむ、何か気付いたことがあるようだね?」


「ええ、そちらのエイリスという騎士が、この役目を任された理由。彼女の経歴が何よりの証拠ではないですか?」


「……どういうことだ?」


「まず彼女は、殿下の幼馴染で信頼関係が築かれている。更にその年で近衛兵になる程の素質……それこそ、経験を積ませればいずれは大成するでしょう。」


 俺の考えを理解したレイフィアが続ける。


「つまりエイリスを同行させるのは、私同様に彼女にも見分を広めさせるのが目的?」


「そういうことだろう。その場合ひとつ疑問は残るが。」


「そうだな……君、少しいいかな?」


 リーガン騎士団長が此方に声をかけてくる。どうやら二人で話がしたいようだ。


「承知しました。ちょっと行ってくる」


「騎士団長なら心配なさそうだけど、一応気を付けて」


 二人して少し離れた場所へ移動する。此方を心配そうに見つめるレイフィアはともかく、残りの三人は暇を持て余したのか、旅先で見つけた品々で遊び始めていた。緊張感のない奴らだな……


「ゼクト君、まずは盗賊団確保の礼を言わせてもらおう。かの者たちには、我々も手を焼かされていてね。こうして大半を無力化できたのは嬉しい誤算だ。」


「いえ、首魁には逃げられてしまいましたし、大したことは何も。」


「そうだとしてもだ。そしてここからが本題になるのだが、交渉とは別に君に頼みたいことがある」


「頼み事ですか……一応善処はするつもりですが、こちらもない袖は振れません。出来る範囲でなら聞きましょう。」


「なに、そう難しいことではない。これから旅をする姫様たちをできる限り気にかけていて欲しい。ただそれだけだ。」


「それは構いませんが……一つだけ質問を。――どうして、彼女達を旅に出そうと考えたのですか?」


「そうだな。君の疑問も、もっともだろう。確かに見聞を広めるだけなら、旅以外にも方法はある。エイリスもそれを理解しているからこそ、私に抗議してきたのだろう。」


「見聞を広めるだけでなく、実戦の場数を踏ませることで、彼女の潜在的な能力を引き出す。という目的もあるわけですか……しかし。」


 ただ、腑に落ちないことがある。この疑問に答えてもらわない以上、おいそれと約束はできない。


「理由はそれだけではないでしょう。他にもあるはずだ。そう……二人の関係性も、理由の一つではないでしょうか?」


「そうだな……ここからの私の発言は、騎士団長としてではなく、私個人のものとして聞いてもらいたい。」


 彼の表情が、余裕のある笑みから一転して、神妙な面持ちになる。王国騎士団長という立場では表立って言えない、よほど重要な案件なのだろう。


「――娘と姫様が、かつてのように仲良くなれるよう、君からも色々と取り計らってくれまいか?」


「……今、なんと?」


 娘?あのエイリスって騎士が?いまいち頭で処理しきれない俺を置き去りにして、リーガン騎士団長は心なしか先程よりも感情的な様子で話し始めた。


「君はこの事を、私の政治的な策略と思うかもしれないが、そういう意図はないのだ。幼い彼女たちを見てきた身として、今の微妙なすれ違いを看過することはどうしてもできなくてね……」


「ええと、要するにシャーレイ殿下とエイリス……この二人は幼馴染で、昔はとても仲が良かったけど、今は互いの立場もあり気まずさから距離をとっている。だからこの旅を介して昔のような関係に戻ってほしい……と。」


 これは実際仕方がない気もするが……彼にとってはそうではないのだろう。


「その通りだ。実を言うと、殿下は閉鎖的な部分があられてね。誰に対してもどこか距離を置いていらっしゃるのだよ。だが、今の彼女が君に向ける感情は、かつてのエイリスに向けたものと、どこか似ているように感じた。故に私は、君に働きかけてみようと思ってね。」


 随分と買ってくれているな。俺自身そんな大したものでもないのだが……そこまで言ってくれるのであれば、さすがに無碍にはできないだろう。


「……わかりました。しかしこの件、貴方は任務失敗の責を問われるのではありませんか?」


「うむ。少なくとも何らかの処罰が下るのは間違いないだろう。だが、それでも私は騎士である前に一人の親として、彼女たちに『友達』でいて欲しいのだよ。」


「なぜそこまで――いや、わかりました。貴方の頼み、俺たちが引き受けましょう」


「そうか……感謝する。では戻るとしようか。仲間の諸君も、段々と退屈になってきているようだからね。」


「すみませんね、緊張感のない奴らで。あと最後に一つだけ、この際言っておきますが、俺は旅の基本を教えるだけで、後は好きにするといいと彼女にも言っています。エイリスに俺たちの監視を命じる必要はないのではないでしょうか?」


「そうだな……それは近いうちに、君も知ることになるだろう。では、今度こそお開きとしようか。」


 何とか交渉は終わった。疑問は残ったものの、彼自身は良識ある人間だ。信頼していいだろう。


「……あぁそれからもう一つ。さすがに私もないとは思うが――彼女たちに悪い虫がつかないよう、目を光らせておいてくれ。」


「えぇ……」


 前言撤回。結構親バカだった。




《to be continued...》

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サガシモノ冒険譚 Niboshi @drnqala

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