第6話「戦闘訓練」
《風見亭・食堂》
「……よし、まずは良い滑り出しね。」
訳あって、料理はあまりしてこなかったから不安だったけど、おおむね好評だったみたいで安心した。昼にも良い報告ができるように頑張らないと。
「うぅ……おはようございますぅ……」
ロザリーが、未だ眠そうな様子のユーノを連れて戻ってきた。
「おはよう。大丈夫?まだ眠そうだけど……」
「構いませんよ。いつものことですので。」
「いつもの?もしかして、昨夜うっすらと部屋が明るかった事に関係してる?」
「はい。この子ったら、いつも夜な夜な小さな灯りをつけて、本を読んでいるんですよ?」
「日課なのでやめられないというか……むしろ読書をしないと眠くならないのです!つまり仕方ないのですよ!」
「まったく……だからといって夜更かしはですね――」
「良いではないですか!昨夜あなたを介抱したのは誰か、忘れたとは言わせませんよ?」
「う、それはそうですが……私も思うところがあったからこそ、今日は遅めに起こしに行ったといいますか……」
世話焼きの姉と手のかかる妹みたい……仲のいい姉妹って、きっとこんな感じなんだろう。なんだか微笑ましい。
「まぁまぁ、ここはおあいこってことでいいじゃないですか。レイフィアさんも待たせていますし。」
「むむ、上手いこと躱された気がしないでもないですが……そうですね。では、コホン――」
二人がこちらに向き直る。
「先の料理の時も言いましたが改めて、今日は一日よろしくお願いします。」
「私も、先輩冒険者として知ってる限りの情報を教えます!フッフッフ……覚悟しておいてください!」
「ええ、よろしくお願いするわ!」
朝食を済ませ、早速行動を開始する。
《アルディク近郊・ラトの森》
まずは昨日来た森を再び訪れ、野営の知識を一通り学ぶ。薪の調達、火おこし、野草の種類や用途などの必要な知識に始まり、野営にあっても清潔感を失わない秘訣やありあわせの食材の調理法などの、必須ではないけどある意味重要な知識まで、さまざまな授業を受けた。
「やっぱり、一から覚えていくとなるとなかなか大変ね。」
「いきなり全部覚えることはありません。実践して、その都度覚えていけばいいんですよ。」
「そうですとも!私なんてまともに覚えるのに半年はかかったのですからね!」
「まったく……威張ることではありませんよ?そもそもユーノは、今でも怪しい部分が多いではありませんか。」
「なにおう!私がどれだけ成長したと思ってるんですか!目にもの見せたらぁ!」
「いいでしょう!どれだけズボラが治ったか、見てあげます!」
「私の授業はー!?」
それからも教わった事のいくつかを実践するなど、実入りのある時間を過ごした。しかしまだまだ覚えることは山ほどある。他にも実践できる授業とかないかしら……
「うーん……キリも良いし、少し早めですがお昼の時間ですかね。ロザリー、どうしましょう?」
「いえ、実は一つ確認したいことがありまして……わざと早めに終わるようにしていたんです。」
「確認したいこと?」
「はい……レイフィアさん、武器を構えてください。」
「武器を……?わかったわ。」
言われるがまま抜刀、しっかりと構える。王国軍で正規採用されてる剣に比べてやや細身で、重さより速さを重視した騎士剣。護身用に剣術を教わって以降、定期的に手入れしながら、今も現役で使い続けている愛着のある武器だ。
「隙のない、良い構えです。王国伝統の騎士剣術を元にしているようですが……」
「従来の型に比べて、速さに特化した動きを教わったわ。私にはそっちのほうが向いてるからって。」
「ええ、良き師にも恵まれていたみたいですね。これなら申し分ありません……レイフィアさん、貴女にはこれから、私と模擬戦をしてもらいます。」
そう言うなり、ロザリーは自分の武器を“出現”させた。昨日の洞窟でも目の当たりにしたけど、相変わらず謎ね……
白銀の細剣と、十字を模った短剣……ミセリコルデの二刀流。扱いの難しい戦法だけど、使いこなせば神速の連撃で相手を一気に制圧できる剣術……実際に見るのは初めてだ。
「戦闘ならば私の方が……と言いたいところですが、私の戦闘スタイルでは少し変則的過ぎるでしょうし、ここはおとなしく見届け役を務めましょうかね。」
「感謝します、ユーノ。それではレイフィアさん、少しじっとしてて下さいね?」
ロザリーが祈祷を行うと、互いの体の表面に青白い光が宿った。結界のようなものなんだろうか?
「これで万全ですね。この防御結界を先に破った方が勝ちとします。では、どこからでも掛かってきてください。」
単純な戦闘能力はもちろん、場数も全然違う。万に一つも勝ち目のない、私の実力を測るための純粋な腕試し。ここは胸を借りる気持ちで、思いっきり打ち込んでいこう。
「両者構えて……始め!」
素早く踏み込み下段からの一閃。しかし短剣で受け流され、更に細剣の反撃を許してしまう。後方に跳んで躱したものの、先に仕掛けたのに後手に回ってしまった。けど、まだまだこれから!
「次はこちらから行きますよ!」
「よし、来い!」
続いて相手からの攻撃。細剣の刺突を受け流し、短剣の袈裟斬りも弾き飛ばす。武器自体や剣術の性質上、威力はこちらの方が上。両方防いだ今なら攻められる!防御に入られる前に大きく踏み込み、体当たりで体勢を崩しにかかる。
「そこっ!」
「くっ……」
しかし相手はこっちの体当たりの衝撃を活かし、後方に大きく跳躍。こちらの間合いの外まで、距離を離されてしまう。今のは良い手だと思ったんだけど……
「お見事です。意表を突かれました……では、こういうのはどうです?」
相手は離れたところから短剣を投擲。剣で弾き飛ばしたものの、その隙に一気に距離を詰められて、細剣の一撃が迫ってくる。咄嗟に柄で弾いて剣先の軌道を逸らし、その体勢から踏み込んで剣を振るう。
しかし相手は、先程弾き飛ばした短剣を再び手元に呼び出し、これを防御。後退しながら再び投擲してくる。しかし同じ手は食わない。今度は弾かずに回避……するだけでなく、飛来する短剣を掴んで細剣の追撃を防御。すかさず騎士剣で斬りかかる。
「もらった!」
しかし短剣が私の手から消え、次の瞬間には相手の元に戻っていた。相手はこちらの騎士剣をそれで受け流すと同時に、自由になった細剣を突き出してくる。私は咄嗟に上体を逸らして回避。そのまま後方宙返りの要領で、細剣を蹴り上げる。
「これを躱しますか……!」
「まだまだ!」
着地から間髪入れずに突進しながら突きを放つ。また武器を呼び戻されたら、振り出しに戻ってしまう。なのでここは速攻で勝負をかける!
「思い切りのいい、見事な攻撃です……しかし。」
渾身の刺突は、あまりに直線的だったため簡単に回避され、すれ違いざまに短剣で一閃。私を覆っていた青白い光が消え去った。
「そこまで!」
「ま、参りました…」
「手合わせ、ありがとうございました。しかしこれは……」
なにやら呆然とした様子のユーノ。というか相手……ロザリーも驚きを隠せないといった様子だ。なにか問題でもあったんだろうか。
「驚きました。昨日の動きを見た時から思っていたのですが、本当に新米冒険者なのですか?」
「え?うん、それは事実よ。特訓はしっかりしてきたから、ある程度は戦えるって思ってたんだけど、やっぱり勝てなかったわね。」
「ある程度!?そんなレベルではなかったですよ!」
興奮気味のユーノさんがズイッと近づいてくる。
「剣のみに頼らない体術を組み合わせた戦闘スタイル、柄を用いた高度な技術を要する防御。ついには投擲された武器を掴むなんて!動体視力どうなっているんです!?」
「え、えぇ……いやその。」
「落ち着きなさい。まったく」
ユーノの首根っこを掴んで引っ張るロザリー。意外と容赦ないわね……
「私の憶測になりますが、どうやらレイフィアさんは、オーレンさんと似たような技が行使できるみたいですね。」
「ぐおお……首がもげるかと思いましたよ。えーと、人の脳の電気信号を魔術で加速させることで反応速度、思考速度を上昇させる『雷』の強化術でしたか?」
「いまいち実感がないけど……でもそんな感覚はある気がするわ。」
道理で戦闘になると、頭が冴えわたるような感覚があったわけね。でも、どうして詠唱した訳でもないのに術が発動したのだろう?
「しかも無意識で発動しているみたいですね……たしかオーレンは、意図的に発動させる上に負荷が掛かるんでしたっけ?」
「はい。しかしレイフィアさんのそれは無意識下で発動し、なおかつ負荷が掛からないというもの。まさに『光』の強化術ですね。多少特性は違うようですが……」
「ふむふむ。流石は古代魔術というべきか……実に興味深いです!」
「あまりがっついてはいけませんよ?それからレイフィアさん、貴女の魔術と剣の腕を見込んで、お渡ししたいものがあります。」
「ほほう、もしかして“アレ”をレイフィアに託すんですか?」
「ええ、彼女ほどの適任はいないでしょう。」
アレとは何なのだろう?話を聞く限り、武具の類のようだけど……訪ねたいところだけど、さすがに今は一刻も早く休みたい。
「――でもその前に、まずは宿に戻って一休みですかね。」
「あはは、正直そうしてくれると助かるかも……」
「その前に、ちょーっとだけでいいので、私とも手合わせをですね――」
「ダメです。」
「ちぇー。」
《アルディク・商店通り》
「いやー、いい買い物ができた!助かったよ行商さん。」
「まいどあり。せいぜい有効活用してくれ。」
さて、他の行商との情報交換や物資の調達、旅先で得た品々の販売など午前中に予定していた段取りはおおかた片付いた。あとは昼にあいつらと合流して昼食。という予定だが、その前に一仕事ありそうだ。
正直、あまり褒められた行為ではないが、俺はあの三人……というより、レイフィアに対して罠を仕掛けた。予定通りなら、彼女たちが戻ってくる時……そろそろ騒ぎが起こるはずだ。
「なんか、広場の方が騒がしくないか?」
道行く誰かがそう呟いた。それにつられるように周囲も騒がしくなる。狙い通り事態が動いたみたいだな。さて、話が大きくなる前に急いで収拾をつけなければ……
《to be continue...》
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