第5話「長旅教習」
《風見亭》
「「かんぱーい!」」
「ウフフ……懐かしい顔ぶれが揃ったと思ったら、最近問題になってた盗賊団をとっちめてくれるなんて、さすがの働きだわ♪お礼も兼ねて今日はサービスしちゃうわよ!」
「ありがとうございますエリンさん。それから改めて、皆助かった。ただの人探しが、まさかこんなに大事になるとは思わなかったが……」
「まあまあ良いではないですか!結果オーライってやつです!さぁて、食べまくりますよー!」
早速食べ物に突撃していくユーノ。ロザリーが困り顔で声を掛ける。
「あまり食べ過ぎてはダメですよ?喉に詰まらせても知りませんからね」
「捕まっていた間は、ろくな物を口にしていなかったらしいからな……言って聞くような状態ではあるまい。それより、まずはこの唐変木に物申すのが先決だろう。」
早速オーレンがこっちに矛先を向けてきた。なんとなく予想はしていたけどな……今回ばかりは弁明の余地もない。
「う……まぁ、単独で先行してしまったのは悪かった。迅速な対応が必要な事態だっただけに、仕方ないと思ったんだよ。」
「その単独行動もですが!一番の問題は、レイフィアさんを独りにしたことです!ユーノのようなフィジカルモンスターとは違って普通の女の子なんですから、いくら緊急事態とはいえ、さすがに看過できません!」
だいたい貴方はですね……と、久しぶりの再会にも関わらず、以前と変わらない説教のキレに、申し訳なく思いつつも少々可笑しくなる。
「ンもぅ!久しぶりに会ったんだから、そのくらいにしときなさいな。」
「む、そうですね。折角の宴席ですし、今日はこのくらいにしておきましょう。」
エリンさんが助け舟を出してくれる。いつもながらありがたい。しかし、『今日は』ってことはまた説教されるんですね……
それからしばらく食事を楽しみつつ仲間たちと歓談し、少しだけ落ち着いてきたところでレイフィアが話し掛けてきた。
「フフ、にぎやかね……いつもこんな感じだったの?」
「いつもって訳じゃないが、大体はこんなノリだな。少しうるさかったか?」
「そんな事ないわ。こういう雰囲気、憧れてたもの。」
「それは何より……っとそういえば、ユーノ!一旦食うのストップ。お前結局レイフィアに挨拶してないだろ。今のうちに済ませとけ。」
「そういえば、帰り道はお腹空いてダウンしてたものね。」
喉に詰まらせた食べ物を何とか飲み込んだ様子のユーノが、涙目を浮かべながらこっちにやってきた。
「ええと……大丈夫?」
「ふぅ、ちょっと勢いよく食べ過ぎてしまいました。食休みも兼ねて自己紹介させてもらいます!」
バサァッ!と、食事のために外していたマントを身に纏いキメ顔でこっちのレスポンスを待つユーノ。レイフィアは動揺しながらもパチパチと拍手している。
「私は、魔術都市メーヴィス出身の魔法使い。ユーノ=ユナイティア!魔術の探求の為、大陸の古代遺構を求めて旅をする者です!」
「メーヴィス!よく知ってるわ!魔術の原理を確立した都市で、世に魔法が広まったのは、かの地のおかげなのよね!」
「ふっふっふ……我が故郷の偉業をご存知でしたか!いいでしょう、ここはひとつメーヴィスがいかにすごいかを――」
ヒートアップしかけたユーノをチョップで制する。
「いったぁ!何をするのですゼクト!」
「一方的に話を進めるんじゃない。彼女の自己紹介がまだだろうが。」
「うー、いいところだったのに……しかしそれも一理あります。貴女の事を聞かせてもらってもいいですか?」
「ええ、私はレイフィア。今日から冒険を始めることになった、王都ルセリア出身の冒険者よ。よろしくね。」
「なるほど、王都の出身……まぁそうでしょうね。」
「ん?ユーノ、何か知ってるのか?」
「あはは……やっぱりバレちゃうわよね。」
どういうことだ?ユーノはレイフィアが王都出身だって知っていたのか?いったいどういう経緯で――と、不意に大きな音が聞こえたかと思うと、向こうの方が何やら騒がしくなっていた。
「なんだ、今の音?」
「見に行ってみましょうか。」
騒ぎの元へ向かい、従業員に声を掛ける。
「なにかあったんですか?」
「それが、ロザリーさんが急に倒れられて……」
「……あー、もしかして。」
ロザリーは卒倒しながらもグラスを保持していた。器用な奴だな……持っているグラスを、零さないように回収する。この匂いは……
「あら、どうしたのゼクトちゃん?」
「エリンさん、このグラスの中身って……」
「んん?ヤダ、これウイスキーじゃないの!」
「たぶん、これを麦茶か何かと間違えてグイっといってしまったのかと。」
「たいへん!……って、ニオイとかで気付かなかったのかしら?」
「普通は気付くはずなんですけどね……」
ロザリーのこういったうっかりは、以前から度々ある。しっかりしている割には、どこか抜けてるというか……騒ぎを聞きつけたのか、外の空気に当たりに行っていたオーレンが戻ってきた。
「ロゼがやらかしたのか?最近はこういうなかったんだが……」
「そうなのか?てっきり今も時々妙な失敗をしてるもんだと…」
「おそらく、懐かしい顔ぶれに会って気が緩んだんだろう。部屋まで運ぶ。ユーノ、その後の介抱を頼めるか?」
「フッ、お任せを!久々ですがこの流れは慣れたものです!」
「私も手伝うわ。それじゃあ、先にお暇するわね。」
「ああ、頼むな。」
結局ユーノがレイフィアの出身地を知っていた理由は聞けないまま二人とも部屋に戻ってしまった。明日辺りに聞いてみるとしよう。
四人を見送ってから一人で酒……は苦手なので、果実水を飲みながら一息ついているうちに、搬送を済ませたらしいオーレンが戻ってきた。
「ロザリーは大丈夫そうか?」
「問題ない。あの程度の失敗、お前やユーノの奇行に比べたら何のことはないからな。」
「流れるようにけなしたよね今。」
「冗談だ。明日には元通りになっているだろう。ロゼには飲酒を控えてもらいたいところだが……今回は仕方あるまい。」
「まぁ、わざとじゃないんだし、大目に見ても罰は当たらないだろ。んで?戻ってきたってことは俺に話でもあるんじゃないのか?」
「ああ。といっても、現状ではあまり重要性のない案件だ。無理に意識する必要はないが、気に留めておいてくれ。」
オーレンが言うには、今日取り逃がした男……あるいは、その仲間の魔術師に関連した事件が、各地で相次いでいるとのことだった。どうやら単独ではない、組織的な行動らしく、教会の方でも関係のありそうな情報を収集しているらしい。今こうして俺に話した事もその一環だろう。
「なるほど……この手の事件が、今回に限らず起きてるってわけか。事情はわかった。俺の方でも情報を集めておこう。」
「頼むぞ。それはそうと、お前は彼女をどうするつもりなんだ?」
「レイフィアか……俺は何も強要するつもりはない。明日には二人から旅の知識について学ぶだろうし、そこからはあいつが自分で決めることだ。」
「……まぁ、それが賢明だろう。さて、私はこれから見回りがある。お前も店主に絡まれないうちに部屋に戻るといいだろう。」
「あー、それもそうだな。じゃあまた明日。」
俺の別れの挨拶にただ「フン……」と答え店を後にするオーレン。相変わらず俺に対しては雑っていうか……まあいい、俺もそろそろ――
「あぁらゼクトちゃん、独りで寂しそうにしてるじゃなぁい?」
「ねっっっむ!超眠い!さーて寝ないとなぁ!!」
「うるっさいわね!ロザリーちゃんに迷惑でしょうがぁ!」
《風見亭・客室》
「はふぅ……」
簡単に風呂を済ませ、寝巻に着替えてベッドに座り込み、今日の出来事を振り返る。そもそも本来なら昼まで森で獣肉や木の実などの食材調達をしてから街へやって来て、宿でゆっくり過ごす予定でいた。
そのはずだったのに、森でいきなり王国の近衛兵に出くわし、彼らが探しているらしい、やんごとなき身分の少女を保護し、一時的にではあるが協力関係になり、続けて懐かしい顔と再会。更には行方不明の仲間捜索に奔走。そして最後に街を騒がせていた盗賊団をとっちめた……と。やたらと濃い一日だったな。
「…………………」
だが、不思議と心は晴れやかだ。新鮮味のある出来事が多かったからか、自分でも気が付かなかったが、思いのほかいい刺激になっていたようだ。……明日も何かと忙しくなりそうだし今日はこのへんで寝るとしよう。
《翌朝》
よし、ベッドで寝られただけあって、寝起きは良好みたいだ。軽くストレッチをして広間に降りる。が、何やら厨房が騒がしい。ああ、もしかして……
「おはようさん。早速始めてるのか?」
ちょうどレイフィアとロザリーが調理の最中だった。ユーノは絶対まだ寝ている。
「あ、おはよう。意外と早いのね?」
「おはようございます。実は今、旅の知識に関する授業の最中でして……」
「旅先での調理法ってやつか。何気に重要だよな……まぁ頑張れよ。俺は先に飯でも……」
「それなのですが、試食をお願いできますか?」
「それはまた……色々とおいしい役回りだが、俺ばかり得するようで、微妙に気が引けるな。」
「そこは構わないわ。旅装のお代に、昨日解決した事件。色々借りができたもの。少しでも返さないと気が済まないわ。」
変なところでプライドの高いやつだな……まぁこちらとしても、有難い事尽くしなのでお言葉に甘えさせてもらおう。
「そうか。それじゃあ、期待して待たせてもらおう。」
「もうすぐ出来上がりますので、少しだけ待っていてください。」
手をパタパタと振って了承の意を示し、厨房を後にする。洗顔や体操などしながら時間を潰すうちに準備が完了したらしく、再び食卓に招かれる。
「おぉ、美味そうだな。料理の経験があるのか?」
「実をいうと……今まであんまり料理したことなくて。」
……お?妙に良い待遇の理由が見えた気がしたぞ?
「ロザリー、お前まさか俺を毒味役にしたんじゃ――」
「な、何を仰っているのでしょう?レイフィアさんのような素敵な女性の手料理を食べられるのですよ?こんな役得はそうありません!……決して、そのような邪な考えはありませんからね!」
「なるほど。それは理にかなっているな……目を逸らしながらじゃなければ、信じたかもしれないな。」
しまった!といった様子で狼狽えるロザリー。嘘下手か!ある意味、美徳とも言えそうだけど……
「まあいい。どのみち腹は減ってるし、頂こう」
「えっと、さっきも言ったように料理の経験はあまりなくて……一応、自信のある料理ではあるけど。」
「面倒は見るって言ったろ?なら、こいつもその一環だ。それじゃ、いただきます。」
サンドイッチを一口。シャキシャキとしたレタスの小気味良い歯応え。そこから鳥肉の旨味、トマトの程よい酸味が口の中に広がる。
「旨いな……!香りの時点で期待してはいたんだが、想像以上だ。これは手が止まらなくなりそうだ。」
「本当?よかった……このサンドイッチだけは、自信をもってオススメできるんだけど、やっぱり不安だったから。」
「いや、本当に自信をもっていいと思うぞ?何なら、旅先で色んな料理の作り方も学べそうだし……この機会に腕も磨いてみるのもいいんじゃないか?」
「そうね……本題はあるけど、それだけじゃ味気ないものね。せっかくだしやってみようかしら?」
「その意気だ。どうせ旅をするんなら楽しみがないとな。」
二人でワイワイ盛り上がってたところ、こちらを微笑ましく見ていたロザリーに気付き、声を掛ける。
「なんだ?さっきからニヤニヤして……」
「フフ、随分と仲良しなのですね?」
「……このくらいフツーだ、フツー。」
気を紛らわすように食事に戻る。ロザリーも追及はしないと決めたようで、ユーノを起こしに一度部屋に戻っていった。こちらもレイフィアとの会話を再開する。
「今日はほぼ一日かけて、色々と学ぶらしいな。覚えることも多いだろう。ちょうど羊皮紙が余ってるからやるよ。重要な事とかは書き残しておくといい。」
「いいの?ありがとう!たぶん唯一の勉強できる機会でしょうし、しっかり記して覚えていかなくちゃね。」
「勤勉なことで……ま、応援はしとくぜ。」
「ありがと。貴方は今日の予定ってあるの?」
「俺は一応行商だからな。販売、仕入れ、情報交換諸々……特にここは王国でも有数の交易都市だ。なにかと慌ただしい一日になるだろうな。」
「販売もするのね。時間を見つけて、冷やかしに行こうかしら?」
「慌ただしいって言っただろう。勘弁してくれ。代わりと言っちゃなんだが、昼には一度ここに戻る予定だから、昼飯は一緒にどうだ?」
「わかった。その時に成果の報告をさせてもらうわ。一応、今は貴方が監督役だものね。」
「勤勉なうえに律儀ときたか……わかった。せいぜい期待しておくよ。」
何故か得意げな様子のレイフィア。うーん、面白いやつだな…
「それじゃあ俺は先に出る。また昼にな。」
「ええ、お互い頑張りましょ!」
外に出るところでロザリーと寝ぼけ眼のユーノとすれ違う。
「あら、もうお出かけになるのですか?」
「ああ、忙しくなりそうだしな。二人とも、今日は任せたぞ」
「ふぁあ……もちろんですとも~。」
「任されました。そちらも頑張ってください。」
《to be continue...》
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