第4話「激闘」
通路の方が騒がしくなってきた。なんとか間に合ったみたいだな。
「ようやく増援が……む?何やら様子がおかしいようだが――小僧、貴様いったい何をした?」
「そうだな……さっきのお前の『獣の胃袋の中』という表現を借りるなら、『獣の体に毒が回り始めた』ってところか?」
「毒だと?貴様、罠を見抜いて対策していたか!」
「そういうわけだ。それじゃあもう一度言う。そろそろ幕引きといこうか?」
剣を構え直したタイミングで増援が駆けつける。
「ゼクト、大丈夫!?」
「私たちも加勢します!ってあら?どうしてユーノがこんなところに?」
「ロザリーじゃないですか!そしてもう1名の知らない人!加勢に来てくれたんですね!」
人質の避難誘導に向かっていたレイフィアに加え、狙い通りロザリーも加勢に来た。
「なかなか来ないから少し焦ったぞ。人質は解放できたか?」
「独りで突っ走っといてよく言うわね……人質は全員無事よ。」
「今、オーレンさんが護衛に付いて街に誘導しています。今のうちに決着を!」
「バカな、人質の中には見張り役を忍ばせていたはず……それすら看破したというのか!?」
「確証はなかったがな。うまくいったようで何よりだ。」
《数分前・牢屋前》
「俺はこのまま先行する。それから、ちょっとこっちに。」
「……!わかった、やってみるわ」
「ああ、頼んだぞ。大丈夫、お前ならできるさ。」
「フン、そんなの当然よ!あなたこそ、そんな調子で揚げ足取られないように気をつけなさいよね!」
彼に別れを告げ、避難誘導を開始する。道中の盗賊は全員気絶させてあるうえに、幸い衰弱した人はいないようで、すぐに入口近くまでたどり着くことができた。
「あと少しです!皆さん、頑張って下さい!」
「……おっと、そこで止まりな。悪いが、ここからは出すわけにはいかねえな。」
もうすぐ脱出というところで、背後にいた『商人の一人』が小型のクロスボウをこちらへ向ける。しかし動揺することなく、素早く切り返してクロスボウを弾き飛ばす。
「クソっ!まさかてめえ……!」
「ええ、『読み通りの展開』だわ。」
二手に分かれる時、ゼクトから“人質に紛れた監視役がいるかもしれない”と耳打ちされたいた。どうやらその通りだったようね……
「詰めが甘かったわね。大人しく観念して―――」
「おっと、詰めが甘いのはあんたの方だぜ?」
不意に背後から殺気を感じ取り、防御態勢をとる。
「なっ!?」
背後から『もう一人の監視役』が奇襲をしかけてきた。何とか防御が間に合ったものの、大きく体勢を崩されてしまう。なんて迂闊……敵が複数潜んでいる可能性くらい、当然気付くべきだったのに!
「形勢逆転だ、観念しな!」
一人目の盗賊がダガーを構えて突っ込んでくる。くっ……防御が間に合わない!
「――それは残念だったな。再び形勢逆転だ」
「え?」
刹那、一筋の光が駆け抜けたかと思ったら盗賊たちが一瞬のうちに倒されていた。いったい何が……
「レイフィアさん!ご無事ですか!?」
「あなたは……ロザリーさん!?それに――」
「怪我はないようだな。何とか間に合ったか」
さっき教会で会ったロザリーさんと、身の丈に迫る程の長剣を持ったオーレンさんが立っていた。
多分、宿に伝言を残したあたりから、ゼクトはここまでの流れを読んでいたのだろう。
「状況から察するに、あの阿呆は洞窟の奥に単独で先行したようだな。面倒事を独りで抱え込むのは相変わらずか。」
「もう、これだからゼクトさんは……帰ったらお説教が必要ですね!」
「まったくだ。さて、彼らは私が街まで送り届けよう。二人はこのまま援護に向かってくれ。」
「護衛しようにも、私じゃ力不足ね……すみません、お願いします!」
「オーレンさんもお気をつけて!さぁ、急ぎましょう!」
《洞窟・最奥部》
「道中の伏兵も敗れたようだな。我が軍勢が、よもや小娘二人に後れをとるとは…」
「というか、道中で出てきた伏兵は、ほぼロザリーさんが一人で倒してしまったんだけど……彼女、何者なの?」
半ば呆れ気味にレイフィアが聞いてくる。
「さっき街でも話したが、あの二人は大陸各地を巡回してるんだ。場数は勿論、相当な修羅場も越えてきてる。実力は折り紙付きだぞ。」
「ええと……こ、これも主の導きというものでしょう!」
「主の導きって奥が深いのね…」
「そこ、感心するとこか……?とにかく、二人とも集中しろ。」
いまだ面食らった様子の魔術師に向き直る。
「フッフッフ……これで4対1!観念してもらいますよ!」
大して何もしてないユーノが高らかに声を上げる。
「……クク、ハハハハハハハハ!!」
とち狂った様子もなく笑う魔術師。まだ何か手を打っていると見ていいだろう。
「諦めた……って感じじゃなさそうだな。」
「王国の騎士を除けば大したことはないと侮っていたが、よもやここまで追い詰められるとは……だが、念のために奥の手を残していた甲斐があったというものだ!」
「全員油断するな。何か仕掛けてくるぞ!」
男が杖を掲げると部屋の中心に魔方陣が形成され、そこから巨大な魔獣が出現する。ケイブグリズ。洞窟を縄張りにする大型魔獣だ。
「これって、召喚魔法!?」
動揺するレイフィアをロザリーがたしなめる。
「いえ、詠唱なしでこれほどの大型魔獣の召喚、および使役はほぼ不可能です。考えられるとすれば、元々ここを縄張りにしていた魔獣を捕らえていた。そんなところではないでしょうか」
「ほう、なかなか良い見立てだ。もっとも、ただ単に捕らえていたわけではないのだがな……!」
男の言う通り、魔獣は黒いもやのような気をたぎらせている。明らかに何かされてるなあれは。
「視認できるほどの邪気……これはまさか……」
「さすがに教会の人間ならばわかるだろう。これこそは、歴史の表舞台から消え去りし、上位属性の古代魔法……すなわち『闇』の強化術式だ!」
「や、闇属性!なんて羨ま……じゃなくて!禍々しい!」
―――若干盛り上がってるユーノはさておき、古代魔法……闇か。通常の魔法とはかなり性質が異なるものが多く、口惜しいが無策で突っ込むと痛い目を見そうだ。さて、どうするか……
「しかしこの手を使ってしまった以上、この辺りが引き際か。既にこの地での用は済んでいる……留まる理由はあるまい。」
「おいおい……ご自慢の術式の成果を、見届けずに去るつもりか?」
「おかしなことを言う。この魔術は成果をあげたからこそ、こうして実証しているのだ。であれば、今一番に避けるべきは、万が一にこの魔獣が破られた場合のリスクであろう?」
挑発には乗らなかったか。見事な引き際の良さだな。
「では、お暇するとしよう。直感だが、君達とはいずれまた会う気がするな。もっとも、生きてここを出られたらの話になるがね。」
魔術師は転移の術により姿を消した。最初から離脱できるようにしてから、こちらに探りを入れていたのか……本当に食えない奴だ。
「くっ!逆転して鮮やかに勝利するはずが、一転して不利な状況です!あの闇の眷属、厄介そうですね……」
「そうですね。得体が知れない以上、慎重に対処するしか……あら?レイフィアさん、先程からどうされたのです?」
そういえば、魔獣が出たあたりから妙に静かにしているな。
「闇属性……なるほど、属性を言い残して去ってくれたのは幸運ね。いきなりではあるけど、隠してる場合じゃないわね。」
「どうした?なんだか急に騒がしくなったが……」
「お願い、少しだけ時間を稼いで欲しいの。一つ試してみたいことがあるわ」
「考えがあるんだな?わかった、任せるぞ。よし、二人とも聞いてたな?」
「ええ、準備はできてます。援護は任せてください。」
「どなたかは存じませんが、ゼクトがそういうなら、手伝わないわけにはいきませんね!」
「ロザリーはレイフィアの護衛に回ってくれ。ユーノ、連携して注意を引きつけるぞ!」
「承りました……!」
「フッフッフ、今度こそ活躍させてもらいますよ!」
「まずは俺から仕掛ける、ダースファイア!」
炎の短剣の12本同時発射。一発一発の威力は短剣の一刺にすら劣るが、着弾と同時に炎が弾け飛んで追撃し、相手の注意を一気に引きつける。魔獣は大きく吠えると俺の方へ一直線に突っ込んできた。
「そうだ、こっちにこい!」
「レイフィアさん、今のうちに!」
「ええ、始めるわ!」
レイフィアを中心に魔方陣が発現する。そういえば道中、魔力をあまり探知出来なかったような……単に魔術が苦手なんだと思っていたが、何かしらの封印を施していたのか。解除に時間は掛かるだろうが、時間稼ぎくらいならこなして見せないとな。早速魔獣の鋭い爪が襲い掛かってくる。真っ向から撃ち込んだら確実に押し負ける。
「くっ……ぉお!」
攻撃を正面から受けるのではなく、僅かに軌道をずらして受け流し、そのまま懐に潜り、重心になっている後ろ脚に蹴りを入れて体勢を崩す。
「ユーノ、ここだ!」
「了解です!固まれ石槌、我が敵を圧砕せよ――ブレイクハンマー!どりゃああ!」
ユーノの杖の先端が赤橙の光を帯びて槌状に変化。魔獣の脳天に叩き込まれる。重い一撃が入ったものの決定打には至らなかったらしく。魔獣は平気な様子で体勢を立て直した。反撃の薙ぎ払いを回避しつつ、ユーノが驚愕している。
「なぁっ!?私の渾身の一撃を頭に受けてあんな平気そうにしているなんて!」
「間違いなく強化術式の影響だな。もやに攻撃が吸収されているのか、あるいは痛覚を無視しているか……どのみち厄介そうだ。」
「ええ、ですが時間稼ぎはできたようです!それでは、彼女の策とやらを拝ませてもらうとしましょう!」
「準備完了よ。いったん離れて!」
不意に奇妙な魔力を感知し、背後に注意を向ける。ユーノも同様に驚いた様子でレイフィアの方を見ていた。
「輝け聖槍、悪しきを穿て――くらいなさい、ディバインスピア!」
レイフィアの掌から輝く槍が発射され、魔獣に直撃する。そして驚くべきことに、槍の輝きが魔獣の纏っていた黒いもやを掻き消した。
「今のは……古代魔術か?」
「ええ、光の魔法……間違いないでしょう。それを扱うということは彼女は……」
「問答は後です!今なら攻撃が通るかもしれません。行きますよゼクト!」
会話を制し、先行するユーノ。今度は此方がアタッカーか。
「固まれ氷塊、楔となり降り注げ――アイススパイク!カチコチになるがいいですよ!」
氷の杭が魔獣の足に打ち込まれ、そこから凍結していく。よし、確実に攻撃が通っている……ならば!
「ゼクト!後は任せましたよ!」
「ああ、任された!」
両足から火と風の魔力を瞬間的に放出して急加速。一気に魔獣に肉薄する。
「とどめだ!」
風の魔力を籠めた拳を顎に叩き込み、そのまま魔獣を洞窟最奥の壁まで思い切り吹っ飛ばした。
「ォ……ォォ………」
なんとか、気絶させるだけで済ませられたようだ。この魔獣も被害者だ。斬るのは道理ではないだろう。
「さて、長居は無用だ。あの熊さんが起きて暴れ出す前に、とっととずらかるとしよう。」
「がってんです!くぅー、久々に外の空気が吸えるってものですよ!」
「つ、疲れた……でも、何とかなって良かったわ。」
「フフ、お疲れ様でした。戻りましょうか。」
《to be continued...》
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