心に

西東秋本

心に


発見


 「大丈夫だ。これで終わるんだ。」

 深い息を吸い、足を一歩出す。

 下には人はいない。これでいいんだ。これ以上世界の重荷になりたくないんだ。

 そう自分に言い聞かせる。

 決心したんだ。生きている意味はもうない。死んでも悲しむ人はいない。

 もう一歩足を動かそうとした。だがよく見ればとてつもなく足が震えている。

 自分を恨む。恨んで叫んだ。

 「三、二、一!」

 掴んでいたレールを押し、コンクリートの床を蹴る。

 

 周りの風景はぼやけて、夢にいるような感覚にしたる。

 「これが走馬灯か」

 そう呟いた。

 時間は異常に遅く感じる。


 いや。本当に遅い。遅すぎる。

 そう思った瞬間、やっと気付いた。

 もうすでに地面に足が付いている。

 ありえない。なぜ死ななかった。

 周りをよく見る。そしても一つの異常に気づく。

 時が止まっている。 

 車は微動だにせず。

 葉は中に浮かんでいて。

 音と風がない。

 飛び降りた建物の屋上に目を向ける。


 そこには、

  自分の、

   体が、

    あった。

 今でも飛びそうな感じで足を出している。

 なんで死んでいない。

 なんで自分の体があそこにある。

 なんで世界は止まっている。


 「落ち着け」

 そういった瞬間。飛びそうな形のままの体で、屋上に戻っていた。




切る


 建物の高さのせいで目が狂い、幻覚を見たのだろう。

 その後自分のアパートに戻り、違う自殺方法を考えた。

 ソファーに座り、部屋を見渡す。


 痛みの無い一瞬の死をの望んだ。だから飛び降りることを選んだ。

 電車で轢かれるのも悪く無いが、他人に迷惑はかけたくない。

 「仕方がない」

 台所に行き、ナイフを取り出した。


 風呂に厚い水を入れ、茫然と湯気を見ている。

 水が十分満たした時、すぐ蛇口を捻った。

 屋上の上と違い、今回は一瞬で終わらしたい思いが強かった。

 左手を風呂の上に。

 ナイフを持っている片方の手をまた左手の上に。

 そしてできるだけ早くナイフを突き刺すと同時に、できるだけ左手を固定しようとした。

 ナイフはもう降ろされている。

 もう終わるのだ。


 数秒たった。

 

 目を開けようとした。だがやはり最後の最後で、目をつぶってしまった。

 「天国にいるのか」頭が混乱し、湯気を雲だと一瞬間違える。

 だが忌々しい自分の体を見て、夢を泡のように消し、叫んだ。

 「なんで死なないんだ!」怒りに満ちた叫びを放った。


 ナイフが後一寸で血脈を指すところなのに、手は微動だにしない。

 また、時は止まった。


 自分の顔を見て、怒りがまた湧いてきた。

 手を拳にし、目の前にある自分の顔を殴ろうとした。

 だが、幽霊のように、手が完全にすり抜ける。

 愕然し、小刻みに震えている手をそっと抜く。

 そして怒った。

 怒声を言い散らし。

 世界に怒り。

 神に怒り。

 仏に怒り。

 そして...


 自分に怒った。

 自分をも殺せないほど、無能だとは思わなかった。

 だが結果を見たらこのざまだ。

 自殺すら、出来ない無能。

 大暴れしたのにも関わらず、風呂の水は何事もなかったように清冷で、波一つ立ってない。

 湯気も止まっていて、霧のように満ちていた。

 そして体は傷ひとつ、付いていない。

 そしてまた、怒りに身を任せた。死ぬことを忘れ。ただ、怒った。


 「あああ!」

 叫び声を上げた。

 そして叫び声を上げたと同時にナイフが壁に当たった音が強く響いた。そしてナイフは風呂の水に浸たっていった。

 湯気はまたくねり。

 水は波を立て。

 時はまた動き出し。

 自分の体に戻っていた。




吊る


 時間停止を二回経験し、学んだことは一つ。発動条件は、自殺したいと思った時だ。

 神はなんと残酷か。

 何千人も死んでいる人達に救いの手を出さず。わざわざ死にたい人に「生きる」という名の苦痛を与える。

 もし神がいるのなら、なんというクソ野郎なのだろう。

 

 「三度目の正直」

 普段はあてにならないことわざを今日は信じることにしよう。言えば神様は聞いてくれるかもしれない。

 きっと、もっと、強く祈れば願いを叶えてくれるだろう。応えてくれるだろう。欲しい答えを。

 そう信じる。そう信じたい。強く信じれば、事実になるはずだ。


 信じる強さと比例に、縄を強く結ぶ。

 少し引っ張り、体重支えられることを確かめる。

 「神よ。慈悲を。願いを。」

 死ぬ祈りを説く。

 椅子の上に立ち、首を和の中に突っ込む。

 足に力をいて、震えている手を縄から離す。

 椅子を蹴ろうとする瞬間。


 時はまた止まった。

 神はこたえてくれなかった。


 神に、  

  社会に、

   友達に、

    親に、

     見捨てられ。

 生きていたくない気持ちが強くなる。

 だが不思議に怒りは湧いてこない。

 虚しさだけが広がっていく。


 そして永久に感じる時間で喚いた。

 悲しみ終えたら、哀しみ。

 哀しみ終えたら、悲しみ。

 切ないという甘ったるい言葉では表せない、火炙りのように強烈で、台風のように荒れている。

 苦しいえんは立ち切れない。

 


 いつかは忘れていたが、とうとう死にたい想いに疲れ、時間が戻った。

 膝につき、強烈な敗北感を味わう。また敗北者だ。





 負けることが嫌いだ。

 だから神に言う。

 「人間がどれほど往生技が悪いか見せてやる!」

 雨が降っている灰色の雲に叫んだ。

 濡れたレールを通り越した。

 また、あの風景が見えた。

 下には人がいない。


 手でレールを押そうとした瞬間。


 またあの走馬灯のような感覚に合った。

 大粒の雨が、涙のようでもあり、宙に浮いた美しく透き通った宝石のようでもあった。落ちながら、そう思った。

 そしてすぐに、下に無傷に降りたった。


 時はまた止まった。


 だが、今回は何か違っていた。


 目の前には「アレ」はいた。

 全てでもあり、無でもある。

 光であり、影でもある。

 「ヲは全て見てたよ。」

 だが確実にアレはいて、話し始めた。

 「あなたは誰なんだ」

 

 「ヲはあなたの起点であり、終点でもある。ヲはあなたの全てであるけど、あなたは気付かない。ヲはあなたである。」

 ヲは建物の上にある自分の本体へ視線向ける。

 「ヲはこれ以上この世界は作れない。これで自殺は止めてくれる? ヲはあなただから、あなたが死んだらヲも消える。ヲは、まだ生きていたいから。」

 何事もないように、ヲは言った。


 そして、時間がまた動き始めた。

 

 雨が強く顔に降り。鮮烈に雨とコンクリートの衝突が聞こえる。

 だがゆっくりと雨のことは考えられなかった。

 「うわあっ」

 息を吐くように言った。

 突然濡れたコンクリートに滑り、一瞬宙に体が舞い上がった。

 このままでは落ちる、そう思う前に体が動いていた。

 必死で建物の端を掴んだ。だが濡れたコンクリートはもちろんつかみにくった。


 「死に。たく。ない!」

 さっき思っていたことと矛盾している発言だった。

 脳が、体が、本能的に死にたくないと叫んでいる。だから、死にたくないと言ってしまった。

 そう言った瞬間、腕に力が入り、なんとか体を持ち上げた。


 雨はまだ顔に当たっているが、その威力は弱まり、心地よかった。

 屋上の上で大の字で点を見上げている。

 体は疲労と痛みが感じる。だがそれは不快ではなく、生きている感覚を与えてくれる。

 それでも、頭痛が本当にひどい。

 今まで感じた物ではなく、頭というよりも脳が痛い。

 ヲはなんだっとのか。神か、幽霊なのか。天使か、悪魔か。もしくは未来の自分か。

 だがそれを考えられないほど脳が痛かった。

 眠気が遅い、目を閉じそうになるが、その前に一瞬、脳が自分と別の生き物かのように感じた。

 そのことを、心に記憶することにした。


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