ブラックコーヒーとイチゴパフェ
あれから5年が経ち、一樹も真も22歳になっていた。
「おひさー 真君!」
走ってくる一樹に気付くと真は小さく手を上げた。
一樹は高校卒業後、父親の植木屋を手伝い始めたが、江戸時代の植物を研究している大河原さんの講演を聞きに行き、直接頼み込んで大河原さんの園芸センターで働かせてもらっていた。
真は大学の教育学部に通い、日本史教諭を目指していた。
「真君から遊びに誘ってくるなんて珍しいね。どうしたの?」
「まあいいから……とりあえず入るぞ」
真は江戸文化博物館のチケットを手渡した。休日の博物館は親子連れで賑わっていた。
一樹は、懐かしいとはしゃいぎ、展示してある江戸の町や人々を再現したミニチュアを見て
「あっ 日本橋! 人がいっぱい!」
「この中に霧島屋の人いないかな? ……イカツイ顔のあの人、亀ちゃんかな?」
と夢中で真に話しかけた。
「ああ」
真は生返事を返し、
「全然変わんねぇなお前は……」
しみじみと言った。
*
一時間くらい博物館を回った後、二人は外のカフェに入った。
客は少なく、コーヒーカップとソーサーがカチッとぶつかる音だけが聞こえていた。
席に座り、真はコーヒー、一樹はイチゴパフェを頼む。
ブラックコーヒーを一口飲んだ後、真が口を開いた。
「ずっと言うか迷ってたんだけど……お前、ニュースとか見ないから知らないと思って……。先月、雪姫さんの肖像画と
一樹はパフェを一口食べ、差し出された資料を受け取った。真は静かに説明を始める。
「雪姫さんは、霧島屋から帰った五ヵ月後に
じっと資料を見ていた一樹が、
「忘れず草は?」
ポツリと聞いた。
「猪野さんの日記に書いてあったよ。『姫君様は
真はブラックコーヒーに映る自分を見つめ、説明を続ける。
「岩穴にあった祠の話なんだけど、こっちの世界には消えちゃってないけどさ……江戸では、雪姫が親と離れ離れになった者を親元に帰れるように願掛けした祠だと、庶民の間で有名になって……あの祠に祈願する人が増えたらしい」
「それで、あの祠に『姫君様が直々に
それを聞いた一樹は、ビルと車しか見えない都会の喧騒を眺めて、雪姫と二人で見た龍のつくり木と、どこまでも広がる江戸の空を想った。
パフェの上のアイスが溶けかかっていた。
自分が江戸にいた痕跡が
「雪ちゃんはこんなのっぺらぼうみたいじゃない……」
と呟いた。
パフェをさらにもう一口運んだ。スプーンを口に運ぶたびに大粒の涙が一樹の頬を伝った。
bloom ~高校生が江戸の植木職人に~ とまと @ki-toma
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます