エピローグ
私は夏祭りがあった神社の階段まで来ていた。その階段をゆっくりと上がる。途中で何人かの人とすれ違ったけど、やはり私には見向きもしない。
明かりの点いていない提灯を眺めながら、階段をようやく上がりきった。すると近くに金魚すくいの屋台を見かけたので、私は立ち寄った。
「おっちゃん」
そこには、かなり老けたおっちゃんの姿があった。夏の暑さを辛そうにしながら、せっせと金魚すくいの準備に励んでいた。集中しているからか、声を掛けた私に気付く様子がない。
つまらないので、私はその場を立ち去った。
次に私は、山の高いところにある花火が見えるスポットまで向かった。そういえば道中で、杏がラムネを盛大に零したのだ。思い出すと可笑しくて、私は笑った。
その場所に着いた。明るい時間にあまり来たことがなかったので、そこから見える絶景に私は息を呑んだ。団地が見えるし、その先にある海が見える。そしてその海に浮かぶ孤島までも見えた。夜だと海は真っ黒だし、団地は点々と明かりが点いているだけだったけれど、昼間だと全てが見える。団地の隙間を縫うように自動車は走っているし、海は青々と煌めいている。鳥たちが飛び交い、人々の営みでさえ垣間見える気がする。
私が関与しなくとも、世界は回る。私の知らないことが増え続ける。それは好きな人であっても例外ではない。
私は死体を埋めた木の場所までやってきた。
「杏」
私は呟いた。私は好きな子の時間を止めた。杏はあの日の夏祭りまでの杏しか存在しない。成長して、大人となって、醜くなってしまう杏はいない。純真無垢で、着物が良く似合う。繁のことが好きだけれど、ひょっとしたら、もしかしたら私のことだって好きだったかも知れない。そんな杏しか存在しない。
私は地面のその先を見た。
そこには二人の遺骨が、寄り添う様に埋まっていた。
今も尚、私と杏の時間は止まったままだ。
田舎と夏祭りと記憶喪失の彼女 violet @violet_kk
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