第8話
ザクリ。そんな音が響く。刃物がズブズブと、肉を抉っていく感触が伝わってくる。
「智也君?」
杏は何が何だか分からないといった様子で、私を見ていた。
「が、ふっ……!」
ようやく痛みがやってきたのか、杏は苦しむように私に寄り掛かった。杏の両手が、私の服を握りしめる。仄かにラムネの匂いがした。
「杏の時は、ボクが止めるよ」
そして再度、私は杏を刺した。直後。ヒューンという音が上空から鳴り響く。見ると空に火の玉が上昇していた。やがて天高く上昇したそれは、ドーンと低い音を強烈に響かせて、花が咲き誇ったかの如く爆発した。
花火が打ち上げられたのである。その煌びやかな爆発は、私と杏を煌々と照らしていた。
「おーい、杏ぅー!」
と繁の声が聞こえてきた。私は彼女を抱きかかえると、茂みに身を隠した。
「あれ、杏?」
姿が見えない杏を、繁は探していた。彼の手には林檎飴が握られていた。私はそれを確認すると、彼女を背負ってその場を離れた。
*
「智也、君……」
苦しそうな杏の声が、耳元に聞こえてきた。驚いたことに、杏はまだ生きているらしい。
「変わってしまう杏が、嫌だった」
私は杏に言い聞かせる様に、ゆっくりと言った。
「繁のことが好きな杏が、嫌だった。夏祭りが終わって離ればなれになって、またボクの知らない杏が増えてしまうのが、嫌だった」
私は独白をしつつ、森の中を進んでいく。もうどこにいるのか、私でさえ分からない。戻ってこれる自信もない。
「ボクは杏のことが好きだったんだ。告白しようとしたのに、杏はその前にいなくなってしまった。やっと再会できたと思ったのに、杏はボクのことを忘れて、繁のことが好きになっていた」
やがて私は立ち止まった。もう息もしておらず、心臓の脈動の感触もしない杏を降ろした。そして手頃な木の下を掘った。最初は手で掘っていたけど、人を埋める程の穴を掘るのは大変な作業なのだと思い知った。私は掘るのに丁度良い石を偶然見つけて、それを上手く利用して掘り進めた。
ドーン、ドーンと背後の空から花火の音が聞こえる。耳を澄ませば、虫の音も聞こえてきた。
これで私と杏の時は止まる。もう私の知らない杏は、増えないのだ。
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