第7話
花火が良く見える場所まで着いた。そこは山の高いところだった。木々が少なく、開けた場所。木の柵で覆われていて、その先から団地と海と、花火が打ち上がる孤島が見えた。
木の柵の近くにはベンチがあった。私たちはそこに腰掛けた。
「花火が打ち上がったら、告白をするから。分かってるよな」
とヒソヒソ声で繁は言った。
「ねえ繁。告白の時に、プレゼントをした方が良いよ」
と私は提案した。
「プレゼント?」
「うん。その方がロマンチックでしょ」
「確かに。買うならお祭りの屋台かな。でもプレゼントに合うのが見つかるかな」
「時間いっぱいまで探して、見つからなかったら林檎飴とかで良いと思うよ」
「林檎飴? まあ、とりあえず探してみるか」
「繁が来るまでに、ボクも席を外しておくよ」
話がまとまった。繁はさっと立ち上がる。何事かと、杏は立ち上がった繁を見上げた。
「ちょっと食べ物買ってくるよ」
「えー。花火が上がる前までに戻ってきてよ」
「分かってるよ」
繁と杏はそんなやり取りをして、繁は走って行った。
「ねえ、杏。ボクのこと、本当に覚えてない?」
杏と二人きりになった私は、何度も聞いたことを再度確認した。
「うん。ごめんね。智也君のこと、全然覚えていないんだ」
杏は申し訳なさそうに言った。
「そっか」
と言って私は立ち上がる。
「智也君?」
「ちょっとボクも何か買ってくるよ」
「ええ、私一人?」
「すぐ帰ってくるから」
と言って私もその場を去った。
*
私は金魚すくいの屋台の近くまで来た。おっちゃんは水槽の前で掬いを構える子供達の相手をしていた。
私はおっちゃんに見つからないように、屋台の裏側を縫うように近づいた。金魚掬いの裏に配置された台と椅子。その台の上に包丁が放置されていた。先ほどおっちゃんが、スイカを切る為に使用されたものだ。
私はその包丁を、そっと手に取った。おっちゃんに見つからないように、そっと。そして服の下にそれを隠した。
*
私は杏の元へ走って戻った。服の下に包丁を忍ばせているから、転んだら危なかった。でも子供の私は、そんなことは考えもしなかった。
杏はそのまま、ベンチに座って夜空を見上げていた。
「杏」
と私は呼びかけた。すると杏は、顔を少しこちらに向かせた後、また星空を見上げた。
「夏祭りが終わったらさ。お別れなんだね」
杏は寂しそうに呟いた。
「私は家族の元に帰るし、智也君も引っ越しちゃう」
「うん」
「何だかさ、夜空に見えている星が、私たちみたいだなって」
奇遇なことに、杏は私と同じ事を思っているのだった。
「今見えている星は、過去の星。祭りの後に別れる私たちも、それぞれがお互いのことを想うのだけど、でもそれは祭りの間の私たちのことだけ。見えているのは、過去の私たち。本当は、それぞれが別の人生を歩んでいるのに」
杏は、そして振り向いた。彼女は悲しそうに笑っていた。
「何だか、切ないよね」
杏は言った。
「うん、切ないね」
私は同調する。
「このまま時が、止まったら良いのに」
杏がそう言っている間に、私はゆっくりと近づいていく。右手の平には固い感触があった。包丁の柄の感触だ。
「時は、止められるんだ」
私が呟くと、杏は驚いたようにこちらを見た。
「そうなの?」
うん、そうだよ。
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