レポートが終わらない

外清内ダク

レポートが終わらない



 俺にはぜんぜん価値がない。

 だってレポートが終わらないんだ。

 助けてくれ。このままじゃ、またBグレードを取れないままシーズンが終わる。もう少しなんだ。内定だって出てる。レポートさえ間に合えば俺はTSCLを卒業できる。

 やっと人間になれるんだ!

 交配権を手に入れたら最高にかわいい女の子を奴隷にしてやる。ぐっちゃぐちゃにしてやるぞ! いや、男の子のほうがいいかな……いや、やっぱり女の子だ。もう候補をカートに入れてあるんだ。身長はやや低め、胸は大きめのお尻は小さめで、手足はスリムタイプ。そしてもちろん一番大事なのは眼だ。眼鏡が完璧に似合う切れ長の眼じゃなきゃだめだ。値段はかなり張るけど、一生モノだしな。安物には10年くらいで細胞崩壊してしまうような不良品も混ざってるらしい。結婚するなら、やっぱりちゃんとしたメーカーの純正品でなきゃ。

 さあレポートを終わらせるんだ。早くやるんだ。Whispertを見てる場合じゃないぞ。タイムラインを追っかけてる場合じゃない。おい、Whispertを閉じろ! レポートに取り掛かれ!

 Bになれば、俺はもうユニットじゃない。立派な人間、AIを自在に操るまともな人間だ。肉の器なんていう前時代的な束縛から解放された進歩的で理性的な人間になるんだ。いつまでも肉体にとらわれ、C以下でのたうち回ってる連中とはわけが違うんだ。

 なのにレポートが終わらない。ぜんぜんレポートが終わらないんだ。原因はこのAIだ。Ar-Zen-Guから落としてきたキュレーターがとんでもないポンコツなんだ。収集してくる情報が異常に偏向して古臭いってだけじゃない、何もかもがしっちゃかめっちゃかに間違ってるんだ。まさかと思ってコードを覗いてみたら……は! 隅から隅まで糞コードの塊だ! 自力で書き直さなきゃ。自力で!? コードを!? 冗談じゃない、ボストン幕府のサムライじゃあるまいし!!

 いや、サムライだってもう少しまともなAIを組む。苦しいな。すごく苦しい。こんな苦しみを味わってるのは現代人だけだろう。昔はよかった。たとえば20世紀とか21世紀とか、そのくらいの時代にはまだAIもなかったろうし、課題レポートに追われることもなく、のんびり暮らしていたはずだ。原始的で牧歌的な生活。差別もなく、格差もなく、誰もが尊重され、人間的に暮らせていた古き良き地球……どうして世の中、こんなふうになっちまったんだろう。

 俺だって長いTSCL暮らしで歴史学くらい学んだよ。なんたって時間はたっぷりあったからな。21世紀っていうと……すごく昔だ。環マリネリス超政府よりもボストン幕府よりも昔。四・二廣汎化運動よりは後かな? 前だっけ……まあとにかくそのくらい昔で、まだ趙紫軍コンピュータも発明されていなかった。その時代にS.B.ファーストがこんな名言を吐いてる。

「技術はいつも手の先にある」

 ホント、その通りだよ。C以下の馬鹿どもは技術ってやつを魔法か何かのように思ってやがる。AIはそんなものじゃない。AIは手の延長なんだ。というのはつまり、何か知的作業をするとき、本当に知的なところはそのごく一部にしかない。残りのほとんどは単純な条件判断、物を認識して適切なリアクションを返すだけの仕事に過ぎないんだ。脳みそなんてほとんど使っちゃいない、手癖で動いているだけさ。ところが俺たちには普通、手が最大2本しかない。そこを肩代わりしてくれるのがAIだ。AIなら手を100万本にも10億本にも増やせるんだ。ひとりで10億人分の仕事ができるってことだ。だから俺たちの価値はAIを扱う能力によってのみ決まる。10億倍働ける人間ひとりは、1倍しか働けないユニット10億体分の価値を持つんだ。だから俺たちは懸命に学んできたんだろ?

 ちくしょう! レポートがぜんぜん進んでないじゃないか! なんでまた俺は『S.B.ファースト/概要』なんて記事を読みふけっていたんだ!?

 タイムリミットが迫ってる。何も成し遂げられないまま人生を終わるなんて絶対嫌だ。俺は人間になりたい。俺にはもう後がないんだ。年齢的に限界なんだよ。ここ数年は毎年スコアが落ちてきてる。間違いない、脳の老化がのっぴきならないところまで来てる。先に脱落していった連中が俺のことをなんて言って嘲笑ってるか知ってるか?

「あいつもう何歳だ?」

「50年前は23」

 うるせえよ! 黙ってろ! 何年かかったって、勝った奴の勝ちだろうが!

 人間になるのを諦めて、去勢としょぼくれた生活を受け入れた敗者ども。まあ、お前らの選択を頭ごなしに否定はしないよ。俺の立場はリベラルだからな。世の中にはいろんな生き方があっていい。Bグレード入りを諦めてさえしまえば、75歳までゆっくりのんびり遊んで暮らせる。課題も試験もレポートもない。与えられた生存許可を毎年少しずつ食い潰しながら、死ぬまで生きることができる。それもまた、ひとつの道だろうさ……

 でも俺は嫌なんだ。

 何年かかってでも……年老いて、皺くちゃの老人になってしまっても……俺は夢を叶えたいんだよ!

 急がなきゃ。生存許可はあと2年分しかない。もう後がないんだ。今期を逃せば、来期はもっと状況が悪くなる。急げ。急いでレポートを仕上げるんだ。ちくしょう。涙が出る。止まらない。本当はもう分かってる。俺には才能なんかないんだ。俺は凡百のユニットだ。世界の頂点できらきら輝くAグレードの英雄たちとは格が違う。万年Cグレードの『その他大勢』なんだ。

 俺にはぜんぜん価値がなかった。

 俺は『特別な誰か』にはなれなかった……

 ……違う! 過去形なんかじゃない。まだ終わってなんかいない。見ろ、俺は今もレポートを書いてる。72056個ものAIを動員して、人生で最高のレポートを仕上げようとしてる。ほら! 俺のテキストはこんなにも論理的で、独創的で、示唆的で、人類の輝ける未来へ一直線に繋がる梯子のようじゃないか。これさえ完成すれば俺は人間になれる。俺は俺の価値を掴み取れるんだ!

 なのに……どうして。なぜなんだよ。

 ぜんぜんレポートが終わらないんだ。



THE END.

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