第37話 八倍の敵②

黒い巨人が右腕の巨大な棍棒こんぼうを振りかぶる。井出を狙った一撃を彼は危なげもなく軌道の外側にかわす。井出は気付いていた。今、対峙している四機の巨人たちの動きは前回戦った黒い巨人には遠く及ばない。モーションが遅く攻撃に鋭さが無いのだ。


操縦士パイロットが未熟ってことかな? だけど油断は禁物だ!」


井出は赤い夢で見たエルフ少女メルキァの言葉を思い出す。


(ちょっと訓練したような新兵ルーキーには無理だな。こんなものを開発しても乗る者が居なければ意味が無いのに・・・。)


井出をとらえられずごうを煮やしたのか、四機の巨人たちは彼を取り囲もうと散開する。流石さすがに四方から一斉に攻撃されては一溜ひとたまりも無い。井出は包囲される前にマークの操るユクスサルヴィーネに合流すべく移動を始めた。だがマークの居る方向とは反対の左だ。


彼は左の小隊、四機を誘う様にわざとゆっくり移動する。黒い巨人たちは左手の盾を前面に構えながら井出に迫る。


「さて、始めますか。」


彼は軽い口調でつぶやく。そしてイメージする。岩の様に頑強がんきょうに、つばめの様に速く、虎の様に力強く・・・。瞬間、井出の全身が再び淡い三色の光に包まれた。棍棒を振り上げ、攻撃を繰り出そうとする正面の黒い巨人の右腕の下を一気に駆け抜ける。


井出の技能スキルによって、さらに底上げブーストされた俊敏性に黒い巨人の操縦士パイロットは対応出来なかった。すれ違いざまに脇の下から繰り出される突撃刺突剣アザルレイピオンが巨人の右肩関節を砕く。そのまま背後に回り両膝の関節も破壊した井出は、中央の小隊の背後を襲うべく一気にトップスピードで駆け出した。


「ビキビキビキッ! バキバキィーン!」


井出を追尾しようとした左翼小隊の残存三機の巨人たちの行く手に巨大な氷塊が出現する。七海の撃ち込んだ氷結弾パカスト・ミネンルアットだ。エルフ族の魔法特性を上乗せされた上、アヤの精霊力共有マーナ・ヤーを受け威力を大幅に増した青白い光球が発生させた直径30mはあろうかと言う氷山が巨人たちを足止めした。


次の瞬間、エマのライフルから放たれた氷結弾が三機の巨人たちの脚に次々と着弾する。44マグナム弾に何度も重ねて付与された氷結弾が脚全体を巨大な氷塊で固めてゆく。転倒した所に真由美の放つ氷結弾の連打が襲った。肩や肘を氷塊で拘束され、井出を追う巨人たちは擱座かくざしてしまった。


「皆、流石だね。これで動き易くなったってもんだ!」


エマと三人の女子高生たちの的確な支援に井出は快哉かいさいの声を上げる。そして速度を上げて、マークの操るユクスサルヴィーネに殺到しようとする八機の黒い巨人たちの背後をおびやかした。すかさず腰のホルスターから拳銃M629を抜き放ち、彼は射撃を始める。


井出の急接近に対応出来なかった巨人たちは次々と脚に被弾してゆく。エマが丁寧に重ね掛けして付与してくれた氷結弾が両脚を凍り付かせ動きを拘束してゆき、たちまち六機の巨人が転倒する。


そこに魔導ライフル隊やエマ、七海、真由美の氷結弾が雨霰あめあられと撃ち込まれ機体を拘束してゆく。ただし操縦士パイロットが乗る胴体部分には氷塊は発生しない。それが人類にんげん操縦席コックピットに乗り込んでいることを証明していた。これで自由に動ける巨人は残り二機、こうなれば数の上での不利はない。


「一機ずつの能力は大して高く無い。このまま確固撃破出来れば・・・。」


井出は呟きながらユクスサルヴィーネに向かう二機の黒い巨人のうち、自分に近い方の背後に迫った。操縦席コックピットのハッチドアらしきものが見える。その上部にある二ヶ所の蝶番ヒンジ突撃刺突剣アザルレイピオンで破壊して、彼は取っ手をつかみ力任せに引っ張った。


「筋力強化」の付与魔法と技能スキル強き虎マーハティーケル」のお陰でハッチドアは、いとも簡単にがれる。それを放り投げ、内部の操縦士パイロットを制圧しようと中を覗き込んだ井出は驚きの声を上げた。


「げ! なんだ、コイツは? 人類にんげんなんて乗ってないじゃないか!」


彼の視界にあったのは肌色をしたマネキン人形のような物体だった。しかし、その体表はヌメヌメと光っており生物のような蠕動ぜんどうを繰り返している。むしろ、その少女のような体のフォルムが余計な生理的嫌悪感を増幅していた。


不意にそれが井出を振り返る。頭髪も生えていない、その顔面には目も口も無かった。辛うじて鼻梁びりょうと認識出来る部位が盛り上がっているだけだ。彼は本能的に恐怖を感じ右手の突撃刺突剣アザルレイピオンで、「それ」の胸部を貫ぬく。


「うわあぁぁっ!」


井出の繰り出した刀身に貫かれた「それ」は激しく痙攣けいれんしながら活動を止めた。てのひらから伝わる感触になんとも言えない罪悪と嫌悪の情を感じながら、彼は「それ」を巨人の操縦席から引き出す。一体、この物体は何なのか・・・?


井出がそんなことを考えている目の前で、「それ」は泡と共に消えていく。そうだ、かつて彼が倒した「外敵バフィゴイター」の邪悪のナメクジパハエタナと全く同じだ。その時、激しい破壊音が草原にとどろいた。マークのユクスサルヴィーネが最後の巨人の右肩を打ち砕く音だった。


「そうら、これでおしまいだよ!」


マークの声が外部スピーカーから響く。彼の駆るユクスサルヴィーネが左腕の強化装甲盾マーハパンツァリーを振るって、黒い巨人の右膝関節を破壊した。そして右手に装備する突撃刺突剣アザルレイピオンで、うつぶせに転倒し藻掻もがく巨人の左肩、頭部ユニット、股関節を次々に貫いて機能を奪って行く。


「思っていたより他愛無かったね。さあて、後片付けを始めようかな。」


マークの声が外部スピーカーから流れる。井出は手を挙げてマークに声を掛ける。


「マーク君、ラヴィー・マムに報告することがあるので一旦ここを離れます!」


「了解、井出巡査部長。じゃあ僕は残りの巨人たちの無力化を始めておくね。」


マークの返事を聞くと、井出は防御結界の中に待機する移動城塞リィーカリンナに向かった。助走を付けて一気にジャンプし、高さ10m以上ある甲板上に飛び乗る。そのまま、指揮をるラヴィニアの所に歩み寄った。


「ラヴィー・マム、今回の巨人兵器に乗り込んでいた操縦士パイロットなのですが・・・。人類にんげんではありませんでした。一体、『あれ』は何なのでしょうか?」


「うん、やっぱりね・・・。大体、察しが付いていたわ。」


井出の報告にラヴィニアは嘆息しながら答える。どうやら彼女には思い当たることがあるようだ。説明を続けようとラヴィニアが口を開こうとしたとき、アヤのPHSピッチの呼び出し音が鳴った。


「なんですって、『保安官の町』にも黒い巨人が現れたの?」


通話を始めたラヴィニアが叫ぶ。井出もその内容に驚いて彼女を見つめた。その瞬間だった。上空に白く明るく輝く光球が発生し、何かの信号を伝えるようにまたたいた。


「ドズンッ!」


不意に大きな爆発音が起こる。花火を間近で見る時のような腹に響く大音響と共に黒い巨人たちが次々と爆発した。そして、その爆発にマークの乗るユクスサルヴィーネが巻き込まれていった。

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駐在さん走る!《異世界の治安は俺が守る》 ぶっちゃけマシン @nabe4645

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