第36話 八倍の敵①

「敵の本隊は遥か後方のようだよ。反応はあるけど遠すぎて数まではカウント出来ないや。巨人兵器だけが四機ごとに隊列フォーメーションを組んで接近中。『外敵やつら』も、この間の戦いで学習したみたいだね。」


マークが乗るパタゴレア「ユクスサルヴィーネ」の外部スピーカーから敵機の動きが報告される。「この間の戦い」とは三ヶ月ほど前に井出と三人の女子高生のみで6000体近い『外敵バフィゴイター』共を蹴散らした夜の出来事を指している。


あれだけの大群をたった二時間弱で全滅させられた上、何の成果も得られなかったことから『外敵やつら』が学習したとマークは言うが、果たして本当に彼らに知性があるのかと井出はいぶかしんだ。


「確かに意味も無く前面に展開したって、こちらの魔法攻撃イルヴァルマキ蹴散けちらされておしまいだものね。彼奴あいつらの姿形からは想像も着かないけど、確かに何か考えがありそうだわ。それとも・・・。」


ラヴィニアも息子マークに同意する。彼女が言葉の最後を濁したことに井出は気を取られた。


「はい、コーイチ。全弾に氷結弾パカスト・ミネンルアットを付与して置いたわ。要所で上手く使ってね。」


エマが青白く光る18発の44マグナム弾を手渡して来た。井出は自分の拳銃M629と二個のスピードローダーから弾丸を抜くと、彼女の差し出す氷結弾に入れ替えてゆく。抜いた44マグナム弾はエマに返した。


「浩一クン、バラバラに戦ってはダメよ。マー君のユクスサルヴィーネとしっかり連携を取ってね。貴方あなたが敵を攪乱かくらん、足止めしてマー君が一機づつ確実に潰す戦法しかないわ。」


黒い建造物「真の神殿トル・マルヤクータ」の作り出す強力な「防御結界」すら破壊出来る装甲巨人兵器パンゴレアが16機、対してこちらの戦力はマークの乗るユクスサルヴィーネと付与魔法ミンダルヴァルマキで強化された井出の二ユニットだけ。幾ら、ユクスサルヴィーネが最新式の装甲魔導巨人兵器パタゴレアとは言え、正面からまともにぶつかっては勝ち目は無い。


「私達は『移動城塞リィーカリンナ』から指揮と支援を行うわ。皆、付いて来て!」


ラヴィニアがエマと真由美、アヤ、七海に声を掛け「動く城」に移動を始める。直径50m、高さ10m以上の巨大な『移動城塞リィーカリンナ』の上からなら戦況が良く見渡せる。しかも魔法での支援もし易く、指示を出すための外部スピーカーも備えているからだ。


「今回は三人で共有ブーストして強化魔法を掛けて貰えるかしら。浩一クンもあれから相当鍛えてるわ。あの時みたいに反動でダウンすることも無いから安心して!」


ラヴィニアの指示で真由美、アヤ、七海が手を繋いで精霊力共有マーナ・ヤーを唱える。そして、それぞれ「身体強化」「俊敏性向上」「筋力強化」を井出に付与した。彼の全身が赤や青、黄色の淡い光に包まれる。


「おお、これは凄い! いつも掛けて貰ってるよりも効果が段違いだ!」


真由美が持つホルビー族の、アヤが持つドワーフ族の、七海の持つエルフ族の長所が上乗せされた付与魔法ミンダルヴァルマキにより井出の体中の力が、素早さが、堅牢さが普段より遥かに高く押し上げられてゆく実感がある。


「そろそろ、先頭の小隊が見えて来る頃だね。残りの小隊は横に並んで三隊、続いて来るよ。」


マークの声がユクスサルヴィーネの外部スピーカーから響く。この世界アルヴァノールでは電波を利用する通信システムが無い。そのため超音波や光を利用した通信システムがあるのだが、井出は装備していない。その為、外部スピーカーで直接音声を流しているのだ。


「せめて無線が使えればなあ。警察無線も一台だけあっても宝の持ち腐れだ。」


彼は歯噛はがみする。一応、ユクスサルヴィーネには指向性集音マイクが装備されており、井出の言葉を拾って中継しているそうだが乱戦になれば正確に声を拾うことは難しいだろう。


「先頭の小隊はおとりよ。慌てて飛びついたら、後続の三個小隊に包囲されてお終い。ギリギリまで引き付けてから一気に仕掛けるわ。」


ラヴィニアの指示が移動城塞リィーカリンナの外部スピーカーから伝えられる。その場の空気がみるみる緊張してゆく。やがて草原に四体の巨人兵器が姿を現した。


「あれは・・・。今度は武器を装備しているのか!」


井出は思わず声を上げた。前回、対戦した黒い巨人と違い右手に巨大な棍棒こんぼう、左手に盾を装備している。その代わり、肩から二本の細長い腕は生えて無い。四機の黒い巨人兵器は横一列に並んで駐在所に向かって接近して来た。


「ライフル隊、撃ち方始め! 弾種は火炎弾アルタポックルアット氷結弾パカスト・ミネンルアットだ。」


保安官補ジェフの指示でドワーフ族とホルビー族混成のライフル隊が射撃を始める。屈強なドワーフの男たちが水平二連の銃身を持ったライフルを構えた後ろでホルビー族の男女が楽器を掻き鳴らし踊る。銃身が青く光り、赤色や青白い光球が銃口から次々と放たれてゆく。


ライフルの銃身にツーリ魔法ヴァルマキで圧搾空気を送り込み、その圧力で発射された弾丸に魔法攻撃イルヴァルマキを付与する。射手であるドワーフたちは自身の体やライフルに強化魔法をかけてライフルの破損を避け、激しい反動に耐える。これが「魔導投射タイカートリトスライフル」の原理だ。


ドワーフ族とホルビー族の長所を生かして、ヒウムの様に火薬が使えなくても高速で銃弾を撃ち出し、銃弾に魔法攻撃を付与してエルフ族並の攻撃力を発揮することが可能だ。何より魔法攻撃において無力に等しかったドワーフ族の男性が活躍出来るようになることは大きい。


しかし、先頭の四機の巨人兵器に向かっていく銃弾のうち、赤い光の尾を引いているものは次々と光を失い失速していく。巨人たちの黒い装甲に弾かれてカンカンと空しい金属音を響かせるだけだった。一方、青白い光の弾は命中した箇所に巨大な氷塊を出現させる。


「やはりか・・・。ライフル隊、弾種は氷結弾パカスト・ミネンルアットのみだ。徹底的に撃ち込んで、先頭の四機の動きを抑え込め!」


保安官補ジェフが溜息をついた。しかし、すぐに指示を切り替える。巨人兵器にパイロット、つまり人類が乗っている限り魔法攻撃は通らない。それを予測していたため混乱は無い。彼は冷静に巨人たちの動きを止めることに専念した。


「今よ、二人とも前に出て!」


ラヴィニアの指示で井出とマークの乗るユクスサルヴィーネが前進する。加速力に優れる井出が先に「防御結界」に沿って建てられた木塀を跳び越え、黒い巨人の一機に突進する。足元を大量の氷塊で固められて動きを封じられた巨人兵器の両肩の継ぎ目に右手に持つ突撃刺突剣アザルレイピオンを続け様に突き立てた。


ミィスリウムで鍛えられた、その刀身は精霊力マナを供給することにより超振動している。巨人の一機は事も無げに両腕を失い、その戦闘力の大半を奪われた。井出は念のため頭部のセンサーユニットにも一撃を加えてから、次の目標に向かう。


「ひゃあ、早速さっそく一機撃破! 僕もしっかりしないとね。負けないよ、井出巡査部長じゅんさぶちょう!」


続くマークが駆る装甲魔導巨人兵器パタゴレアユクスサルヴィーネが足元を固められて動けない黒い巨人の二機目の両肩を砕く。そのまま股関節部分を強化装甲盾マーハパンツァリーで破壊して完全にその戦闘力を喪失させた。


「マー君、もしも無理なようなら操縦士パイロットの保護はしなくても良いわよ。今はこちらの命が優先するわ。」


三機目の巨人をマークが仕留めた時、ラヴィニアが呼びかけた。井出とマークの二人が操縦席コックピットを狙わず、手足を破壊して巨人を無力化しているからだ。彼女が声を掛け終わったときには井出も四機目の処理を終えていた。脚の止まった巨人兵器の動きは鈍く、棍棒の可動域も制限されている。制圧するのは訳も無かった。


「こちとら得物えもののリーチが足りないから、操縦席コックピットを直接狙うって訳にゃ行かないんですがね・・・。」


井出は向かって左側の小隊に向かって走りながらひとちた。四機を倒したとは言え、あと残り三個小隊。戦力比は六倍、しかも自由に動けるのだ。まだまだ油断は出来なかった。

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