主客転倒であり本末転倒でもある

 自ら生み出した理想の姿、自分自身のアバターである「私」に、本来の「わたし」自身が嫉妬を抑えきれなくなるお話。
 冒頭、主人公が姿見の中に見る「私」とは、「わたし」自身が作り上げた理想の姿。交際相手である先輩と一緒にいる間は常に「私」でいるのだけれど、そのために「わたし」は永久に思い人から顧みられることがない。やがて主人公は自分自身の生み出したそれに倒錯した嫉妬心を抱くようになり……というお話の筋。
 ホラーであり、サイコスリラーであり、またある意味では悲劇でもあります。一見持たざるものの悲哀が根底にあるように見えて、でも同時に持てるものの不幸を描いてもいる。「わたし」自身は恋人に好かれるべき姿を持たず、故に先輩に好かれる外見そのものである「私」を逆恨みする、というのはまさに〝持たざるもの〟の話なのですが、でもそもそもの「私」の存在そのものが「わたし」の所有物なわけです。いっそのことただの絵に描いた餅、永遠に手の届かないただの理想であればよかったものを、下手にそれを実現してしまう力を持っていたが故の悲劇。作り上げた外見と元々の自意識、そのふたつが噛み合わなくなることによって生じる自己同一性の崩壊が、いやまさに崩れていくその様が、軋む情動そのままに著されていました。
 はっきり明かされないながらも、でもところどころに差し挟まれた「わたし」の実体に関する記述が好きです。文字通りに受け取ったなら、どう見ても尋常の生き物ではない。でもギリギリ比喩的表現と見做せないこともないというか、少なくとも確定はしていない。この辺りが想像の余地として機能して、自然と彼女(「わたし」)について考えてしまうのが楽しいです。

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