第16話 愛されるまで転生を繰り返した結果

ディークと共に馬を駆け、数時間。人里から離れた森の中に、私がかつて住んでいた小屋はあった。

陰鬱な雰囲気の木々を通り、もう道らしい道は残っていなかったけれど結界の魔力を頼りにすれば簡単にたどり着いた。


「ここは?」


初めて見る場所に、ディークは目を瞠る。私が結界に触れた瞬間、これまで見えていなかった小屋が現れたからちょっと驚いたみたい。


「むかしむかし、あるところに嫌われ者の魔女が住んでいたの」


馬を下り、小屋の入り口を目指す私は童話の語り口調で自分の過去を彼に話す。


人付き合いが苦手で、姿が醜くてそれがコンプレックスで。

誰かに認められたくて、魔術を次々と身に着けたこと。


魔女の力が目当てだった王子と出会い、あっさりと騙されてこの世を呪ったこと。


そして、愛されるまで転生を繰り返す術式を自分にかけたこと。


古びた扉を開けると、パッと光があふれて明るい部屋が広がっていた。お気に入りだった黒いラグはそのままで、テーブルの上にあった林檎やトマトはまるでもぎたてのようなみずみずしさを保っている。


500年前から変わらぬ姿だと、誰が思うだろう。


「すごいわ。私ってやっぱり天才だったのね!」


足を踏み入れた途端、感動で声を上げる。


ディークはそんな私を無言で見つめ、その後は部屋の中をぐるりと見回した。


「すごいな。そこら中に魔力が溢れている。生活道具のすべてに魔術の痕跡がみられる」


「さすがディークだわ。ひとめでそれに気づくなんて」


ものぐさだった私は、あらゆるものが便利になるよう魔術をフル活用していた。今ならわかる。こんな力を利用しない手はない。王子は、見る目はあったってことなのよね。


昔を思い出し、私は自嘲気味に笑った。


「ま、これほど力を持っていても、恋愛はうまくいかなかったわ」


彼はどう思っているだろう。

この世を今も混沌とさせている魔女が、自分の恋人であり婚約者だっただなんて。


ディークの愛が冷めるとは思えないけれど、どんな反応を見せるかはまったくの未知数で。


奥の部屋に向かい足を進めると、彼も静かに私についてきた。


「こっちにすべての魔術の元があるわ」


漆黒の闇色に染まった、大きな水晶。星座が瞬くようにキラキラとした輝きが、その水晶の中にある。


「すごいな。魔術の結晶体のようだ」


「そうね。これは師から受け継いだものだけれど、私の魔力に反応してこの邸にあるものを操作することができるの。それに、世界中に散らばった罠や呪いもここで解除できるわ」


ベッドの脇にあるサイドボード。その上にどんと置かれている水晶は、こうしてみるとインテリアにしか見えない。どこぞの占い師が持っているみたいなアイテムだ。


「中を見ても?」


「え?いいけれど……」


ディークはそっと水晶に手をかざし、目を閉じて脳内で中身を確認しはじめた。相当の魔力を消費するはずだけれど、彼は特にいつもと変わらぬ飄々とした顔つきだ。


しばらくして目を開けた彼は、隣に立っていた私を見下ろして微笑んだ。


「やはりユウナの魔力は心地いいな」


転生しても、魔力の質は変わらない。

日本人だったときは魔術が使えなかったけれど、体内に秘めた魔力が失われることはなかった。


「ユウナが、かの魔女でよかった」


その言葉に、私は目を瞠る。

どうしてそう思うのだろう?私はどう考えても、よき魔女ではなかった。それなのに、私が魔女でよかったなんて。


彼はふっと目を細め、包み込むように私のことを抱き締めた。


「よかった。鉱山に行ったときから思っていたんだが、魔女の罠から放たれる魔力が心地よすぎて、まるで俺と対になっているかのようだと思っていたんだ。だから」


「だから?」


「俺と対になるのはユウナだけでいい。魔女が俺と対になる者だなんて許せなかったから、存在ごと抹消してやろうと思って時空をさかのぼる魔術の研究をしていたんだ」


すごいわ。徹底した排除態勢!


「魔女がユウナであったなら、何も問題ない。俺が500年前に生まれなかったことで、ユウナには苦労をかけてしまったんだな。遅れてしまって申し訳ないと思っている」


「あぁっ……!ディーク!私の方こそ、あなたを早く見つけられなくてごめんなさい。まさか運命の人があなただったなんて知らなくて」


なんて優しい人なんだろう。

ヤンデレとか思っていたけれど、とんでもない勘違いだったわ。ただの優しい人だったのね!


私ったら勘違いが過ぎるわ、恥ずかしいっ!!


「罠や呪いはそのままでいいのでは?この世が混沌としているとユウナは言うが、平穏が訪れたとしても人は何かを奪い合い憎み合う……その矛先がどこに向いているかの違いで、おそらく大差はない」


そう言われてみると、そんな気がしてきた。

人間の欲深さや愚かさは、魔女のときに嫌というほど実感したから。


「強き者が魔術に打ち勝ち、その功績として鉱山や宝を得る。それは自然の摂理だ」


「さすがディークだわ。私ったらうっかり世の中をまた混沌に落とすところだった……!あなたがいてくれるから、私は今度こそ普通の人生を生きていけると思うの。あなたがいれば、他には地位も名誉も宝石もいらない。王女の身分だっていらないわ。あなたと永遠に一緒にいたい」


強く抱き締め合うと、本当にずっと一緒にいられるような気がした。

ディークはそっと身を離すと、私の額にキスをして微笑む。


「結婚したら、ここに二人で住むのもいい。ユウナが街に住みたいならそうしよう。宮廷魔導士の仕事は、どこでもできる」


ディーク、多分そんなことしたらあなたの上司が泣いちゃうわ。


「ふふっ、ありがとう。でも私、城下町に邸を構えて、魔導士爵夫人としてひっそり暮らすのもいいと思っているの。それにここで暮らすと、昔のことを思い出してしまいそうだわ」


「それは困るな。俺以外の男のことは今すぐ忘れさせたい」


「ディークったら……!」


どちらからともなく唇を重ね、二人のムードは最高潮になった。


が、そのとき、部屋の壁際にあった棚からガタゴトと不自然な音がする。


私はパッと振り返り、そこにあったものを見つけて「あ」と声を上げた。


「いけない。とっくの昔にあなた以外の男のことは忘れていたみたい」


「あれは?」


ディークも私と同じ物を見つけ、目を瞬かせる。


棚の中には大きめの瓶があり、その中には20匹ほどの小さなカエルが。飛び跳ねて「出してくれ」と言わんばかりの彼らを見て、私は苦笑する。


「これまでの転生で、私を陥れたり裏切った者たちの魂よ。あの瓶の中で、永遠に無意味な生を過ごす罰を与えているの」


最も古参は、魔女の私を騙した王子とその婚約者。500年も瓶詰めされていたら、さすがに飛び跳ねる気力はないらしく、2匹のカエルは瓶の底にだらんとへばりついていて、目を開けて寝ているような状態になっている。


私は瓶を棚から出し、フタを開けて窓から皆を放ってやった。


「復讐しすぎたかしら」


何気なくそう呟くと、背後からディークがするっと腕を巻き付けて、慰めるように抱きついてきた。


「魔女に手を出してはいけないというのは、子どもでも知っている。だいたい被害者はユウナなんだ、加害者をどう扱おうとユウナの自由、やりすぎということはないだろう?命があっただけありがたいと思ってもらわねば」


「ふふっ、ディークは私を許してくれるのね」


「当たり前だ。俺の中ではユウナがすべてなんだから」


きっと彼はすべてを肯定してくれる。


カエルたちを人間に戻さなかった、私の底意地の悪さもわかっていて責めないでいてくれるんだ。


こんな人はきっとどの世界を探してもディークしかいない。


「ユウナ、愛している」


「ディーク、私もよ」


さぁ、もうこの小屋は封印して、後は人に見つからないまま朽ちさせよう。私は今世を大事に生きていくから、もうここにはやってこない。


小屋の外に出ると、私は両手を翳して呪文を唱えた。

スゥッと消えるようにして小屋は姿を隠し、私以外の誰も触れられないようになる。


「さぁ、帰りましょう!」


愛しい人は、私の正体を知っても変わらぬ目を向けてくれていた。蕩けるような笑みを答えにして、スッと手を差し伸べてくれる。


「サリアに土産を頼まれたんだろう?狩りでもして帰るか」


「そうね!最近身体がなまっているから、ちょっと運動したいわ」


二人で馬に乗り、狩場を目指して森を進む。

私の後ろにいるディークは、耳元で囁くように言った。


「ユウナより獲物を多く狩れたら、魂魄結界の契約書にサインしてくれる?」


なんていう魅力的なお誘い。

口角を上げた私は、あえて挑戦的な声音で言った。


「私に勝てるかしら?引きこもりの魔導士さん」


クッと喉を鳴らして笑ったディークは、手綱を握る力を強めた。


「今度こそ、ユウナに勝って魂を縛ってみせる」


もう転生はこりごり、そんなことを思ったときもあったけれど、ディークとなら何度でも人生を歩みたい。


絶対に魂を縛られてみせるわ!!


愛されるまで転生を繰り返す魔女は、愛されてからも転生を繰り返すことを決めたのだった。


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愛されるまで転生を繰り返す悪役魔女ですが、このたび乙女ゲーのヤンデレ系魔導士を射止めました! 柊 一葉 @ichihahiiragi

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