検閲に関する些細な問題とその後の顛末

@HasumiChouji

検閲に関する些細な問題とその後の顛末

「おい、こんな記事を配信するつもりだったのか?」

 ウチの会社にやって来た公安警察の検閲担当の部署の刑事は、当然の事ながらそう言った。

「どこから、こんな出鱈目な反日情報を仕入れたんだ、おい?」

「えっと……令状は……」

「舐めてんのか⁈ この非国民がッ‼」

 ウチの会社はWEBニュースの配信をやっていて、俺は、その編集長だった。

 そして、戦争中と云う今の御時世、記事は当然ながら当局の事前チェックを受ける。

 最大の問題は、その「当局」ってヤツで、かつては、戦争が始まったが最後、検閲が当然の世の中になる事までは予想出来たが……その「検閲が当然の世の中」が、こんな斜め上の代物になるとは思いもしなかった。

「待ちたまえ。君は警官と言え、所詮は文官だろう? 戦場を知らぬ小役人風情が、戦地についての記事の妥当性を判断出来るとでも言うつもりかね? 思い上がりも甚だしいな」

 だが、続いて、救いの神が現われた。いや、救いの神であると同時に厄病神かも知れないが。

「な……なに……フザけ……えっ?」

 公安の刑事の後に居たのは、警務MPの腕章と黒い階級章を付けた軍人だった。

 これが「検閲における最大の問題は『当局』」である理由だ。ここで言う「当局」を英語にした場合……複数形になるだろう。検閲を行なう複数の「当局」には、それぞれに違った目的や思惑が有り、しかも、互いに連携が取れていない。いがみ合いが起きる事さえ、しょっちゅうだ。

「君が問題にしている記事が陸軍第○軍による敵地の民間人の虐殺疑惑に関するモノであれば……我々、陸軍警務部がOKを出した。異論が有るなら、正規のルートを通じて、陸軍警務部に連絡してくれたまえ」

「ちょっと、軍人さん、正規のルートって……」

 言うまでもなく、我が国で最も悪い意味での「お役所仕事」体質の組織は……軍だ。「正規のルートで抗議」なんぞやったら、マトモな回答が返って来る頃には、戦争が終ってるどころではなく、人類や……下手したら地球が存在しているかさえ怪しいモノだ。

「と言う訳で、例の記事は予定通りに配信してくれたまえ。『権力の監視』こそ、君達マスコミの仕事だろう?」

 あの民間人虐殺事件に関する情報を提供したのは……実は、警務MPだ……。現地部隊の司令官と、警務MPのエラいさんが犬猿の中で、ウチの会社は、そのいがみあいの道具になったのだ。


 ピンポ~ン。

 会社の休日に俺がアパートでゴロゴロしていると、玄関のベルが鳴った。

「はい」

「警察です」

「えっ?」

「いや、ご近所で空き巣が相次いでいるので、目撃情報を集めてまして……」

「はぁ……でも……」

 どでええええ~ん。

 俺が玄関のドアを開けた途端、派手な音がした。

「いてぇ~っ‼」

「おい、大丈夫かっ⁈」

 ウチを訪ねて来た2人の刑事の片方は仰向けに倒れていた。

「公務執行妨害で逮捕だ‼」


「と、言う訳で、お前の会社のWEBサーバはどこだ?」

 どうやら、公安の刑事さん達は、例の記事を差し止める為に、サーバごと落す気らしい。

「えっと……クラウド上です……」

「へっ?」

「物理的な実体は……ネットインフラを提供してる○○社の電算機センターだと思いますが……多分、サーバの機能そのものは、その電算機センターの複数のマシン上に分散してて……」

「良く判らんが、お前たちの会社が反日行為を行なった証拠を押さえたければ、その電算機センターごと押さえれば良い訳だな」

「は……はぁ……。ところで、これって別件逮捕で……」

 言いたい事を全部言い終る前に、刑事は肉体言語で「黙れ」と云う意志を示した。早い話がブン殴られた、と云う事だ。

 陸軍内での内輪揉めに巻き込まれたのに続いて、公安と陸軍警務MPの意地の張り合いに巻き込まれたらしい。

 しかし、それは、更なる大騒動の始まりに過ぎなかった。


「小職が君の弁護人を勤める事になった」

 面会に来たのは陸軍法務官の腕章と階級章を付けた軍人だった。

「は……はぁ……」

「とりあえず、保釈金は払ったので、すぐにでも娑婆に戻れるぞ」

 待て、その保釈金の出所は一体全体……いや、知らない方が良いかも知れない。


 そして、俺は陸軍の公用車で会社まで送ってもらう事になった。

「まぁ、検察には訴えを取下げるように圧力をかけているので、そもそも、小職が君を弁護する必要そのも……」

 俺の記憶は、軍の公用車が、会社まで二○○mぐらいの所に有る交差点に差し掛かり、軍の法務官にそう言われた時点で途切れている。

 次に目覚めたのは病院の集中治療室だった。

 後で聞いた話を総合すると、やたらと頑丈そうな迷彩模様の大型トラックが横から突っ込んで来て、俺達が乗っていた車を跳ね飛ばして、そのまま逃走したらしい。


「参考人として話を伺いたいのだが……」

 まぁ、何とか歩くぐらいは出来るようになった俺の病室にやって来た男は警察手帳を見せた。

 刑事と言っても公安じゃない。いわゆる普通の刑事部の刑事だ。

「待て、こっちが先だ」

 続いて、転び公妨で俺を逮捕した公安の刑事。

「待ちたまえ。彼は軍の病院に移送予定だ」

 更に続いて、陸軍警務MPの軍人。

「待ちたまえ」

「次は誰だ?」

「いや、用が有るのは、その病人ではない。君に内閣府調査局から召喚状が出ている」

 最後に現われた男は、陸軍警務MPにそう言った。

「どう云う事ですか?」

「陸軍内に不穏な動きが有るようなので、話を伺いたい」


 結局、陸軍内の権力争いは、更に陸軍警務MPと警察の公安の面子の張合いを生み、それと同時進行で、陸軍内の権力争いは、より一層激化していったらしい。しかも、「陸軍内部の権力争い」の結果、民間人の殺人未遂(被害者は俺だ)まで起き、その捜査権を巡って、陸軍警務MPと刑事警察の間でいがみ合いが発生したらしい。

 そして、流石に、内閣府もそれを問題視し……と、話は雪達磨式に大きくなっていき……。

 最終的に内閣府直属の「軍・警察の両方を監査する機関」が誕生した……は良いのだが、国内でしょ~もない小競り合いをやっている内に戦局は、どんどん、悪化していった。

「なぁ……今までの記事のバックアップって取ってたっけ?」

「取ってくれてた筈ですが……」

「『くれてた』?」

「ええ、電算機センターで」

「駄目じゃん」

 既に、電算機センターが有る首都圏の外れの方の地域は、敵軍に占領されており……俺達は記事を配信する事が出来なくなっていた。

 長かった戦争は、ようやく終ろうとしていた……。そして……平和の足音が……一歩一歩近づきつつ有った。

 どうか、戦時中よりマシな「平和」でありますように。

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