ファンタジーは突然に

皆木 亮

第1話

#1#

「アナタみたいな童貞どうていぜんとした人は、ガッつきそうだから却下。」


 それがオレ、片瀬将かたせしょうの通算一〇七回目のゲームセットの合図だった。



 今年で大学二回生。単位たんいも、そこそこ。バイトも、そこそこで、悠々自適ゆうゆうじてきひとらし。


 足りない物は、ランデブーしてくれる可愛い相棒だけで、それをんがために色々と奮闘ふんとうしては見ているのだが……。結果は、いつも、こんな按配あんばいなワケで……。



「あは…あはは…そう…残念だなぁ…。仕方ない、これ以上、さらったら、ガッついているのを前面に押し出すワケで…。まあ、あきらめるか……。うん、あきらめるからさぁ、せめて、この件は、どうか御内密ごないみつに。」



 右目と両手を合わせて閉じ、舌をペロっと出して見せて、せめて軽く流せる様に仕向けて見る。


 百戦ひゃくせん錬磨れんま撃墜げきついおうならぬ、百戦ひゃくせんフルボッコの撃墜げきついされおうのオレが、幾多いくたの戦場を駆け抜けて得た答えの一つだ。


 しつこく食い下がって籠城戦ろうじょうせんを繰り返した場合、”恋愛こくさい条約じょうやく”を無視むしした戦犯せんぱんとして、向こうも法律を無視して『早く殺してくれ』と叫びたくなるエグい虐殺ぎゃくさつを行なってくるのさ。



「わかったわ、口外こうがいしないであげるから、良い友達で行こうね。」


 そうして、一方的なドッグファイトでオレを撃墜げきついした対戦たいせん相手あいては、野鳥やちょうたちがいこう、冬の海辺の公園というファンシーな戦場を早々に後にした。



 海辺と言っても、浜があるワケではない。

 水深すいしんの深い海の上に、鉄筋てっきんの土台があり、その上に公園があるのだ。


 一応いちおう転落てんらく防止ぼうしのネットはってあるが、まかり間違って、ネットをやぶって公園のさくを越えて落ちてしまうと、海のド真ん中に落ちてしまうのだ。



 しかし、そんな危険なデメリットも、この街の多くの利点の中では、かすんでしまう。



 ここ、樽中市たるなかしは、海の上にある、『海と共に暮らすモデル都市』という売り込みの、水上都市だ。


 海を埋め立てるのではなく、えて海を残し、海中にある鉄筋の土台の上に建物を建て、その下に広がる海を楽しもうというのが、この街の基本コンセプトだ。



 市は、本土と繋がっている市の中心である繁華街はんかがい地区ちくの中央区。


 直接本土とは繋がってないが中央区との交通網こうつうもうが大変整っており、中央区に比べて安価な住居が多く建てられているため居住者きょじゅうしゃの多い西区。


 そして、本土や他の地区との交通網こうつうもうに不備はあるものの、その分の支出を、多大な数の工場を備える事と、ただ工場を乱立させるだけよりも遥かに大きく街の発展に貢献するため、工場の従業者たちを多量に受け入れる工場地区用アパート街を用意し、労働する人員を近隣に確保した上で、各労働者たちの活動時間を円滑に分ける事で、数多あまたに建つ工場を二十四時間稼働させ、結果、市の中心たる繁華街の中央区にも遥かに優る程に市の利潤を高水準で生みだしている南区。


 大きく分けて、この三つの地区に、この市は分かれている。



 この市の最大の売りは、海との共生きょうせい生活せいかつ出来できる事だ。


 市の建物は、繁華街はんかがいや、工場地区のアパート街すら含めて、全ての民家にいたるまで、多階層たかいそうではなく一階建てばかりであり、全ての建物にガラスりのゆかの部屋が最低一部屋は有り、建物の下方に広がる海の中の様子を二十四時間、好きなだけ堪能たんのうする事が出来できつくりにっていて、まさに海と共生する事が出来できる。


 多階層たかいそうの建物の無い市のその構造により、本土の団地だんち地区ちくなどに比べれば、繁華街はんかがいや住宅街などどころか工業地区アパート街ですら割高い感はあるのだが、海を好きなだけ堪能できるこの作りにより、市の住民どころか本土からの人気も高い。


 市の都市部の中央区だけでなく、各地区に、ショッピングモールなどもあり、海との共生という売り以外の、生活の利便性りべんせいという点でも、この街はすぐれており、入居にゅうきょ希望者きぼうしゃは後を絶たない。


 かく言うオレも、中央区にある大学への通学が住宅街の西区から片道五分で済むという交通網こうつうもう利便性りべんせいと、商店の多さという生活の利便性りべんせい、そして、海と共にるというデートスポットとしても優れた立地にかれ、中央区の大学に合格した上、この市が入居者を募集した去年に、高い抽選ちゅうせん倍率ばいりつをクリアし、西区のアパートの一つに住めるようになり、この市の住民の一人となった。


 それからは、学校とバイトの空き時間を見繕みつくろっては、ドンドンと、この樽中市たるなかしの各所のデートスポットに、大学で知り合った女の子たちをデートに誘っては、ランデブーを決め込み、告白というバズーカ弾を放ちまくったワケだが……。


 まあ、いつも、この通りなんだよねっていう……。



 しかし、参ったなぁ…”入隊したばかりの少新兵い子”だと恐がるだろうって事で、今回は”軍曹クラス叩き上げ兵隊女のさん”をターゲットにしたんだが…。


 やれやれ…逆に経験が豊富過ほうふすぎて、こっちの戦力をあっさり把握はあくされた挙句あげく、一撃で急所にズドンとは……。



「さぁて、撤収てっしゅう撤収てっしゅう対戦相手たいせんあいてないのに、こんな”ラブオーラ臭い満載煙るデート戦場スポット”で、いつまでも一人で滑空かっくうしていたら領空りょうくう侵犯しんぱん迎撃げいげきされちゃいますよと。」



 とりあえず気持ちを切り替える努力をしてみる。


 ヤケであらたな対戦相手たいせんあいてを事前の戦力調査もせずにむかえて見ても敗戦はまぬがれない事は幾多いくたの戦場で証明済み。



 ”基地自宅”に帰還きかんする気にもなれず、ブラブラと繁華街はんかがいまで”自前二本エンジン噴かす歩く”。


 さきほどの対戦相手へ照準しょうじゅんしぼって”弾丸告白”をはなために夕方を待ってアクションをしたおかげで、燃料ねんりょうが少ないのだ。


 ”ハイオク高級店”等は求めないが、”レギュラージャンクフード”くらいは”タンク胃袋”にめないとやってられない。



 目当ての『小さな御子おこさまが間近で見たらトラウマになりそうな、笑顔がステキなピエロ』をマスコットにしている、あじかく安価あんかさには定評ていひょうのある店が二〇〇メートルくらい先に見えてきた。


 今日の戦闘に勝利できたあかつきには”フランス”をフルコースで持って来させるつもりでいたので、持つ物は持っている。


 敗戦の痛みをやわらげるためにも、ここでフルコースでも頼んで見るかな。



 普段なら、ここの一番安いメニューを一ダース頼んで明日のエサも確保ってな感じだが。


 いや、本当に、ここで一番安いメニューを一ダースも頼んだら不気味この上ないか。


 ”営業用スマメニューイル”をたずさえた店員さん十二人に囲まれるんだもんな。


 想像しただけで背筋が寒くなりますよと。



 そんな益体やくたいも無い事を考えて、少しニヤけながら店内に入ろうとする、その瞬間に…。


「そっちはダメだよ。ホラ、こっち。」


 何だか分からない内に謎の人物に手を引っ張られて軌道きどう修正しゅうせいさせられるオレ。


 中々の勢いで引っ張られ、あれよあれよと言う間にピエロさんの店からズンズン離れていく。



「ふぅ~~。ここまで来れば安心だね。」


 やっと牽引けんいんが終了した頃には、二筋ふたすじほど離れた場所に移動させられていた。


 呆然ぼうぜんとしながら謎の行動をした相手を見やったオレはさら呆然ぼうぜんとする事となる。



 いや、相手がオレの既知きちの相手じゃなかったのは、まあ良いんだ。


 勢いで引っ張ったら人違いでした、なんて結構ある事だし。



 それよりもですね、この、めちゃくちゃカワイイんですよ。


 なんていうの? 妖精ようせいって感じ? 中学ちゅうがくはいてのチャイドル…みたいな?


 オレはかた、中学生以下の少女にはトキメキ回路の動力が働かなかったノーマル仕様機しようきだったワケだけど…。


 これは…その…ヤラれちゃいました…。



 オーケー‼ 年齢ねんれいなんて国境はえて進軍しちゃいましょう‼


 兵士は時に蛮勇ばんゆうを持って世界地図を変えちゃうモノです‼



「ねぇ、君は…、」


「良かった、お兄ちゃん、無事みたいだね。危ない所だったよね。あのままだと奴らの尖兵せんぺいがお兄ちゃんをらえて、ネクロフィマティーのてに邪神のスティグマを植え付けられて、ヨグソトースの門を開けるためのミクルとお兄ちゃんのアルマを引き裂かれていたよ。」



 前言ぜんげん撤回てっかい


 君子くんしあやうきに近寄ちかよらず。


 兵士は時に、勇気ある撤退てったいおこなわなければいけません。


 見た目の戦闘力よりもうちからあふ破壊力はかいりょくの方が危険ですよ、この



「あ、いや、済まないけど人違ひとちがいだと思うよ。あ、そうそう、オレは、ちょっと拠所よんどころい用事でぐに行かなければいけない所があるんだ。いや、さっきのジャンクフード店に入ろうとしたのは、ついうっかりで、それを失念しつねんしていただけで…あそこが行かないといけない場所なワケでもくて、そういう事で時間がいんだ。という事で、アデュ~~。」



 さっとはなし、反転。


 そのままスタスタと早歩きで、その場からはなれ、数メートル進んだ地点で真横にもうダッシュ!



 ガシッ‼


 ガシッ⁉ つかまれましたか、オレ? つかまれましたね、オレ!



 あまり見たくないが、オレのうでつかんだ人物を見る。


 はい、まごう事なくさっきの電波でんぱちゃんです!



 このロリポップな外見がいけんはんして結構けっこうちからるのは、さっきまわされた時点で分かっている。


 さて、どうやってほどいたものか…。



「ダメだよ、お兄ちゃん! ミクルを置いて何処どこかに行っちゃ、益々ますます、奴らの謀略ぼうりゃく渦中かちゅうまれるよ!」



 どうも、ミクルというのが、このの名前であるらしい。


 さっきは、ぶっ飛んだセリフをいてくれたおかげで、ミクルというのも脳内のうない電波でんぱワールドの単語たんごの一つだと思っていたが…。



「いや、あのね…」


「ハッ⁉ お兄ちゃん! もう尖兵せんぺいたちにアルマティファンされちゃったのね! ううん…下手をすればガンダルヴァシヴティムかも⁉ これはじょうかいほどこさないとダメね!」


 こちらが説得せっとくこころみるのをさえぎよう怒涛どとうごとく押し寄せる電波でんぱ


 ヤバイです! ヤバイですよ! 超級デンジャラスですよ、この方‼


 何とかすきうかがってはなれないと、どんな電波でんぱ理論りろん死地しちられるか分かったもんじゃありません!


 電波でんぱなだけじゃなくて、もし『んデレ』とかの属性ぞくせいも入っていたら、ちょうきゅうに危険です!



 そんな感じで脳がエマージェンシーコールをけたたましくらしていると、左腕にみょうやわらか感触かんしょくが発生する。


じょうかいほどこしているから、今日の間は、ミクルからはなれちゃダメだよ、お兄ちゃん。」


 そのじょうかいなるモノが何かは分からんし分かろうとも思わないが…。


 この左腕に感じる感触かんしょくは、それを実践じっせんした結果らしく…。


 彼女のプチやわらかな胸が押し付けられているワケで…。



 いじゃん、じょうかい


 しかも、ミクルちゃんのげんだと、今日きょう一杯いっぱいこの状況じょうきょうが続くらしいですよ、おくさん!



「どうかな? 少しは楽になってきたかな、お兄ちゃん?」


 心配そうにオレを見上げて来るミクルちゃん。


 つぶらなひとみぐにオレを見つめる。


 しかも、さっきよりもギュッと、その胸をオレの左腕に押し当てております!



 これは……これは……これは………これはッ‼



 現実げんじつ時間じかんにしてじゅうびょうほど脳内のうない時間じかんにして一時間いちじかんほどあいだって行われたオレ脳内のうないサミットの結果、『これはアリ!』という条約じょうやくが、見事みごと満場一致まんじょういっち可決かけつされました‼



「うん、ミクルちゃんのお陰で、少し楽になったよ。」


「良かった…ガンダルヴァシヴティムだったらミクルでも大変だったけど、やっぱりアルマティファンだったみたいだから、なんとかミクルのエナジーウェーブが浸透しんとうして行っているのね。この調子なら明日にはじょうかいいてもシンメトリカルがオーバーゲージにたっしてリゾナンスアクトにもえられるわ。」


 エナジーウェーブだか何だかは良く分からないが、プチやわらかな感触がオレに浸透しんとうしているのは確かだ。


 できれば明日あした以降いこう浄解じょうかいしっぱなしでしいところです。



「でも、お兄ちゃん、ミクルを『ちゃん』けで呼ぶなんてどうしたの? いつもだったらミクルって呼び捨てで呼んでくれるのに…。」


 クッ…やはり来たか。


 どうやら彼女ワールドではオレはミクルちゃんを呼び捨てにするのが常道じょうどうおきてらしい。


 ミクルちゃんが、気遣きづかわしげで、それでいて猜疑さいぎはらんだひとみでオレをうかがって来る。



 彼女を許容きょようこうりゃく対象たいしょうさだめた矢先の相手からの威嚇いかく射撃しゃげき


 これからボロを出すごとに彼女の攻めは激しくなり、その先には撃沈げきちんの運命が待っている。


 だが、この手の危ういタイトロープをわたるのに、一つのボロも出さずに攻略するのは不可能であろう。


 しかし…オレはたしてべたで無慈悲むじひ絨毯じゅうたん爆撃ばくげきを受けるだけの敗残兵はいざんへいなのか?


 いな! オレは今、相手のさら風上かざかみに立っている‼



「ああ…すまないミクル…。どうもオレは尖兵せんぺいたちにアルマティファンされた影響で大部分の記憶に障害が起きているようだ。そのせいで、オマエとエンゲージするために必要なデュラキュティルが欠如けつじょしてしまっている。この分では明日にリゾナンスアクトにえられるか分からない。しかし、こんな事に絶望はするな! ここでオマエがあきらめてしまえば、それこそやつらのおもつぼだ! まずは、オレの失われたデュラキュティルを取り戻すためにもミクルのデータが必要だ。ミクルのデータを視聴しちょう認識にんしきすれば、オレのラティアルドライブをつうじて、ブレインアラートが刺激しげきされ、オレたちは再びエンゲージをたし、リゾナンスアクトにえられるかもしれない!」



 常識的じょうしきてき攻防こうぼうきそえるのは常識じょうしき範疇はんちゅうの相手だけだ。


 だが、この相手は『ちがう!』


 ゆえに…こちらも初手しょてから常識じょうしきという汎用はんよう兵器へいきてる!



 言ってしまえば、全くの新理論で作られた試作しさく兵器へいきを、性能テストを一切せず、いきなり実践じっせん投入とうにゅうして、暴発ぼうはつの危険性をかえりみないで乱射するようなものだ。


 正攻法せいこうほうでは、どうあってもしのげないというのなら、自分でも結果が予測できない攻撃で対抗たいこうする!


 しかも、自分でも耳をうたがう不思議ワードの羅列られつっぷりはともかく、ストレートにミクルちゃんのデータを聞き出す誘導ゆうどう尋問じんもん


 結果は予測できないが、ミサイルの指向性しこうせいはオレにもあやつれる!



「え…ッ⁉ 何…ッ⁉ お兄ちゃんッ⁉ ミクルの知らない言葉ばっかりだよッ⁉ お兄ちゃんが何を言っているのか分からないよッ⁉」


 なるほど、初弾しょだんは、こういう効果が出たか。


 不思議ふしぎ単語ワードりばめれば何でも会話を合わせて来るモノかとも思ったが、電波でんぱ体現たいげんした彼女ワールドでも一応いちおうは何らかの法則性ほうそくせいったようだ。


 ミクルちゃんは、オレの羅列した即席そくせき不思議ふしぎ単語ワードに、”彼女かのじょ世界ワールドでの法則ほうそく”での整合性せいごうせいが取れないと、おどろきつつも、さらにオレへの猜疑さいぎの目を強めていく。



 だが、オレは、この展開てんかいを全面的に『し』とする‼


 フッ…ミクルちゃん…。君のよう常識じょうしきはかれない相手との一戦は始めてだが、オレも伊達だてに一〇七回もの失恋しつれんを経験してはいない!


 ”失恋れんあい回数けいけんち”からみちびき出された”恋愛れんあい体験度レベル”ではオレにる!


 さぁ! ずっとオレのターンの始まりだ‼



からないのは当たり前だ! そも、なにゆえにオレとミクルがべつ個体こたいとして存在そんざいしていると思う⁉ それはオレたちべつ個体こたいである必要性が有ったからだ‼ 全ての情報を共有きょうゆうする存在そんざいなど、二つに分ける必要がそもそも無い! そんなモノは一個の存在そんざい事足ことたりるのだ! ならば、べつ個体こたいである必要性とは何か⁉ オレとミクルが別々の存在そんざいとしてかたれなければならなかった道理とは何なのか⁉ ミクル、答えてみろ!」


 明後日あさっての方向にはなたれた怒涛どとう連続れんぞく威嚇いかく乱射らんしゃから、いきなりの標的ひょうてきに向けての一点スナイプ。



「えっ…⁉ そ…そんな…分からないのが当たり前って、いま、お兄ちゃんが言ったばかりなのに…そんなの分かるはずがないよ!」


 予期よきせぬピンポイントシュートに、回避かいひままならず、うろたえるミクルちゃん。



 そこに、さら総力そうりょく射撃しゃげきと言わんばかりに…


「バカ者‼ 全てのからなくても何か一つでも道筋みちすじつかもうとしてみせろ! 初めから全てをなげうってあきらめるなど言語道断ごんごどうだん! そんな事で奴らに勝てると思っているのか⁉ ヤル気が無いなら尻尾しっぽいてとっとと何処どこへなりと泣きダッシュして失せろ‼ ゲットバックヒアー‼」



 理不尽りふじんということ装填そうてんされた弾奏だんそうをフルフラットする銃口じゅうこう



「えぅ…あぅ…うぅぅ…。」


 ワケも分からないまま、一方的な蹂躙じゅうりん弾痕だんこんきざまれた彼女は、もう涙目なみだめだ。


 戦意せんい喪失そうしつというのもおこがましい、はじめから戦闘にすらなっていない大虐殺だいぎゃくさつ



 そこで…


「だが…オレはミクルのあにというパーソナリティーをあたえられた存在そんざい…。お兄ちゃんとして、可愛かわいいもうとに本当に重要な事は丁寧ていねいに教えてやらないとな。」



 先程さきほどまでのまくてるような勢いから声音こわねを落として、ポンとミクルちゃんの頭に手を置き、ほんのりと微笑びしょうを浮かべて優しくでてやる。



「お…お兄ちゃん……。」


 少しあかみのしたひとみが、こちらを見上げて来る。



「何飲む? 心にも身体からだにもうるおいがなきゃ難しい話は聞けないだろ? 今のオマエはさ…?」


 目尻めじりうすにじんでいた水気みずけを親指ですくい、その指で後方こうほうる自販機をしてやる。



 まずは半間はんげん休息きゅうそく



 ”戦闘れんあい”は一つの”戦場デートスポット”で”ドンパチれんあいだんぎ”を永遠に繰り返すなんて出来できない。


 おのれか相手の心が死んじまうから”ドンパチれんあいだんぎ”が続けられなくなる。


 だから、永遠の”戦闘れんあい”を望むなら、戦意ある心を維持するために、休息と次の”戦場デートスポット”が必要なのさ。


 相手が例え未知の異国の兵士でも、きっとコレは変わらない。



「う…うん! じゃぁ、ミルクティー‼」


 さっきまでのクシャクシャになりかけた顔をはじかせて、ニッコリというよりは『にぱぁ~』という笑顔で、そう告げる。



 原爆の投下を強行したせいで、灰も残さず殲滅しちまう危険も有ったが、どうやらこの娘との戦闘は、まだ続行できそうだ。





 #2#

 二人で缶を片手にホッと一息つきながら流れ行く人波をながめること数分。


 ミクルちゃんは、まろやかで優しいミルクティーにのどうるおした事によって、オレの見た感じじゃ本人もまろやかになってきたように思う。



 バトル第一フェイズでは怒涛どとう先制せんせい攻撃こうげき優勢ゆうせいこまを運んだが、まだまだ相手の戦力は未知数。どんな隠し兵器が飛び出すか分かったものじゃない。


 まずは相手の性能を把握はあくする事が先決だ。


 さぁ、弛緩しかんした空気を震わす第二フェイズの開幕だ!



「もう一息つけたか、ミクル?」


「うん、のどやわらかくなった感じ。」


 その言葉通り、ミクルちゃんの表情も、先程さきほど撃墜げきつい寸前すんぜんの時より、随分ずいぶんやわらかくなったように見える。



「良し、じゃあさっきの続きをするぞ?」


「う…うん…。」


 コクリとうなずくミクルちゃん。


 その表情は、さっきと打って変わって、とても明るい。



 よし、では、片瀬少尉! ”恋愛ラブ戦争ウォーズ”、第二フェイズ、第一射…発射‼


「まず、分からないのが当たり前とオレは言ったが、それはさっきの問いに対しての言葉じゃない。さっきの問い自体の答えはそれまでのオレの言葉の中に答えがちゃんとふくまれていたんだ。オレはさっきこう言ったはずだ。『全ての情報を共有する存在そんざいなど、二つに分ける必要がそもそも無い。そんなモノは一個の存在そんざい事足ことたりる』と。つまりだ、オレとミクルは別個の情報を持つ存在そんざいるがゆえに二つにかたれているんだ。ここまではいか?」



 即席そくせきの、オレの無茶苦茶むちゃくちゃな説明に、


「う…うん…なんとなく…。」


 この理解りかいしめしましたよ、おくさんッ⁉



 だが、それを、オレは、全面的に『し』とする!



「オーケーだな? じゃあ、次に行くぞ?」


「う…うん…。」



 ミクルちゃんがうなずくのを見てから、第二射、掃射そうしゃ


「オレたちは別個の情報を持つ存在そんざいであるがゆえにオレとミクルでは保有している情報がちがう事がる。だから、オレはさっき分からないのが当たり前だと言ったんだ。だが、それならば何故なぜオレたちはワザワザ別個の存在そんざいとして分かたれなければいけなかったのか? それは奴らの手に決して入ってはならない情報を奴らから守るために、重要な情報を分散するためなんだ。更に、情報の漏洩ろうえいを最小限におさえるため、オレたちにはアルマティファンのような攻撃を受けたさいに、一時的に大部分の記憶をおさえるリミッター機能がるんだ。さっきミクルに会って直ぐの時に、オレの受け答えが安定していなかったのも、ミクルの呼び方が普段とちがっていたのもそのせいだ。だが、オレ達は、この状態におちいっても、相方あいかたの情報を視聴しちょう認識にんしきする事で記憶を回復し、デュラキュティルをエンゲージ可能領域まで高める事が出来できる。だから今、ミクルと接触せっしょくし、ミクルのデータを視聴認識する事で、少しずつ回復し、オレは現在の状態にいたっているんだ。だけど、デュラキュティルが足りないのは変わらない。さらにミクルのデータに触れて記憶を回復させ、デュラキュティルを高める事が必要なんだ。そういうワケで、ミクルのデータをもっと教えてくれないか?」



 自分でも『え、そうだったのか⁉』と思う都合の満載まんさいおく即席そくせきの説明。


 おのれ口車くちぐるまの回転の速さに我ながら感心する。



 さぁ、現在のオレの戦力で出来できうる最大の攻撃だ!


 ミクルちゃんの反応や如何いかに⁉



「えと…データってどんな事を話したらいのかな? ミクルのアリケルトサバディーのクラウスマインとかを話せばいの?」



 母さん! このの反応は素晴らしいです!


 見事に意味がかりません‼



 だが…ミサイルの方向ほうこう修正しゅうせいはオレのさっきの攻撃の容易よういになっている。


 多少の妨害ぼうがい電波でんぱでオレを止められると思うなよ!



「いや、そんな重要な事じゃなくていんだ。例えばミクルのフルネームとかスリーサイズや住所や電話番号とかの身近な話でいんだ。」


「ふむふむ…なるほど…じゃあ言うね。ミクルのフルネームはミクリアール=ランドボルグ=アルメツァリーネ=イクシオ=サトゥルマディガンで、スリーサイズは上からクラネルトベス・バドゥルハトゥム・クラネルトメヌムスで…」


「待った! 待った‼ 待った‼」


 それは何処どこの星の住人の名前と数値すうち単位たんいですかと⁉



 全く予想していなかった攻撃では無かったが、この破壊力は予測値よそくちはるかに上回っているぞ⁉


 しかも一発が対戦車たいせんしゃライフルみの威力いりょくでありながら突撃とつげき銃並じゅうなみのこの速射性そくしゃせい


 二つがあいまって恐るべきせい圧力あつりょくしております!



 修正しゅうせい! 修正しゅうせいする‼


 もう、これがわかさかってくらいに修正しゅうせいするぞ‼



「ミクルの真の名前とかじゃなくて、学校とかで呼ばれている仮の名前とかでいんだ。数値すうち単位たんいとかも、この世界でく使われているので言ってくれ。その方がブレインアラートが刺激されやすいんだ。」


「は~い。じゃあ言うね。春日野かすがの 未来みくる、十二歳、上から六十七・五十三・六十八だよ。」


「そうそう、そういうのでいんだ。おかげでデュラクティルが多少たしょう上昇じょうしょうしてきた。この調子で頼むぞ、ミクル。」


「うん、どんどん行くから、早くリゾナンスアクトできるまで回復しちゃおう‼」



 そこからはりとすんなりとことはこんだ。


 新たな電子戦用でんしせんよう兵装へいそう導入どうにゅうする必要も無く、静観せいかんするだけで情報戦じょうほうせんは高い戦果せんかを上げた。


 ぶっ飛んだ”電波語でんぱワード”を体得たいとくしているだけで、装甲そうこうげばいたってノーマルな内装ないそうだったために、ぎゃくおどろいたくらいだ。


 家も、何処どこかの星雲せいうんとかにあるワケでもちかくの場所で、家族にリトルグレイなどがるワケでもかった。



「う~んと…こんなモノかな? どう、お兄ちゃん? だいぶ回復できた?」


 一通ひととおりの給油きゅうゆ燃料ねんりょうは流したが、補給ほきゅう状況じょうきょうは、どのくらい進んだかとうったえて来る。



 情報戦じょうほうせんせいしたおかげ彼我ひが戦力せんりょく大体だいたい把握はあくできたが、このままランデブーを決め込むには相手の装甲は非常に目立つ。


 戦場に金ぴかに塗装とそうした機体をともなって侵入しんにゅうするなど入隊したばかりの新兵でもすまい。


 ステルスとは言わないが、迷彩めいさいしょくほどこすくらいはしないとマズイなこりゃ、というのがオレの結論だ。


 だから新たな戦術せんじゅつを発動する。



「ああ、かなりデュラキュティルは上昇してきた。だけど、一押ひとおりない感じだ。かといってこれ以上ミクルのデータにれても効果は薄いと思う。そこで、イニシエーションを行って強制的にデュラキュティルを上昇させようと思う。」


「イニシエーション? それってどんなこと? エクネシャービェをライアルドペイするような感じ?」


 相変わらず彼女ワールドの用語はレーダーでは識別しきべつ不明ふめいだが、今からそんなこと瑣末事さまつじに変わる。



「いや、そうじゃない。イニシエーションは、苦行くぎょうおこなことでオレたちの能力を向上させる儀式ぎしきなんだ。これにより、強引にデュラキュティルをたかめること出来できるんだ。」


「すご~い! じゃあ、直ぐにイニシエーションして、リゾナンスアクトできる様にしようよ!」


 わ~い、という感じで、にぱ~と笑うミクルちゃん。



 未だにリゾナンスアクトが何かは分からないし聞く気も無いが、彼女ワールドでは重要な何からしい。


 だが、そんな用途ようと不明ふめい兵装へいそうは『不要ふよう』だ!



「それだ!」


「えっ?」


 何がそれなのか、とくびかしげる小動物しょうどうぶつ



いか、ミクル。さっき言ったようにイニシエーションは苦行くぎょうおこなことでオレたちの能力を上昇させる儀式だ。そしてその苦行くぎょうとは、リゾナンスアクトなどの言葉を一時封印し、周囲の無知蒙昧むちもうまいなモノたちと同じレベルまで自身を落とすことなんだ。しかも、オレだけじゃなくミクルも一緒におこなわないと効果がい。だから、辛いだろうが、回りの連中と同じような行動をしなくてはいけない。その上、デートと呼ばれている一見して益体やくたいことをもしなくてはいけないんだ。」


「え…? ミクルたち、世界せかい真理しんりいたっているのに、それを封印しないといけないの?」



 どうやらオレたちは、どこぞのまたから生まれたえらい人クラスに何かを知っていたようです。


 新手あらて教祖きょうそれるいきおいだな、こりゃ。


 だが、そんな偉人いじんになる毛頭もうとうい!



かってくれ…もう、こうするしかリゾナンスアクトをおこなえるまで自身を高める方法はいんだ。オレたちは、この無力なままで指をくわえて奴らを放置するワケにはかないんだ。」



 われながら、何をかればいのかまったって不明な論法。


 たして、この一押ひとおしで戦況せんきょうくつがえるか⁉



「……うん…分かったよ…ミクルやってみる!」


 分かってくれましたよ、この



「分かってくれたか、ミクル!」


 今、オレの中の全米ぜんべい拍手はくしゅ喝采かっさい


 オレの”脳内のうないリカ大統領だいとうりょう”も『感動した!』と涙を流しております!



 ありがとう、”不思議ふしぎ単語ワード”、リゾナンスアクト!


 未だに意味は分からないが、君は大いに貢献こうけんした!



 ありがとう、『奴ら』さんたち!


 どこの次元の生命体か知らないが、君たちがミクルちゃんにとって強敵であったからオレは此処ここまで来られた!



 ありがとう! ありがとう‼ サンキュー! 謝々シェイシェイ



「よし、ではイニシエーションを開始する! まずは二人で何処どこかに食べに行くぞ。ミクル、何を食べたい?」


「う~んと…じゃあ、ハンバーグ~。」



 電波でんぱなど混入する事がない、打てば響く普通の反応! 普通の対応‼ これですよ、これ‼


 それに、何とも可愛いチョイスじゃないか!



 よし、ならば!


「ハンバーグだな? よし、良い店を知っているから、連れてってやるよ。」


「どんな店だろ? ちょっとドキドキするよ。」



 しばし歩き、目的地に着く。


 豪奢ごうしゃさは無いが、ファミレスとちがって落ち着いた雰囲気のする中堅ちゅうけんどころの店だ。



「うわ…ここたかいよ? 大丈夫、お兄ちゃん?」


 店の前のボードに書かれている値段を見て不安そうな声が発せられる。


 しかし、都合の良い事に、今日は残弾ざんだんがタップリる。



「心配するな、今日は余裕がるんだ。ガシガシ食って構わないからな。」


 この狩り場クラスなら少しばかりまとが多くてもらすこといはずだ。


 ミクルちゃんは『良いのかなぁ?』という顔で店の中に付いて来る。



 店員さんに案内されてカウンター席に横並びに座る。


 ミクルちゃんは浄解じょうかいしっぱなしなので横並びにらざるをないため、テーブル席だと座席が無駄に余る事になるのでカウンター席でも不満は無い。



 運ばれて来た水を飲んで一息付いてから、店員さんに黒毛和牛一〇〇%のハンバーグステーキをコースで二つ頼む。


 しばらくしてオードブルサラダとスープが運ばれて来た。



「うわぁ、すっごい! これ、本当に食べて良いの、お兄ちゃん?」


「ああ、背が伸びる様にイッパイ食って栄養分を補給しろよ?」


「わぁ~い! じゃあ、いただきま~す!」



 ミクルちゃんが意気込んでサラダに手を付けようとする。


 しかし、じょうかいを続けているために、片手がふさがっているために、もう片方の手だけで補給ほきゅう活動かつどうを処理しようとする所為せいで上手く目標を捕らえられない様子だ。



「ありゃ? う~ん…。 とりゃ! あぅぅ…。」


 つたな得物えものさばかた所為せいで、目標を上手くとらえられないどころか皿が動き出す始末。


 じょう解中かいちゅうの手の位置的に利き手の方がふさがっているのが一番の敗因はいいんだろう。



 仕方ない、此処ここは助け舟を出すか。


「ミクル、オレが口に料理を運んでやるから、アーンしてろ。心配しなくても熱いのはフーフーしてやるから、火傷させたりはしないからさ。」


「え…でも…それってちょっと恥ずかしいよ…。」


「ミクルの片手がふさがっているのはオレの所為せいなんだから、オレが自分の不出来ふでき尻拭しりぬぐいをしないと帳尻ちょうじりが合わないんだ。是非ぜひやらせて欲しい。役得やくとくだと思ってまかせてくれよ。」


「う~ん…じゃあ、お願いね、お兄ちゃん。」


「よし、キッチリまかされたぞ。」



 手始めにサラダを口に運んでやる。


 口内こうないに入って来たフォークから料理をミクルちゃんがくわえて取ったのを見て得物えものを引き抜く。


 もきゅもきゅと、ハムスターの様に、ほっぺをふくらませて幸せそうにめる姿を見て、自分の方が役得だなコリャと思ってしまう。



 続けてスープ。


 これは流石に熱いので、言った通りにフーフーしてミクルちゃんの口に運んでやる。


 ツルンと飲み込んでニコニコ笑顔で此方こちらを見て、親鳥のつかまえたエサを求める雛鳥ひなどりの様に、またアーンと口を開く。



 やべぇ! 本気で可愛いぞ、この


 この小動物しょうどうぶつ仕種しぐさに気分が高揚こうようして嬉々ききとしてしばし補給を手伝い続ける。



 何度目かの皿とミクルちゃんの口とのあいだの往復をこなしているうちに、店内のざわつく雰囲気を感じた。


 少し周りを見回すと、店内のおとこ連中れんちゅうが少々殺気立ったようふうに、この補給ほきゅう作業さぎょうを見ているのに気付く。



 電波でんぱさえければミクルちゃんは、子役タレントとかしていてもオカシクいクラスだもんなぁ。


 よくよく考えればオレがこのとこうしているのは、ある種のファンタジーと言えるくらいの奇跡かもしれない。



 客観的に考えて釣り合いの取れているカップルだとは自分でも思えないが、ギュッとオレの腕を抱きながら嬉しそうに口を開けて補給ほきゅう物資ぶっしを求める姿は、仲睦なかむつまじい関係にしか見えないワケで…。



 周囲の野郎共やろうども羨望せんぼう眼差まなざしにほのかな優越感ゆうえつかんを感じて、ちょっとイジワルをしてみたくなった。



 オードブルが片付かたづいて、本命のハンバーグステーキが置かれたところで、ミクルちゃんの目はランランと輝く。


『早く、早く!』と言わんばかりに、口を開けてハンバーグの投下を待っている。



 一口サイズに切ったハンバーグをフォークにし、さっきまでとおなようにフーフーして熱を取ってからミクルちゃんの口元くちもとに運び、直前ちょくぜん方向ほうこう転換てんかんして自分の口に運び、唖然あぜんとしている目の前で美味おいしくいただいてみる。



「う~む、美味びみ美味びみ。やっぱし黒毛和牛一〇〇%ってのは美味うまいもんだなぁ。」


「うわぁッ⁉ ミクルのハンバーグがぁッ⁉」


「ハハハ、ミクルがあんまりにも無防備にくちけて待っているから、ちょっとイジワルしたくなってね。あ~でも、これ本気で美味うまいからオレがひとめしちゃおうかなぁ?」


「うわ~ん! ダメだよ! ミクルもハンバーグ食べたいよぉッ‼」



 おあずけどころか扶持ぶちくなると聞いてミクルちゃんは必死だ。


 流石さすが可哀想かわいそうだから、そろそろゆずってやるか。



「ウソだよ、ウソ。ちゃんとミクルにも食わせてやるから、もう一度アーンしてな。」


「うん。アーンするから絶対だよ?」



『ちゃんと運んでくれるかなぁ?』と、不安そうにしながら、再度アーンと口を開ける。


 今度こそ運んでやってフォークを引き抜く。


 美味おいしそうにモキュモキュとほおぶくろを動かして幸せそうに安堵あんどしているところで、さらにもう一つ用意していたイジワルという爆弾を投下してみることにする。



「いやぁ、これで間接キッスが成立したワケだ。ミクルの口に運んだフォークでオレが食って、またミクルの口に運んだからなぁ。間接キッスだけど、これはかなりディープだよね?」


「ゴホッ、ゴホッ!」



 ハハハ、おどろいてむせちゃっているよ。


 いやぁ、役得やくとく役得やくとく


 周りの野郎共やろうどもの視線もさらに強くなって来ていますな。



「ちょ…フォーク! フォークえてもらぅ~!」


「まぁまぁ、そんな慌てんなよ。それとも何か? そんなにオレと間接キッスになったのが嫌だったのか?」


「え…その…そんな嫌っていうワケじゃないけど…ただ…恥ずかしくて…。」



 周りからの視線しせんは、殺気立さっきだつどころか『視線しせん射殺いころす!』と言わんばかりに強くなる。


 このへんめとくか。一人で路地ろじうらとか歩いている時に知らない野郎に撲殺ぼくさつとかされたくないしな。



「仕方ない。新しいフォークをもらってやるよ。」


 店員さんに新しいフォークを用意してもらい、補給ほきゅう活動かつどうすみやかに再開された。


 ここに来て思う。やっぱしこの電波でんぱさえ封印しちゃえば最高だと。





 #3#

 つつがなく補給活動は済み、オレ達は次の目的地に向かって進む。


 狙いはショッピングモール。



 映画は当たり外れがあるし、カラオケは二人でまわすと会話の時間が潰れる。


 ゲームセンターは色々な遊びを提供してくれるので美味おいしいのだが、この時間にミクルちゃんのような年齢のを連れまわしていれば補導ほどうなどが怖いので今回はパス。



 ショッピングモールでのウィンドウショッピングなら、モノの好き嫌いがあっても、色々な店をまわっているうちに、好みのモノが見つかり会話が弾む事も多いはずだ。


 人の流れの多い箇所ではあるが、ゲームセンターをまわるよりは補導員の目も強くない。


 それに何より絶対に何かを買わないといけないワケでもく、見てまわるだけで楽しめるのだから財布に優しい。



 本来なら、そっちをまわってからめし、というパターンの方が良かったが、彼女と出会った時間と、オレの燃料ねんりょうタンクの都合で、順番がズレてしまった。


 しかし、お互いに胃がもたれたふうく、臨戦りんせん態勢たいせいはバッチリだ。



「ミクルは何を見たい? オレは新しいコートとか見てまわってみたいんだが?」


「うーん…小物とか見て行きたいかな。携帯のストラップとか、カワイイのがったらいなって。」


「そんなのでいなら買ってやるぞ? 今日は、まだ財布に余裕がるし。」


「ううん、さっきの店であんなに出してもらったんだからいよ。」



 そこでミクルちゃんの額にデコピンを一発いっぱつ見舞みまってやる。


 奇襲気味きしゅうぎみ一撃いちげきだったため回避かいひ運動うんどうままならず見事みごと直撃ちょくげきする。



いたッ⁉ いたいよ、お兄ちゃんッ⁉」


「オマエさぁ…。オレはオマエの何だ? 言ってみろ。」


「お兄ちゃんは…ミクルのお兄ちゃんだよ?」


「なら、兄貴あにきに甘えてみろ。いかミクル? 兄というモノは妹を可愛かわいがるモンなんだ。甘えてもらうと兄として嬉しいのさ。逆に甘えてもらえないと兄として自信が無くなるんだ。だから、遠慮せずにオレに買わせろ。むしろ、オレを喜ばすために、買いたいモノをガンガン言ってくれ。」


 デコピンを直撃させた箇所をでてやりながらゆるやかに言葉をつないで行く。



 ミクルちゃんは目を大きく見開いてからコクコクとうなずき…、


「じゃ、じゃあ、そこの小物屋さんにあるイルカさんのストラップが欲しいよ。」


 オレの申請にオーケーサインを出した。


「ホイ来た、じゃあ手始めにまず一つだな。」



 言われた店に入り、イルカのストラップを二つ頼む。


 会計を済ませてから、ミクルちゃんの携帯に付けてやってから、自分のにも装着そうちゃくさせる。



「えへへ、コレでミクル達、おそろいだね。」


「ああ、コレできょうだいじゃなくて恋人に見られるかもな?」


「うわ⁉ うわわわッ⁉」



 顔を真っ赤まっかにして、アタフタと良く分からないジェスチャーをプシューと蒸気じょうきの上がる勢いでしてから、その場に凍り付く。


 何とも初々ういういしい反応で思わず噴出ふきだしそうになる。



「ホラ、次に行くぞ。今度は何がいんだ? バンバン言ってくれよ?」


 作らずともみを浮かべながら次の攻撃こうげき目標もくひょう地点ちてんを聞いてやる。


「えと、えと、じゃあ、あっちの店を見てみたいよ。」


 安上がりだと思ってウィンドウショッピングにしたワケだったが、このと、こんなこころおどるデートという、オレには出来過できすぎなファンタジーを送れるのなら、このさいだ、出費は気にしないで行こう。


「ほいさ、了解ですよ、お嬢様。」



 それから数軒すうけんの店を二人で渡り歩いてミクルちゃんの所望品しょもうひんたちをドンドン謙譲けんじょうして行った。


 店の一軒いっけん一軒いっけんで、店と店の間の路地ろじで、二人で所望品しょもうひん品評ひんぴょうをして笑い合ったり、『コレが似合にあっている、似合にあっていない』と、語り合ったり、たまにミクルちゃんをイジってショートさせたりの、飽きの来ない楽しい時間。



 直々ちょくちょく、道行く野郎達がミクルちゃんのプリティーフェイスに振り返り、さらにオレを見て、『何で相方あいかたがコイツなんだ?』と、疑問に思い、くやしそうな羨望せんぼうの目でオレを見て来る。


 くすぐったい様な、何とも言えない優越感ゆうえつかん


 一〇七回もの失恋しつれん回数かいすうという偉業いぎょうために、長く味わった事が無かったこの感触に、思わずほおほころぶ。



 っていた様な奇特な出会いだったが、このとこうしていられるこの夢の様なファンタジーに感謝したい。



 だが、このファンタジーを維持いじするためのお財布の残弾ざんだんがそろそろ心許無こころもとない。


 具体的にはオレの見て回ろうとしたコート等は望むのが困難になって来た頃だ。


 しかし、ここでオレがコートを買うのを諦めればミクルちゃんにらぬ良心の呵責かしゃくを与える事になる。



「う~んと…これはあの店のコースだな。」


 うんうんと納得して見せて、新たな進路を取ろうとしてみる。



「あの店? お兄ちゃんの探したいって言っていたコートがあるとこ?」


「ああ、そうだ。ここからしばらく歩くとな、白鷺しらさぎばしっていう、南区の工場地帯に通じる人通りが少ない上に無駄に長い、全長一キロもある橋があるだろ? その橋を渡り切ったとこにあるんだけどな。南区は工場が中心で、そこの従業員さんたちも仕事の利便性から工場地区のアパートに住んでるのが大半な上、普段は繁華街の中央区や一般住宅街の西区から訪れる用事もほぼ無いって事で、交通の便が悪い上に、中央区とかの繁華街やショッピングモールからも遠い。工場の仕事の関係で橋の下を通る船も平日は良く通るんだけど、どうもその橋を通る船が休日に限って何度も事故を起こしたとかいう事があったみたいで市民からの苦情があったとかで、何でそんな無駄なことをってオレは思うが、市のえらいさんがたが南区の休日の船の行き来を禁止したとかで、橋なのに今日みたいな休日は船すら通らない。その上、橋の高さが十五メートル程もあるのに、安全ネットが無くて安全面も悪いって事で、橋そのもののひとどおりも少ないんだ。だから、橋の先にある目的の店も、パッと見た感じ、流行はやって無さそうな上に、古着屋なんだけど、南区の工場や住居自体は発展してて、あの区に住んでる工場の従業員さんたちが割と訪れてくれてて、中々の品質の物とかも売りに出されてるのも多いし、結構良いのがそろっていて、思いのほか人気にんきのある穴場なんだよな。」



 オレのその説明に、


「古着って、前に誰かが着ていたけど、らなくなって売った中古品って事でしょ? そんなので良いの?」


 ミクルちゃんは、向かう先の橋の無駄な長さより、古着である事に疑問がいた模様もよう



「ミクル、古着を舐めちゃダメだぞ。結構ブランド物とかも入っている事があるし、場合によっては新品よりも良いのが置いている時もあるんだ。それでいてリーズナブル。まさにいたれりくせりの素敵すてきスポットなんだ。」


「そうなんだ。じゃあいたらミクルも良いの無いか探してみようかな?」


 期待に胸をふくらませたホクホク顔で、ミクルちゃんも楽しそうだ。


 さて、良いブツが入荷していますように…。



 と、進路の途中の橋の中腹ちゅうふくでミクルちゃんが手を強く引っ張ってきた。



「どうした、ミクル?」


「お兄ちゃん! あそこ! ワンちゃんがおぼれているよ!」



 ゆびされた地点を見てみると、橋の下の海の暗がりの中で、確かに一匹のワンコが浮(う)いているのがかすかに見えた。



ほうっておけよ、犬ってのは犬掻いぬかきって言うくらい泳ぎは得意なもんなんだぜ?」


「ダメだよ、お兄ちゃん! あの子、きっと足か何処どこ怪我けがしているんだよ! 泳いでいるんじゃなくて、もがいている感じだもん! あそこまで飛び込んで泳いで行って助けて上げないとッ‼」



「いや、アイツ首輪しているから、飼い主が何とかするだろうし、オレたちが何かしなくても他の人が何とかしてくれるかもしれないだろ? それに、こんな高いとこから飛び込むなんて無茶だし、その上、この寒空さむぞらの中で寒中かんちゅう水泳すいえいとかやったら確実に風邪引かぜひくって。オレたちに出来できるとしたら、警察なり消防署なりに連絡して、あのワンコを助けてもらえるようにお願いするくらいさ。」


「ここ、今は私達しか通ってないし、そんな連絡とかしている余裕よゆうさそうだよ! ホラ、今もしずみそうになってる!」


「だからってオレたちが助けようとしても逆にオレ達がおぼれるって事になりかねないだろ?」



「いいよ! 私、行って来る!」


「ちょッ⁉ ミクルッ⁉」



「あの子をまもらないと! もう目の前で誰かが死ぬのは見たくないの! だから私は世界を救うと決めたの!」



 ミクルちゃんが決意を秘めた眼差まなざしで橋の下のワンコを見つめる。突貫とっかん体制たいせいだ。


 オレの左手から手を離し、荷物を降ろして上着を脱ぎ始める。



「待て、ミクル!」


「止めてもダメだよ!」



「違う、そうじゃない! オレが行って来る! オレが必ずアイツを助けて来てやる!」


「お兄ちゃん……。」



 ミクルちゃんのさっきの言葉……。


 彼女は昔に、目の前で誰かを亡くしたんだ……。



 会った当初の”電波でんぱ会話トーク”も、きっとそれが屈折くっせつしちゃっただけなんだ……。

 親しい人を目の前で亡くしてしまった……。


 だから、もう世界中の人が悲しまない様に世界を変えたい……。



 でも、そんなスケールのデカい願いは、この小さな身体からだでは背負せおいきれない……。


 だから自分のルール、自分の世界を作って、世界を救える幻影まぼろしを見ようとしたんだ……。



 そして今、生身の彼女は、あの犬を自分の力だけで救おうと挑みかかろうとした……。


 この小さな身体からだでだッ‼


 それをオレが指をくわえて見ている事なんか出来できるかッ‼



 正直、こんな高い所から飛び込むなんてした事もないし、寒中かんちゅう水泳すいえいなんかもオレはった事が無い。出来できたとしても、きっと凄まじい寒さだろうと思うし、さらに自分が言った様にオレがおぼれる事だって有り得る……。



 だけど! このの願いを! 無垢むくな願いを踏みにじるなんて出来できないッ‼


 それ以上に、このの、この小さな身体からだに、そんな苦難を与えてたまるかッ‼



「まあ、見ていろ。この高さから飛び込む事や、寒中かんちゅう水泳すいえいなんてのも始めてだけど、泳ぎは苦手じゃない! ミクルの救いたい世界、オレが支えてやるッ‼」



「うん……うんッ‼」


 大きな瞳を見開いて、コクリと頷く。



 よし、バトンタッチは完了した。


 ここからはオレのターンだッ‼



 まずは荷物を下ろして上着を脱ぐ。


 ミクルちゃんの見ている前だが、ズボンも下ろす。



 どこかで聞いた話で、『服を着て泳ぐと水が服に浸透しんとうして重くて動けなくなる』というのがある。


 実際に試した事が無いから分からないが、用心に越した事は無い。



 そして柔軟じゅうなん体操たいそうで全身をほぐす。



 これもどこかで聞いた話だ。


寒中かんちゅう水泳すいえいなどは、先に身体からだをほぐしておかないと、ツってしまう』と。



 時間が無いので手早く、それでいて隅々すみずみを伸ばす。



 これで身体からだの準備は完了!


 心の準備は、とっくに出来できているッ‼



「じゃあ、行って来る! 必ず連れて戻って来る‼」


「うん! お願い、お兄ちゃん!」



 橋のさくから、てのひらを合わせて、真下ましたに、頭から垂直すいちょく落下らっか



 大きな水飛沫みずしぶきを上げて身体からだしずむ!



 まず、最初に感じたのは、高所からの飛び込みの衝撃や寒さより、のどような痛み。


 口の中に入った水が冷た過ぎてのどしもけを起こしたみたいだ。



 これは予想外の展開だ。


 水面すいめんに顔を出して空気を吸い込むが、外の空気も冷たく回復が遅い。



 続いて、身体中からだじゅう火傷やけどしたよう感触かんしょくおそう。


 身体からだの方もしもけを起こしてきたようだ。



 これは心がれそうになる。


 今直いますぐにでも陸に上がってだんを取りたくなる。



 だけど‼



「なろうッ‼ このくらいの寒さで、ミクルちゃんの世界を壊せると思うなッ‼」


 大きく叫んでから深く息を吸い込み、水の中をける。



 泳法えいほうはクロール!


 一番早い泳ぎ方と言われるスタンダード!



 自分でも驚く程のスピードで目標に進んで行く!


 おのれに、これ程の躍動やくどう宿やどっていたとはつゆと知らなかったが、今はそれが心強い!



「ガンバレ! お兄ちゃん‼」


 ミクルちゃんの声援せいえんが背中を押す!



 ハッ! コレで元気が出なくて、男の子かってんだ‼



 目標まで、あと二十メートル弱!


 コレなら行ける‼



 大きなストロークと全力のキックで、目標まで、あと、五、四、三、二、……。



要救助者ようきゅうじょしゃ確保かくほッ‼」



 左手におぼれていた犬をつかんで、ミクルちゃんの方を振り返る!


 よし、後は戻るだけ……。



 そこで気付く……。


 出発点は橋の上だったが、ゴールは岸だという事に……。



 現在地は海中のド真ん中。


 橋の下の海とはいえ、海の上にある『海と共に暮らすモデル都市』という売り込みの水上都市である樽中市たるなかし建築物けんちくぶつの下にあるだけあって、此処ここ白鷺しらさぎばしの下の水深は深い。



 その上、この白鷺しらさぎばしは、休日で船も通らない上に、さっきミクルちゃんが言った通り、橋そのものにも、オレたち以外の人通りが無いため、他の誰かに頼る事などまるで出来できない。



 仮にもし橋を通る誰かが他にて頼れたとしても、橋の鉄筋には、構造的こうぞうてき欠陥けっかんとしか思えず恨めしいが、何処どこにも梯子はしごなど無く、登るなど、長く丈夫なロープでも用意してもらければ不可能。



 だから、この橋の左右の橋の入り口に面していて梯子はしごが用意されているコンクリづくりの橋の両岸りょうぎし。それらの人口の岸だけがゴール足り得る。



 その上、出発地点が橋の中央だったせいで、左右どっちの岸もかなり遠い。


 岸に上がるためには、左右どっちに進路を取っても、目算で五〇〇メートルは泳がないとならない感じだ。



「クッ! だけど要救助者ようきゅうじょしゃはオレの手の中なんだ! 岸に上がれば、それで救えるんだ‼」



 覚悟を決めて進路を左に取る。


 左右どっちも余り変わらないが、こっちの進路の方が幾分いくぶんマシに思える。



 幾許いくばくか進んだところでさらなる苦難くなんを感じる……。


 左手に犬を抱えたままだから右手でしか水をく事が出来できない。



 そのために泳ぎ方はおのずと変形へんけい平泳ひらおよぎになりスピードが出ない。



 しかも左手が重い!



 犬は小型犬で数キロくらいの重さだろうけど、水の中で抱えるというのは、その数倍の重さのように感じられる。



 この犬も、一生懸命いっしょうけんめい犬掻いぬかきをしようとしているが、逆にコッチの泳ぎがさまたげられる。



 すで身体からだしもけが隅々すみずみまで発生しており、それらのしもけはなおらず、途轍とてつもなくきびしい痛みを全身の奥の奥までつたわせる。



 岸までは、あと二〇〇メートルほど……。


 なかばはぎたが、正直キツい……。



「お兄ちゃん! もう少し! もう少しだよ‼」


 ミクルちゃんが橋を移動しながら声援を掛けてくれる。



 クッ…このくらい難関なんかんで! 負けてたまるかよ‼


 ミクルちゃんのお兄ちゃんなんだからよッ! このオレはッッ‼



 気合を入れ直して速度を速める。


 だが、体力も限界で、息継いきつぎの間隔かんかくも早くなる。



 もう少し……。


 あと一〇〇メートル……。


 五〇……二五……。



「うおらァーーッ‼」



 最後の気合で速度をさらに速める。


 渾身(こんしん)のキックで岸までの距離を一気にめ!



「だっしゃァーーーッ‼」



 今、ゴールインッッ‼



「ハァ…ハァ…ハァ……。」


 いきおいのまま梯子はしごを上り、岸の上で、しばし空気をむさぼる。



 犬の方も、やっと地面をめられてホッとしている事だろう。



 コイツ、やっぱり右足を怪我けがしているな。


 泳いでいる時は確認する余裕が無かったが、コイツも良くガンバったもんだ。



「お兄ちゃん! スゴイ! スゴイよ‼」


 そこでミクルちゃんが合流ごうりゅうしてた。


 ちょっと目が赤くなっている。


 どうやら応援の途中で少し泣いちゃったみたいだな。



 ハハ、そこまで応援してもらえたんだからさっきの苦難くなんなに文句もんくいな。


 ってるミクルちゃんに、英雄えいゆう帰還きかんとは思えない弱々しさで手を振って答えた。





 #4#

 ミクルちゃんが抱えて持って来てくれた自分の服を着てから、ハンカチで犬の右足をテーピングし、このワンコを警察に届けようと移動を開始する事にした。


 その間、終始しゅうしミクルちゃんは『すごい、すごい』を連呼してオレをたたえてくれていた。



 正直、寒中かんちゅう水泳すいえい敢行かんこうしたせいで身体からだかじかんでいたが、このにコレだけたたえてもらえるのなら、この程度って気持ちになってくる。



 派出所までもう少しというところで……。



「ラッキー‼ ああ……アナタ方がラッキーを保護して下さったんですね! ラッキー……‼ 無事で……無事でかった……‼」


 どうやら、このワンコの飼い主さんの様だ。



 この寒い時期なのに汗を大量にいていて、どれだけ熱心に探していたのかという事と、このワンコがどれだけ愛されているのかがうかがえた。



「この子の飼い主さんですね。たまたまボクたちがこの子を見付けて警察に届けるところでした。」


 言って、ワンコを飼い主さんに差し出す。



 飼い主さんは、ワンコをめてから頭を軽くでて……、


「本当に、ありがとうございます。」



 深く頭を下げてお辞儀をし、ワンコに頬擦ほおずりをしようとして右足のハンカチにめて……、


「ラッキー‼ 右足を怪我けがしてて手当てしてもらってたのね⁉ それに、ちょっと身からだれている?」


 飼い主さんは、ハッとした様に、コチラに目を向けて来た。



「その子、右足を怪我けがして白鷺しらさぎばしの下の海でおぼれていたんです。それで、お兄ちゃんが泳いで助けて上げたんです。」


「そんな事になっていたんですか⁉ 私、この子を乗せた車を運転していたんですけど、この子を後部座席に乗せて窓を開けていたんです。この子、窓から顔を出すのが好きで、窓を開けないと怒るんです。でも、ふと気付いたらこの子がなくなってて…。多分、橋を通っている途中で、窓から落ちて、右足を怪我けがしながら、さらに橋から海に落ちたんですね。」



 なるほど、そういう事だったのか。


 しかし、窓から飛び出したら足を怪我けがして、さらに橋から海に落ちておぼれるという不運の大連鎖をしたワンコの名前がラッキーとは皮肉が効いている。



「でも、何はともあれ、大事にいたらなくて良かったですね。」


「ええ、お二人のお陰です。」


 飼い主さんがほがらかに笑って答える。



 そこで…、


「お兄ちゃんのラトルミレショニーがイクトデシブしたからその子を助けられたんですよ。私は、ただエナジーウェーブを間接かんせつ転送てんそうしただけで何もしてないです。全部お兄ちゃんの力です。」


 ミクルちゃんの電波でんぱ炸裂さくれつする!



 どうも興奮こうふん状態じょうたいが続いたためにオレのでっち上げたイニシエーションという決まり事を忘れてしまったらしい。



 飼い主さんの笑顔が、どんどん曇って行き、怪訝けげんそうな顔になる。



 しかし、飼い主さんは、何とか笑顔をもう一度作って…、


「な…何かお礼をしないといけませんわ。」


 何とか言葉をつむいでいく。



 しかし…、


「その子は、チャイファーのウルトアクティを私に送ってくれたから、もうお礼は頂いています。」



 必死の抵抗をはばよう放射ほうしゃされる電波でんぱ


 飼い主さんの顔が見る見る青くなっていく。



 多分、ここで、オレが方向ほうこう修正しゅうせいしないといけない場面なんだろうけど、今のオレは……。



「そういう訳で、もう、お礼はりません。それに、オレたちは世界を救うためにやっただけですから。」



 ミクルちゃんの世界を肯定こうていする!


 彼女の世界が、悲しい過去を乗り越えるためのモノだと知ったのだから‼



 そりゃ、いつかは『世界せかい』を見詰みつなおさなきゃいけなくなるだろう。


 このままでは通用しない。



 でも、今はまだ支えてやる奴が必要なんだ。


 それはオレであるべきはずだッ‼


 だってオレはッ! ミクルちゃんの、お兄ちゃんなんだからッッ‼



 飼い主さんはパクパクと口を動かして止まってしまう。


 それを横目に、ミクルちゃんの手を取る。



「さぁ、行こうか、ミクル!」


「うん! お兄ちゃん!」



 ニッコリと笑い合って出発する。


 もう飼い主さんから声がかることかった。



 今日のこの事で、オレも電波でんぱ野郎やろうとしてうわさされるかもしれないが、このとおそろいなら悪くない。



「まずは古着屋の方に、もう一度、向かおうか。」


「うん、ステキなのが有ったら、ベミラサイが、カスティアクニになるかもだしね!」



 すべようながれる電波でんぱ


 その意味は、やっぱり分からないが、今は笑ってとなりられる。



 これから、この調子でダダれの電波でんぱにまみれて過ごす事になれば、色々と問題も起こるだろう。


 でも、追々おいおい、慣れて行くさ。


 死別という悲しい過去と戦っている彼女を支えると決めたんだから!



 幾何いくばくか歩いたところで、ミクルちゃんの手が離れた。


 どうしたんだろう? また何か見つけたんだろうか?



「どうした、ミクル?」


 オレの問いかけに、ミクルちゃんは、神妙しんみょうな顔をし……、



「いま、お兄ちゃんの存在力そんざいりょくが他に移ったわ。もう、アナタはタダのうつわに戻った。だから、これ以上アナタと話す事は無いわ。」



 まさかの変化球へんかきゅうで返して来た⁉



「ハァッ⁉」



 困惑こんわくするオレを尻目しりめに……、


「さぁ、早く次のお兄ちゃんの存在力そんざいりょく宿やどったうつわを探さなきゃ。じゃないと、一億年と二千万年前に、遥かアンドロメダの彼方で、私をかばって目の前で命を散らせたランティス=スターロ=メディライ=アクネバルタの…その行為こうい無為むいになってしまう。そんな事になったら、ガイト=キンバネス=クエルト=サリバンも悲しむわ! だから私は世界を救うの!」


 トルネード投法とうほうさお鋭利えいり変化球へんかきゅうケーマークを重ねるッ⁉



 ちょっと待て!



 目の前で亡くなったのが一億と二千万年前とかアンドロメダの彼方って……ッ⁉


 それって……『その話そのものがすで電波でんぱだった。』って事かッ⁉



「じゃあ、さようなら、一つ前のお兄ちゃんのうつわさん。タダの一般人に戻ったアナタと、また会う事は、もう無いと思うけどね。」



 そのままスタスタと離れて行く。


 もうオレには何の興味も無いと言わんばかりに、一度いちどかえことく、その姿は遠くなって行った。


 あとには、ポツンとのこされたオレだけが、寒空さむぞら景色けしきのこされていた。



 しばし、その場で放心ほうしんしていたが、徐々じょじょに笑いが込み上げて来る。



 オレは、ずっと彼女を制御せいぎょしていたつもりだったが、はじめから彼女はオレの手の外にたんだ。


 というか、そもそもの前提ぜんていからして間違まちがっていたんだ。



「ハハ…ファンタジーは所詮しょせん、夢だからファンタジーなワケで…。現実として続いたら、それはノンフィクションっていう、日常的で、いつでも見れるツマラナイ物になるってこった! ま、極上ごくじょうのファンタジーが突然とつぜんってきて、突然とつぜんえただけだな‼ なんともファンタジーらしい終わり方じゃねぇかッ‼」


 寒空さむぞらなかで、オレのむなしいさけびが木霊こだまする。



 あ~しっかし、これで失恋回数一〇八回かよ……ッ⁉ 煩悩ぼんのうかずかってんだッ⁉



 それとも何か?


 この一〇八回で、すべてのやくちたってことなのか⁉



 ハッ‼ 最後さいごやくはデカぎだったな、オイッッ‼

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ファンタジーは突然に 皆木 亮 @minakiryou

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