ほんぺ 5-1

@kakuriyuki

第6

「最近の流行りよね、日本って国に転生して魔法で無双する異世界転生小説。私結構好き」

 シナリオ=Framより


.EX6-1

全て終わらせた。永遠魔導書エターナルもなくなったし、次の転生もない。本当に何もかも心残りさえ無くなった。

 暗闇の中で動いているのはただ自分一人。

 直にこの心臓の鼓動も意識もなくなって、この地面に倒れ伏すだろう。

『全部終わったときに』

 リマインドの通知しらせ、今更何がある?何もかも何もないこんな暗い中で、できることすら何もないっていうのに――しかしその通知を読むと大事なことを思い出した。


.EX6-2

「ちょっとミクったら!あと少しでこのまま死ぬところだったじゃない!おーきーてっおーきーてーよーっ!!!」

 頭の中をガンガンガンガンとフライパンを打ち鳴らすイメージで騒ぎ立てる、自分にも効くんだけど――うぅ、ふらふらする。

「……あによぅ、寝てろって言ったのはユキじゃない。うぁ、頭痛い」

 よし。

 ではここまでの――さっき思い出した――粗筋といこう。

「ちょっとした思い付きでさ、もう死ぬし体返そうかなって思って」

 いやこれ以上言わないといけないこともあるんだけど、戦争でのこととか。要約するとこんな感じ。

「あー、どこここ」

 周りが暗すぎるせいで自分がどこにいるのかも分からない。

「なら何で起こしたの?」

 しかしどこここって語感良いよね。

「んーちょっと待ってね、前に転移先に登録しておいたし一瞬だよ」

 なら転移してから起こせばいいのにと思ったがどうせ無駄――彼女の行動は全部場当たり的――なので黙っていた。


.EX6-3

「はい、到着」

「魔術師ギルドなんだけどさ、前に良さそうなの見つけてたんだよね」

 彼女は一人でよく喋る、傍からみると一人だが彼女の頭の中にいる相方の返事がなくても喋り続けている。

「魔術師ギルドなんだけどね――?」

目の前の廃墟を見つめ、首を傾げて漸く黙った。

 何があったかは分からないが、教会の跡地に作られていた魔術師ギルドは、天井が大きく崩れ、以前訪れた時と比べると一切人の気配すら感じない程度には寂れていた。

「うーん?まぁ入ろうか、誰か居て追い返されるよりはよかったや、押し入るつもりだったけど」

「何したの?」少しは相手してあげようかという優しさで聞いたが「色々――?」と何にも答えないので会話にすらならなかった。


.EX6-4

「何があったんだろうね、とかは考えないほうが良いか、どうせもうこれから終わるんだし」文法も意味も滅茶苦茶な彼女の言動を聞き流して聞いた「どうするの?」

「置いてある場所はわかってるから問題はないよ……あれは動かす意味のないアーティファクトだし」

 複雑に入り組んだ教会の地下を迷うことなく進んでいた、戦闘の跡であろう壁の焦げ目や焼けぜた地面は努めて視界に入れないようにしているようだ。

「前あった場所にないなぁ……魔道具のほとんども持ち去られてるし……これはやられたかな?」

 ほとんどの部屋を探したと報告。

「やられたんだね」

 ならもうこれ以上起きていることもないか、と眠りに就こうとする。

「むぅ……、もうちょい、あんな価値のないもの持っていくはずないんだから」「価値があるかどうか決めるのは持っていく人でしょう?」「ぐぅっ、正論」


.EX6-5

「あるじゃんか」

 それを見つけたのは結局あきらめた彼女が堂々と入り口から――勿論入るときは盗人らしく裏の窓からだった――帰ろうとしていた時のこと。久しぶりにユキと会話出来たしまた眠るにしてもいい気分だったのだが……。

「こんな表に置くようなものじゃないんだよねぇこれ、拷問用……じゃなくて処刑用だし」恐ろしい間違いをした彼女はやっと見つけた!と言って喜んでいた。

 エントランスというか、教会で偉い人が説法するお立ち台みたいなところに設置された巨大な立面鏡。その鏡面は黒く、何も映していない。

「うんうん、これだこれだ」

 彼女はガンガンぶったたきながら確認していた。高そうだし、壊れたら弁償できないよ?

「それくらいの財産はあるよ、倉庫にあるダイヤでも売ったらいい、自由に使っていいよ。……多分。使いまくってると狙われるだろうけどなー」

 呑気とも過激とも取れる答えを聞かされる。

「本気なの?死ぬって」

 彼女の心が心配になる。目の前で自殺されて遺産を残されるなんて、大概の人は――喜ぶかもしれないけど彼女は恩人のような存在だ。

 こんな鏡見つけなければ良かったのにとすら思う。

「本当のことを言うと、今まで読んでくれたミク以外の誰かにこの機会をあげたかった」

「でも私にはこれが最後の機会、もういない人達に会うことは叶わない。蘇生や魂の呼び戻しの領域には至れずにここで終わる」

「無理矢理贈ることになるけど……受け取ってね?」


.EX6-6

だけど?」と言いたかったが彼女は準備を始めていた。

鏡の四方を囲う魔法陣を月明りを頼りに触って調べていた。

「うん、これ全部転移魔法陣、真ん中の鏡は一切関係ないね」

 これだけ明らかに囲っておいて無関係なんてありえないと思うんだけど、彼女がそういうならそうなんだろう。

「あ、そうだ、靴脱がないと、これ履いてると歩けなくなるからね」

 じゃあどうやって今まで歩いてたんだと思ったけど、どうせまた何かずるいことでもしたんだろう。

「うん、どこか転移した先で新しく買ってね、人の居るところに転移できるはずだし、ポケットに金貨とかあるから……」

 ぽいっと適当に彼女が倉庫と呼ぶ暗黒空間に靴を放り投げた。

 ユキが裸足で鏡の前に立つ、何も映らない鏡面を指で撫でながら呟く。

「これはね、反魂の鏡とか……呪言の鏡とか……なんだっけ、八咫鏡やたのかがみだっけ……まぁ言ったどれかの鏡の内の一つなんだけどさ」

 どれだったか言い終わった後も悩みながらぶつぶつ呟き続ける。

「効果を言うと鏡に映る人間の魂を鏡に閉じ込めるアーティファクトなんだよね、魂抜けたら死んだようなもんだから処刑用」

 ぴったりでしょう?と言った彼女の心境も言葉の意味もよくわからないが、こんなのに入らなきゃいけないくらい彼女は悪いことをしたのだろうか?

「したなーいっぱい、へへっ」

 触れた指先から波紋が拡がり、鏡面を波打たせていく。

「先ず貴方を鏡の中に、そして鏡で契約を反転させよう」

 目の前の鏡に映るのは、虚ろな表情で笑うユキ――「悲しいの?」同じ顔だろうが彼女には私が映っているのだろう。頷いて肯定する。

「このままだと閉じ込められちゃうよ?」虚ろな表情のまま脅された。

「さあ手を出して?私と入れ替わろうか」


〇 続く

× 7-1へ


.EX6-7

 彼女には私だけが見えて私には彼女のいる場所が見えるのだろう、だから気づいた。

「ユキ!後ろ!」彼女は私を見つめた後即座に振り向く。


.EX6-8

「ドラゴンって!」

 巨大な、自分の肩幅を超える大きさの前足での先制攻撃を生身でほんの少し耐える。鏡に背中が当たるまで押し込まれ、爪で腕を傷つけられ一文字いちもんじに出血していた「私の体じゃないってのにっ」

 気合とかいう魔法で前足を振り弾く。飛んできたっていうなら流石にわかるはずなのに、本当にいつ出現したのかも分からない。

 目の前のドラゴンには吐息や体を動かす音と言った存在感が感じられない。

 魔法、時間がない、本当にミクが鏡の中に閉じ込められてしまう。

 心臓に手を当てて、心拍を犠牲にした魔法のためのコスト支払い。宣言。

type = castspell

 心臓が一拍だけ止まって――。

trigger = cost = 1

 魔法『豪炎球ごうえんきゅう

value = 『豪炎球ごうえんきゅう

ドラゴンの体躯と同じだけのただでかいだけの炎球の召喚、それが対象との近さの為に召喚と同時に炸裂する、怯ませて五秒は稼げるよね?と確認するためにその頭を見上げる。


 結果から言うと、彼女の選択は間違っていたかもしれないが少なくとも死なずには済んだ。

 夜の暗闇の中で散っていく炎が明りになり一切の怯みもなく体を振るったドラゴンの尻尾テイルが頭上に見える。

 生きるための『忘却』全てを、回避するために捨て去った。

 足を、強引に捻らせて体を真横に吹き飛ばして回避する。

 そしてどうして強制的に回避させるまで体を動かせなかったかを思い出した。

「ミク!」私は悲鳴を上げていた、いや私と同じ声の悲鳴が聞こえていた。

 ドラゴンの巨体はミクのいる鏡を粉々に討ち果たした。

 唇を噛む、無駄なことはしない、殺すためにすべきことをする。

 魔法の行使――連続だとあまり集中力が持たない、でもやるつもりだった。

 心臓に手を当てて二度目の心拍を犠牲にした魔法のためのコスト支払い。召喚を宣言。

type = summon

 次の鼓動から心臓は止まって――。

 一つ目、興奮した体のあちこちで酸素が足りなくなる。

 二つ目、脳がエネルギーが足りないという意味不明のシグナルをまき散らしながら意識が薄れだす。

 三つ目、何も考えていない時間は無駄な時間なのだろうか?という無駄な思考が体を巡る。

 四つ目、何もかもを失っていく……。

 五つ目、失ったものを取り返せる……ような。

trigger = cost = 5

 命を使い切ったように粗い息をつきながら、魔法を。

anima = Requiem

 召喚魔法、『レクイエム』


 遠くに、彼女の大切な剣が、ただ呼びかけに応えるように自然に現れる。名前はレクイエム。

 刀身は怪我をしたかのように包帯が巻かれた白い幅広剣。

 それを左手で取り、振りかざす。


.EX6-9

 ドラゴンの攻撃を全てレクイエムで受けていた、前足での打撃も尻尾での攻撃もただ防ぎ受け止めているだけ、しかし防ぐたびに前に進んでいた。

 遂には元の居た位置、鏡の前に立ち塞がる。最初から剣を持っていなかったことを、後悔はしない。

「あれか」ドラゴンの真後ろには光の扉と呼んだ、恐らくは上位の転移魔法。「れいあちゃんも碌なとこに飛んでないのかなって思うと悲しくなるなぁ……」気付けに独り言を言いつつ、レクイエムを構える。

 突然に、ドラゴンが羽ばたき始めた「飛ぶ気?」空気が反響していく。

 逃がすわけにもいかない、必ず落とす。

 レクイエムを後ろ手に地面に水平に構え直す。

「じきに真円を描く剣技ソードスキル――神威薙カムイナギっ!」

 レクイエムを振るうのは久しぶりだっただろうか?剣で攻撃するのはもっと?という自分に対する疑問とそれに対する回答を考えていた。

 目測を見誤った、と思う。

 ドラゴンの真横を突き抜けて、光の扉に突進していた。

 ドラゴンに打ち込むはずの剣撃は自分を止める為に地面に打ち込むことになった。そしてその間にかのドラゴンは地面から悠々と飛翔。

「空振り……?」

 恐怖を感じていた、背後を取られることよりも一つの予感に。向き直るが直後のドラゴンの突進をレクイエムで受けることはできず、凄まじい痛みを胸に受けつつ――生身で吹き飛ばされた……、光の扉の向こうに。


(魔法使うときの迫力っていうのが足らないよね、心拍を犠牲にするっていうのはいいアイデアだと思うんだけど、魔法の詠唱部分に勢いが欲しいですね。後は魔法行使時の火力描写がもっと欲しい感じ。)


.EX6-10

 粗く硬い地面を転がって、十回転はしただろうか、衝撃が死ぬころに受け身を取って直立。地面がつぶてとなって腕を引き裂き流血を酷くしている。

 まずい、息をする前にズボンのポケットからポーションの瓶を引き抜き――割れたりどっかにいかなくて助かった――飲み干して、肺からせりあがる血の塊を吐き出した。

 希少な最上位完全回復薬ハイエンドフルポーションが一本無くなった、相変わらず味も利きも悪い、が気にする余裕もない。転がっている途中で腕に力が入らなくなりレクイエムを落としてしまっていた。

 辺りを見回す、転移したからだろうか、辺りには人が多い、ドラゴンが扉から現れると彼らは悲鳴を上げた。

「犠牲が出そうだなあ……」

 どれくらいのレベルの自衛手段を持っているだろうか。

 回復薬の瓶を投げ捨てる――いつもは拾うんだけど。

 自分を守れなければ人の心配も出来ない。

 レクイエムを……見つけ出した。光の扉は噴水の中に、ドラゴンはその前に、レクは花壇の中に埋もれていた。

 姿勢を低く走って確保、これで身は守れる、いや、殺せるだろ?早く、やれよ。

 レクイエムを拾い上げると出血がいくらか――動かなければ流れ落ちない程度には――和らぐ、加護としての『持ち手への守護EX』

『KILL《打て》!KILL《打て》!KILL《殺せ》!』自分への魔力を込めた命令、共通言語以外の発声による舌のペナルティれ、口を開いて舌を出して放電。

 出血での筋力の低下、一度失敗した恐怖を忘れ、剣技にすらならない打ち込みを入れる。

 明るい場所で見ると、そいつは黒い甲殻で覆われ元が赤いことが見て取れる。

「黒いのも赤いのも知り合いにはいないな……」

 いつものように誰も聞いていない独り言を言いながら、大剣らしく重い金属音を響かせる二撃目を打ち入れた。


.EX6-11

 メディアは連日、光の扉を映す。

 最初はアメリカという国に出現したらしいその扉は、大都市の公園の一角に突如現れ――現れた時こそ話題にはなったが――一年と二年と経つうちに、次第に世間から忘れ去られていった。


 扉なら向こうから何かが出てくるのではないだろうか?と言われたのはいつごろからだっただろうか、世界には九つの扉が出現する。

 こちらから通り抜けることはできず、一方通行なのか?光のみで象られた扉に対してはその程度の憶測しかできなかった。


 監視されていた扉から何かが最初に出てきたのはイスラエルという国の扉。

 扉から何かが出てきたのは感知されたが映像記録には何も映っていなかったので、誤作動マルファンクトの可能性が疑われた。だが機械の誤作動ではなかったことを確かめた技術者たちは、カメラに映らなかった何かの存在を確信した。

 その次は日本という国の扉、千葉と広島に出現。

 千葉の扉から出てきたものは実際の一万……いや五十メートル程度の巨大なハエ、それは最初は何もしない、腹を見せ死んでいるだけのただの死骸のように見えた。

 病原菌をまき散らす可能性がある敵性物体として、駐屯していた米軍の爆撃機による攻撃が――日本には一切知らされず――行われた。

 そして、行われた爆撃。

 恐らくは扉の向こう側の生物への攻撃は、苛烈な反撃を受けて終了した。

 千葉という地方は黒いドーム状の粘液で覆われていた。

 触れれば皮膚は焼け爛れたちまちそれが全身に回り絶命する、ドームの中に元から居た住民たちは全員が痛みにのたうち回りながらエリアからの脱出を求めて走り回っていたが、許された短い生存時間でただ転げまわるだけの結果になっていた。

 そして広島には更に困った敵性生物が出現していた――。


(千葉県民に何の恨みがあるんですかね、よく感染症で滅びるよね千葉って、漫画とかで滅びてたのでよく考えずにやっちゃいました☆(∀`*ゞ)テヘッ やはり空港の存在が大きいのでしょうか、読んだ時は、でずにーがあるからそれへの嫉妬だろうと思ってましたね。広島の敵性生物は文章長くなるのでちょっとカット、後で後で。「司令部!敵性生物とは何か!?」「敵性生物。だ」)

.EX6-12

 千葉、広島への敵性生物による経済への打撃は深刻になりつつある、そもそも外国でも光の扉からの敵性生物が出現し始めていて、日本への観光や商取引は軒並み壊滅的な被害を受け、外国に援助を求めることすらできなくなっていった。

 そして日本、永田町で首都東京の池袋駅の前に出現した三つ目――世界的には十個目――に、対応する会議が開かれていた。

 いつもの国会のような責任を押し付けあう怒号はない、痛いほどの静寂。そんなことでこの会議を止めては家族や愛する人が死ぬ――。最低でもその程度のことを理解している人物のみでの最高レベルの会議だった。

 千葉では未だに全域を覆うドーム状のエリアへ侵入することができず――どれだけのレベルの防護服でも耐えられなかったために自衛隊の救出部隊を含めて――遺体の回収も出来ていない。

 広島では敵性生物が大量に出ていて弾薬も人手も足りない、攻撃部隊にも市民にも被害が時間とともに大きくなっていく。

 そして在日米軍は千葉の凄惨な状況を作り出した負い目を負い、軍事介入に異常なまでに消極的になった。

 解決しなければならない問題は多数あるが目下の懸案としては池袋に出現した扉、住民の避難指示である。今までの例に倣い一年以上先だとみられていたのだ、敵性生物の出現は。

 半年で避難と首都機能の移転を完了させ更に半年で監視と入場規制を敷くはずだったが……。

「三上君、池袋ゲートでの敵性生物の出現だが……」「首都機能を京都に移すのを即断せねばならん……」「敵性生物と交戦している警察以外の人物がいるという情報が……」

 会議の開始を告げるように、零分を回った瞬間に彼らは口々に議題を上げる、それまでと異なり礼節だったり秩序は存在していない。

 三上は、現場での部隊を――上官の居ない場合に――指示を行うサブリーダー的な存在だった、それが防衛相長官の代わりにここに出ているのは、上官たちが現状での責任を取りたくないからと、大役を遠慮し続けた結果、現場での指揮経験から抜擢されここにいる。押し付けられたともいうが。

 現場で戦う人間に権力をというパフォーマンスだ、優秀な兵士になれば権力を得られるという理想を見させているだけには過ぎないが、今の立場には不満はない、以前よりは遥かに意見が通るからだ。

 口々に告げられる議題に対する回答を答える、議論が必要なものは再議論をさせ、答えが出るものには指示をするのが今の会議のスタイルになっている。それは自分への過分な信頼というか、異常な権力の偏りだった。

「池袋ゲートに出現した敵性生物はドラゴンと仮称しています、またドラゴンより先にゲートから出現した人物に対しては調査中ですが、恐らくは向こう側の人物だと思われます。少なくとも日本での前科はありません」千葉と広島の光の扉という呼称とは異なり池袋は池袋ゲートと自分への承認もなしに決まっていた、その経緯や所以を三上は知らないが今更変える気もない。

「京都への首都機能移転については再度議論が必要です、自分の考えとしては、広島での被害を考え北海道が最適であると想定しています」あまり余裕がないので我を通しているが意見を通すのならばもう少し語気を弱めるべきだっただろう。

「ドラゴンと交戦している人物ですが、敵性生物と敵対していることから友好的な交渉を行うべきと考えます、先ずは私が接触し対応致しますが、それ以降の対応の検討をお願いいたします」

 世界でも初めての例だ、扉の向こうの人物との交渉は……。慎重に行わなければならない。ドラゴンと戦っているなら彼女は絶対に、英雄と呼ばれる存在だろう。

「それと、これから先の会議は通話での電子会議で行うべきです、重要な会議の準備に十分も準備にかけずに済むのですから……」

「防諜への対策が不十分ではないか?このレベルでの会議は国として最重要だ」

「いいえ、他国からの攻撃ではないと確定している時点で、防諜への対策は不要と考えます」言いたいことを言って、「では現場に急行いたしますので失礼します」と会議室を後にした。

 十分かかるとはいえこのレベルでの会議を即座にできるようになったのは評価すべき、誇るべきことだ、今までの権力構造ではまず議論すべきかどうかの議論がある時点で絶対に不可能だった……。


.EX6-13

「今のが防衛大学の中途入学試験を満点以上叩きだして合格した天才の、三上君……ですか」三上が出て行って数分後誰も喋るものがいなくなったこの会議で、初参加らしい議員がぽつりと発言する。

「あぁ……、惜しいなぁあれがエリートだったらもうちょっと政治力を学んだろうに」

 心底惜しそうに誰かが続く。

「やはり、適当な役職に就かせて政治レースというのを経験させたほうがよかったですな」「無茶言うな、中卒だぞ」「特に防衛大で実力主義からの抜擢は無理でしょうなぁ。キャリア組から昇格を消されるに決まっている」更にお手上げだというジェスチャーをしながら笑いつつの追従。

「はぁ、首都移転は京都以外ないというのも理解できていなかったな」

「法律も決まっているし、政府の緊急時のマニュアルでも京都移転は前から決まっているのを知らんのだろう」「さらに言えば京都と北海道では議員の力関係が明白だ、京都が強すぎる」

「そもそも広島と京都では遠すぎる、理由にならんだろう」

 からかうような笑いで談笑している、頼まれた議論などするつもりはないようだ。

「しかしあれに交渉を任せていいのか?成功したら世界初だろう?」

「何言ってる、なら自分でやればいいだろう、そもそもあんなドラゴンとやりあってる時点で人間じゃないだろうがな」

 絶対同じ化け物だろと付け加える。

「そもそも人型のアンノウンへの交渉は成功例がありませんな」

「言葉が通じるわけがない、日本語でやる気か?あいつは、コンニチハってな」

 もう一人が馬鹿にした調子でコンニチハコンニチハと繰り返しては笑いを誘った。

「歴史の教科書には乗れるでしょうな、わざわざ挑発して敵対したかのパイロットのように」「それだけは御免被るな」

「どうせ攻撃されるが、交渉の姿勢を見せないわけにもいかん」「成功すれば我らの手柄、失敗すればあいつの責任といった具合ですな」

 そして呑気に笑いあいながら持ち込んだ酒で酒盛りを始めた。



.EX6-14

「コンニチハ」「コンニチハー」

「コワクナイヨー」「ダレカオハナシシヨー?」

 自称悪魔でもあるユキは逃げずに見物に残っている人達を――大した自衛手段もないのに大した肝だなとか思いながら――ドラゴンが吐く炎から守ってやりながら声をかけているのだが。

 挨拶した瞬間に弾けたように逃げられるのを何度も繰り返していた。

 しかし彼らが構えているおもちゃみたいな機械で何をするつもりだろう。あれで魔法出るとか盾になるとか思ってるのかな、馬鹿じゃないの。いや、魔法出てくる何か新しいやつかもしれないけどたまに光を放ってるくらいでそんな様子もないし。

 レクイエムを一撃二撃と叩きつけて、一切のダメージや怯みを見せないドラゴンに対して、時間をかければ甲殻を削れるが、それまでに体力が持つだろうかを計算して。諦めることにした。

「あの、誰か!水属性の魔法使える人いませんか!」なんとか叫んでから喉にたまる血を吐き付け加える、「あ、こいつ火属性だと思うんですけど!」

 ざわざわと戸惑いの声が拡がっていく。これは特定の属性しか使えない国だとかそういう感じだろうか。

「あの!水じゃなくてもいいです、この際火属性でも!」

自分の属性である火は全く効きそうにないのでぞんざいな扱いに。

「自分が前衛で守るんで、その間にこいつにぶち込んでほしいです!」

 誰も答えてくれないのでいつものように独り言になった。

 近くに居た、若く威嚇的な格好をした男性に話しかける「一緒に戦ってくれませんか?」「あ……、俺、武器無いと、ちょっと今もってなく……」

 ドラゴンは距離が離れると火炎を吐いてくる。扉の前から動く気がないようだ。

「このっ屑めがっ」私が戦力を調達してるって時にっ。ドラゴンに向かって毒を吐きつつ炎をレクイエムで振り払う、同時に倉庫に手を突っ込んだ。

「あ、るぅ?」二、三度右手を掻いて刀を見つける「ほら武器……って居ない!」

 まぁ逃げるのもわかる、人類がドラゴンに勝った例は数例で負けるほうが多い、自分だって見たら逃げるくらいには負け続けたこともあったのだし……。辺りには炎が燃え移って木や植生が松明のように燃え続けている、よく見た光景だ……人以外は。悲鳴を上げてうずくまる人もいれば魔法でも使うような体勢で直立する人もいる、肉盾にしたら……駄目だろうなぁ人間の恨みってうざすぎるし。

 いつもはしないけど、刀を振り鞘を吹っ飛ばし、折角なので大剣と刀を後ろ手に地面と水平に構える。

「じきに真円を描く剣技ソードスキル神威薙カムイナギ!」

 じきにと言いながら未だ真円に至らないただの水平切り、先ずレクイエムが当たって跳ね返り、次に刀が当たると刀が折れ砕けた。ほんの少し胸の外殻を削る。

 右手の刀を捨ててドラゴンの反撃を受ける、前足で殴り、体をひねって尻尾テイル、軽く距離を離して突進、これの連続。離れすぎていれば火炎ブレス

「もしかしてこいつワンパか?」

 彼女にだけは言われたくなかっただろう罵倒を受けて、激高という感情が伝わってくる咆哮。

 高く立った建物の壁を覆っているガラスが割れ直下にいる人間を襲う。

 何であんな罠みたいな……対巨大魔獣想定か?建物に突進したらガラスが降って来るとかか?人間側の方が被害多い気がするけど――もしかしてあいつら餌か?肉盾にしても問題なかっただろうか。

 あの人らはちょっと諦めよう、あんなとこに突っ立つように命令されてたんだろうけど、ちょっと助けていられない、素足でガラス踏みたくない。

 今まで吐息すら漏らさず静かに攻撃してきていたドラゴンが唸り声を上げながら前足を振り上げる。

.EX6-15

 今回はパターンを変えてきたようだ、打撃の代わりに爪を使った引っ掻き攻撃。

「もしかして体力減ったから行動パターン変えるってやつ?同じじゃん」

 盛大に馬鹿にした笑いと共にレクイエムと迎える。

 余裕をもって攻撃を受け続けていた、引っ掻きは打ち払い、尻尾は単純に防御し、突進は衝撃を受け流した勢いでレクイエムを振り上げて、打ち下ろす反撃カウンター

 二連続の引っ掻きというパターンの変化にも笑いながら防御で対応して――。

 ――っ!

 声にもならない慟哭、レクイエムに巻かれた包帯が引き裂かれ目の前に垂れる。『還送』っ!

 今まで自分を護っていた彼女をくうに還すと、三撃目の引っ掻きを半身を引くが食らう。肉は抉られていない。

 しかし続いた突進には、何の防御も回避手段もなかった。

.EX6-16

 突進を食らう直前、一瞬を引き延ばして思考。

 先ず頭の中の誰かからの回答、回避不可能。

 次に、やはりこの地面はやけに痛い、食いしばったら足は破けて出血で死ぬだろう。

 後は……それくらいか。かたきは討てなかったな。

.EX6-17

 何の防御もしない直立したまま突進を受けた。攻撃を受けるときの癖で足は地面を食いしばってしまう。

 上体をそらし、自ら転がって足への衝撃を軽減。

 転がっている中では何も考えていなかった。

 漸く止まった時、受け身すら取れなかったので地面に手を突いて立ち上がる。

 爪を受けた時、服を裂かれていた、さらしで押さえられた、人に見てもらうために肥大化させた胸全てが曝される。

 上着は転がっている途中に破れてしまったようで、刻まれて火種になった布切れ以外は何処にも見当たらない。

 これくらいのストリップには慣れているからいい……。人の注目を集められるのが気持ちいい……。

 誰かが強情を張っていたようだ、話を聞いていなかったやつがいるらしい、足が破けて腕の出血もまた酷くなった。

 取り敢えず、できるのは、死んだふり……だな。

 うつ伏せに倒れる。ドラゴンは……釣れたようだ、余裕をもってゆっくりと四つ足で歩いてくる。

 必死に次の手を考えているけれど、やっと倒れられた楽さの方が大きいかもしれない。

 倉庫……、回復薬……治療?

 攻撃……、刀……、魔剣。

 魔法は……、次一拍でも心臓を止めたら失血で死ぬだろうからなぁ、大きいのは使えないなぁ……。

 そんなことを考えている内に視界が何かで塞がれた。

.EX6-18

 何かを叫んでいるようだが耳でもやられたろうか聞き取れない。

 顔を上げると誰かが――奇抜な格好をしている――近くにも同じ服の人間が叫びあっていた。

 組織ユニオンの人間のようだ、あんまり関わりたくないんだけれど……、倒れたのを見て私を確保しに来たのだろうか。最低。立てないが体をゆっくり起こして座り込む。

 ドラゴンと私との間に割って入った人間は手にしていた小型の銃から剣で打つよりは気の抜けた音を立て、ドラゴンに向け火を放った。

 小さな、銃器……そんなものしかないのだろうか……、戦争ばっかりのこんな時代に。

 もっと小型のミサイルでも設置式の爆弾でも作ればいいのに……。やっと耳が聞こえるように「市民を守れ!」もっと強い武器を持ってから言ってくれ……。

 そんなもので怯むわけもないのでドラゴンは、持ち上げた前足で目の前の人間を踏みつぶそうとする、私相手の時とはだいぶ違う、相手を舐めた動作だ。

 目の前に立ちはだかる人間はよけようともしない、見た目は生身だ、が私でも一発は耐えるからまだ大丈夫だろう。と思っていた。


 よけようともしないその人間は、何の抵抗もなく踏みつぶされ、変形していき、血だまりと代わった。


 呆気ない最期のようだったがこの戦争ではそれなりにありふれた死でもあった。


 騎士願望だろうか、明らかに自分から肉盾になって、目の前に潰されては立ちはだかる、同じ服の人間達。

 押しつぶされ、押しつぶされ、尻尾テイルで上半身だけ吹き飛ばされ両断された死体が重なる。

「ちょっと!」声を出した、ちょっとではない、いっぱい待てと言いたかったが、果たしてそんな余裕があったろうか。

 焚火に飛び込む虫けらを見ているようだ、いや、立ち向かう気があるんだったらもっといい銃器も、筋力を上げる加護付きの大盾もあるっていうのに。

 倉庫から反動の一切を無く調整した対物狙撃銃を取り出す、弾は、倉庫の中には十発分しかないが……。一切の狙いをつけずに――つける必要もないほどの近さの相手に、銃口を向け一撃打ち込む。

 狙撃銃ゆえに発砲音はない。次弾装填を大振りの手の動きで見せつつ、残りの弾と共に同じ服の連中に向けて投げた。

 自分の銃は外殻にほんの少しの凹みを与えただけだが彼らの銃のように弾かれるよりは跳弾の危険性が少ない。

 くそっ、今ので使い方が分からなかったのかよ?足元の銃を見つめているばかりで何もしない相手に心中で悪態をつく。

 あまり人を頼ってもいけない、あの四人の男だけが立ち向かう気概を見せたのだろう。犬死にだが。

 倉庫から目当ての魔剣を掘り当てる。

 心拍の代わりに剣をコストに魔法を使う目算。腕の血が剣に流れて……。

.EX6-19

「アークナイト!ハイエルンⅢ《さん》せい参っ上っ!!!」

 外れた高い声で名乗りを上げて趣味のよさそうとは思えない安っぽいマントを羽織った小太りの男性が、おもちゃの剣?と共に目の前にどたどたと立ちふさがる。太っているのも走ってきて顔中に汗を噴き出しているのも別にいいが、目の前に着いた直後から不安そうに辺りをびくびくと見まわしているのが最高に気持ち悪い……、あと胸を見る眼付きも……、さっきまでの人と全然違うじゃん!

 私は相当にキレていた、負けるとは思っていなかったが強者相手に先に名乗りをあげられて私の怒りは最高潮に達した。

「邪魔っ」いらついてはいたが単に蹴り飛ばした、ハイなんとかの大量に文字が印刷されたダサい服に血が付く「ひぃっ」

「私の名前はぁっ、ユキ・グローフィールドだっ!」

 魔剣を犠牲にした魔法詠唱、怒気を込めた宣言。

type = castspell

trigger = cost = sword

 魔法っ『豪炎球っ!』

value = 『豪炎球』

 ギルドで出した時の三倍ほどの巨大なだけの炎弾を一切の弱みを見せずに気合で打ち出した。そして、犠牲になるいつかの愛剣、柄までが乾燥してヒビが入る様に粉々に砕けた。

 限界……。無意識に心拍の犠牲も併用していた……。死ぬかな……?死ぬつもりだったけど。

 つっかえが無くなったように仰向けに地面に倒れる、空には黒い雲が流れている。雨になりそうだ。その空に、ドラゴンが飛び出していく、目を離した一瞬で再生したのか、甲殻にすら傷はついていない。

 眠ろうか。


「あのっ、これ!」

 目を瞑っていたが声をかけられた、開くとh何とかが覗き込んでいる。

 纏っていたマントに手を掛けると、首に引っかかったらしいその部分を引きちぎって体に掛けられる。

 意識が暗転した。

.EX6-20

「こんにちは」

 なんて起きた時に声を掛けられるのは初めてだった、ふつうおはようだと思うんだけど。

「防衛省の三上登みかみのぼる、と申します、ユキ・グローフィールド様」フルネームに様まで付けられるのは久しぶりだ。取り敢えず丁寧なやからは気が長いので無視しても大丈夫。

 辺りをきょろきょろと見まわした、真っ白い中にベッドと窓、それだけ。面白味はない。

「こちら、でしょうか?」見まわした後の二週目で探しているものを差し出される。

 ハイエルン様のマントだ。

 受け取って匂いを嗅ぐが、殆ど芳香剤の匂いしかしなかった、匂いで追うのは無理か……。

「ここは日本という国家であり、我々はユキ・グローフィールド様を大切な国賓として扱いたいと思っております、わたくし三上はユキ・グローフィールド様の、お世話役を仰せつかっておりますので、何用でもご用命くださいませ」

 はぁ、日本っていう国家なんですか。それ以降はよく聞いていなかった、聞き流す。

 「あぁユキでいいです」「了解致しました。ユキ・グローフィールド様」「ユキって呼べって言ったんだけど」「申し訳ありません、ユキ様」

 起きてからの会話は人の話聞いてんのかなって不安になるような会話だった。

「ん?おせわとかなにょうでもにゃんとかって、にゃんでもしてくれるってこと?」

まだ諦めずにマントにすんすんと鼻を近づけながらもごもごと尋ねる。

「何でもとは参りませんが、ご希望に添えるように致します」

顔を上げて目の前の顔を見つめる。ミカミだっけ。

 ほんの少し、右を見て確認する、三上って名乗り直してるな、三上って呼んでほしいってことね。

 そういうのをこいつもやればいいのにとか思いながらしてほしいことを告げた。

「手ぇ、出して?」マントを放り出し、着させられている、だいぶ胸元のきつかった服のボタンを外していく。

「手相、でしょうか。こちらの世界でも手相には意味があると、ふふはっ…は、いえすみません、こちらでも手相を見て占う風習があるのです」

 意味の分からないことを言いながら途中で自分の言葉で笑っていた。かなり怖い。

 上衣をはだけ、手を取って自分で晒した胸を触らせる。

 三上は自分からは何も言わない、そして何も動かない。胸よりも下の方が好みだったろうか、これで犯ってもいいと察してくれるわけでもなかったか。

 それよりも大事なことに気づく、シャツのボタンを全て外してしまっていたのだ、はっとして一番下のボタンだけ付ける。こういうのが大事なんだよねっ。

 もう一度取り落としていた手を掴もうとした。

「ユキ様、我々は感謝しているのです、かのドラゴンから、市民を救っていただいたことを、貴方様が異世界の人間であろうとも虜囚のような扱いはされません」

 はて。異世界とはなんぞ。……あ、光の扉ってそういうもんだもんね、違う国に飛ばされたのかと思っていた。

「こちらの世界にはあのようなドラゴンやユキ様の使った魔法というものが存在しません、そしてユキ様が出現された、あの扉ですが、こちらの世界の技術で作ることは不可能です」

 手を取って胸を揉ませ続けているが動じた様子はない。

「故にユキ様はこの世界とは違う世界から召喚されてきたのではないでしょうか、というのが私の考えであります」

 ころんと寝転がって股を開く。

「いかがでしょうか?ユキ様、この日本はドラゴンをはじめとした複数の敵性生物に襲われています、この世界を救ってはいただけないでしょうか……」

「襲えよ」

「勇者、ユキ様……、どうかこの通りでございます」

 どの通りだよと思った、頭すら下げていない。でもこの通りっていいながら頭が自然に下がらないのはメンタルすごいよな。

「ゆっきにゃ勇者じゃにゃいにゃー」

 ふざけられているのでふざけ返しつつ、手元のマントを噛む。

「しかし、あのドラゴンと互角に戦っていました」

「うーんまぁね、惜敗と言ったところだったよね、あいつは友達のかたきだからさぁ、あいつだけは殺すよ」

「いえ、ドラゴンには敵いそうにないので、他の場所の対応をお願いいたしたいのです」

「あ?」あのまま戦ってたら勝ってたろと思ったけど、素人には分かり難いかもな。

「しょうがないなぁ……、まぁ他のなら、いつも通り、報酬によるかな」

「ユキ様は傭兵を職業にされておられるのですか?」

「違うけど、お金で何でもするよ」

 この世界で傭兵もいいかもな。

「そうですね……、十万円ほどでいかがでしょうか?」

「価値が分かんないなぁ……、それで一年以上暮らせる?」

「いえ……、一月ほどと言ったところですね」

「じゃあ一月に十万円って言ってるのか……、いや、こういう時に便利な言葉を思い出した、一番もらってるやつと同額くれ」

「現場の人間でということであれば可能です二十五万程度ですね」

「偉い差だなぁ、1.5倍か」

「2.5倍です」

「あ」ちょっと暗算ができなくなってきているみたいだ、素直に誰かに演算させよう。

「ユキ様は算数がお苦手なのですね」

「ちょっと間違えたくらいでなんだよぅ」

「いえ、それよりも、是非にご覧に入れたいものがございます」

 そして一礼。一度部屋から出て、またすぐに入ってくる。

「こちらです」

 一緒に入ってきていた女性、彼女が移動させるのに便利なキャリーを押している。その上の物は――。

「電源を……」

 頷いた女性がベッドの下のコンセントにそれから出たプラグを差し込む。

 いや、もう見た時からすごいと思っていた。

「いかがでしょう?」

 三上がスイッチらしきものを押して電源を付ける、映像が映りだした。

「すごいっ!!!」ぱちぱちぱちぱち。

「ふふはははっはははははっそうでしょう」

 三上はとても楽しそうに笑っていた。

「これっ、あの、あの……、なんだっけ、なんだっけ、あの……、あれ…ブラウン管テレビですよねっ!」「え、はい」

「すごい貴重なものじゃないですかっ、こんなの残ってるなんて……、映像も映るし保存状態いいですね、金貨で何枚になるんだろう……、昔のゲームってブラウン管で映ることを想定していたから画面が違うって聞いたことありますっ」

 だんだん早口にテンションを上げながら言った。

「あ、はい、そうなんです」

 対称に三上は何故か表情を失っていく。

「わーいいなぁ、ゲーム好きのあの子に渡したら喜ぶだろうなぁ、……あ、あの子はもう死んでるんだったや。あはは……」

 最後は空気が抜けるように落ち着く。

「こちら置いておきますので……、一時間で千円です」

 一時間千円十万で……、あ、いや、二十五万になったんだっけ。あぁもういいや。……高くね?

「あぁ……、もういいから」

 三上は運んできた女性にそういうと、その女性は退出していった、結構可愛い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ほんぺ 5-1 @kakuriyuki

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る