第3話
「マスター、いつもの」
「あ、じゃあボクは……オレンジジュースで」
場所を移す。
その言葉から、人気のない広い場所を想像していた赤城だったが、ヴルーフに連れられ、辿り着いたのは一軒の喫茶店だった。
商店街の片隅にある、こじんまりとしたレトロな雰囲気の喫茶店。通りに面した壁には窓はなく、内からも外からも遮断された感覚がある。
(というか今この怪人、いつもの、って言ったな)
そんなフレーズが許されるほどの常連なんだろうか。
正直、こういった感じの店は近寄りがたくて、こっちは初めて入ったんだが。
と、嫉妬にも似た何かを赤城が経験したところで、注文したものが席に届いた――カットされたオレンジがグラスに添えられたオレンジジュースと、おもちゃのように小さいコーヒーカップだ。
「……うん」
コンクリすら簡単に握り潰せる手で器用にカップを持ち、中身をぺろりと舌で舐めると、満足そうに頷くヴルーフ。
そんな怪人の姿にどこか苛立ちを覚え、オレンジジュースには手も付けずに、赤城は質問を繰り出した。
「で、お前はあそこで何をしてたんだ?」
「何って、もちろん街の清掃活動だよ」
「そんな見え透いた嘘が――!」
感情が一気に爆発した。
もしも街中で暴れられたらと、ここまで渋々ヴルーフに従ってきたが、もう我慢の限界だった。
しかしその怒声は、よりにもよって戦闘狂と恐れられた怪人による『静かに』のジェスチャーによって遮られた。
「お店の迷惑になるだろう」
「…………っ!」
我に返れば、店内全員の視線がこちらに集まっている。ヴルーフの言うことは確かに正論だ。
だが、正義の味方が悪の組織の一員にたしなめられるという、様々な感情が入り混じったこの状況に、赤城の身体は細かく震えた。
それを見かねたかのように、小さなため息と共にカップを置き、ヴルーフは落ち着いた声で語り始めた。
「ウチの組織、ずっとお前らに負け続けてきたから、しばらく前に経営コンサルタントを雇ったんだよ」
「…………」
突然の話に、赤城の思考は完全に停止した。
経営コンサルタント? 何の話だ?
唯一理解できることは、自分が今、何も理解できていないということだけだ。
しかし、そんな赤城を無視して、話は進んでいく。
「いや、気持ちは分かる。オレも最初は反対したさ。経営コンサルタントなんかに悪の組織の何が分かる、って。だけど、首領命令だから従わないわけにもいかないし、実際言うこと聞いてみたらこの結果だよ。ほら、ウチの戦闘員、前に比べて強くなっただろ?」
「あ、あぁ……」
それは確かに実感していたことだ。個々の強さはもちろん、連携がよく取れていて、敵ながら見事だと思ったこともある。
だが、それと経営コンサルタントと何の関係がある?
赤城のそんな疑問は、すぐにヴルーフによって明かされた。
「コンサルがまず提案してきたのが、戦闘員へのしっかりとした教育だ。これまでの場当たり的な実戦投入をやめて、ヒーローと対峙した際のマニュアルを作り、それに基づいた戦闘訓練を行う。そのおかげで無駄に戦闘員を失うことがなくなり、新人も安定したレベルで現場に送り込めるようになった。それと同時に、オレたち怪人は現場で指示する手間が減り、自分の戦いに集中できるようにもなった」
「……なるほど。それで最近、戦闘員までもがあんなに手強いのか」
しかも、その中には新人もいたと言うなら脅威は倍増だ。これからあのレベルの戦闘員が、さらに増えるおそれがあるのだから。
やはり三人しかいない今のグレンジャーでは、この先は厳しい。
以前「気合いでなんとかなる」と却下されたが、帰ったらまた改めてメンバーの増員を司令官にお願いしよう。
と、疑問が一つ解決し、その対応策も見えたが、それだけでは話は終わらない。疑問はまだある。
「だけど、それじゃあ何故昨日、お前は前に出てこなかったんだ? 戦闘員たちとは別に、思う存分戦えたんじゃないのか?」
「昨日のは、戦闘員たちの実戦訓練だったからな。オレはあくまで監督役として付き合っただけだ」
「だ、だが、その……ボクが言うのもなんだが、あと一押しというところまで来てたじゃないか、昨日の戦いは。訓練とはいえ、どうしてあのまま撤退した?」
「毎週金曜日はノー残業デーになったんだよ、ウチ。あと、土日は基本全員休み」
「土日休み、だと……」
赤城は驚きのあまり絶句した。
まさかアークXが、そんなことになっていたとは。
自分たちには、土日どころか休みという概念すらないというのに。大変な戦いの翌日だろうが、今日のようにパトロールしなければならないのに。
(それなのに、悪の組織が休むとは何事か!)
と、心の中で叫んだ直後、赤城は己の矛盾に気付いた。
悪の組織が活動しないということは、世界に平和が訪れるということ。それは自分たちがずっと望んでいたことではないか。
だが、どうしてか引っかかるものを感じてしまう。頭ではそれが正しいと分かっているのに、何か腑に落ちないものがある。
それにその話が本当だとすれば、新たな疑問が生じる。
「じゃあ、さっきまでお前がやっていたことは何だ? 休みだというのに、一体何をしていたんだ?」
「何って、そりゃあゴミ拾いだよ。ボランティアの」
「ボランティア? 悪の組織のお前が?」
「いやいや、悪の組織だからこそ、だよ。まあ、これもコンサルからの提案なんだが、このまま順調に世界征服できたとしても、全部が全部こちらで管理するわけにもいかないだろ。色々と人手もかかるし。だから今のうちから地元住民と交流を図り、理解を深めて、世界征服を果たした際、互いに協力しあえる関係を築いておく」
「もしかして最近、お前たちが市街地に現れなくなったのも……?」
「ああ、その通り。市街地での戦闘は、各方面に多大な迷惑をかけるからな。前みたいに、ただ暴れていればいいだけの時代は終わったんだ」
「……お前、変わったな」
「働き方改革ってやつさ」
まあ、これはこれで悪くない。
大きな牙を見せ、ヴルーフはそう笑った。
だけどそこからは、以前のような凶暴さは感じられなかった。
「あ、まずい、もうこんな時間か」
店の時計を見上げると、カップの残りをぐいっと飲み干し、少し慌てた様子で立ち上がるヴルーフ。
そして一人レジに向かうと、慣れた手つきで電子マネーで会計を済ませた。
「悪いが、このあとご近所さんのホームパーティーに呼ばれてるから、お先に失礼するよ。それじゃあ、また月曜日――じゃなくて、火曜日か」
「何だ? 月曜日は出てこないのか?」
「有給取ってるんだよ、月曜日」
そう言って、戦闘狂と呼ばれた怪人は静かに去っていった。
いつの間にかテーブルから無くなっていた二人分の会計伝票と共に。
余談だが、このあと赤城は近くのコンビニに設置された証明写真機に立ち寄った。
正義の証明――了
正義の証明 維川千四号 @chiyogo1004
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