第2話



 翌日。

 私服姿の赤城は、いつものように街をパトロールしていた。

 爽やかな風が心地よい、よく晴れた土曜の朝。どこからか子どもの元気な声が聞こえ、昨日、あんな戦いが起きたとはとても思えない風景だ。


(……いや、そもそも誰も知らないのか)


 ここ数か月、アークXの連中は街中に現れなくなった。昨日のような郊外の陸橋や廃工場、ダムの近くや深い森の中といった、人気のない場所を選んで現れているように思える。

 幸い、そのおかげで民間人の避難誘導や、彼らを守りながら戦わなくても済む場面が増えてもいるが、やはりその意図は不明のまま。

 そして極めつけが、昨日のアレだ。

 誰がどう見ても優勢な局面での撤退。一晩経った今でも、その真意が分からない。

 ブルーやピンク、我らが司令官にも意見を仰いだが、やはりこれといった結論は出ずに終わっている。


(何かが起きている。だけど、その何かが分からない――いや)


 もやもやとした恐怖を振り払うかのように、赤城は小さく首を横に振った。


(考えても分からないなら、今は目の前のことに集中しよう)


 パトロールも自分たちの大事な任務だ。

 たとえ最近、街中に姿を現さなくなったとはいえ、悪はどこに潜んでいるか分からないのだから。


「ヴルーフちゃん、そっちどう? 終わった?」

「あー、もう少しですねー」

「さすが若い子は仕事が早いわねー」

「ちょっとやめてくださいよ、島田さん。人間の年齢に換算したら、俺ももう十分おじさんなんですから」


 ――いた。

 普通にいた。

 悪の怪人が普通にそのままの姿で、普通に人通りの多い場所で、普通にご婦人方と談笑していた。


「…………」


 あまりの普通さに、言葉を失う赤城。

 十数人のご婦人の輪の中に、怪人が一人馴染んでいる。一目で怪人と分かる風貌なのに、ご婦人方も通行人も特に気にする様子がない。これがこの街の日常と言わんばかりだ。

 そして、そんな光景に目を奪われていたせいで、事態はあっという間に悪化してしまった。


「ん、グレンレッドか」

「――――っ!」


 ヴルーフに気づかれた。

 すかさず腕時計型の変身アイテムに手を伸ばすが、状況は最悪に近い。場所は市街地、敵の後ろには民間人多数。

 不利な要素ばかりだが、戦わないわけにはいかない。

 自分には正義の味方としての責務がある。

 そう覚悟を決めた赤城だったが、それを制するようにヴルーフは手のひらを向けてきた。


「まあ、待て。ここではアレだ。場所を移そう」

「…………」


 願ってもない申し出に、眉間にしわを寄せる赤城。

 もちろん、そのほうがこちらは戦いやすいが、向こうに何のメリットがあるか分からない提案だ。素直に首を縦には触れない。

 そして案の定、ヴルーフは「ただし、その前に」と牙を見せ、にやりと笑った。


「こいつを処分してからだ」


 そう言って足元から拾い上げたのは、缶とペットボトルに分けられたゴミ袋と、銀に鈍く光るトングだった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る