最終話.これからの世界
東の彼方の空に、光の柱が現れてから、十日がたった。
それから世界中に流れ星のような光が降り注いで、全てが終わった。
終わったというのは、魔王と魔物との戦いだ。
私とヘルミナは、王都に用意された屋敷で、その光景を見ていた。
それを見て、すぐに確信した。
レイマとプラエ。守護神騎ディルクラムに乗った二人が、ことを成し遂げたのだと。
何故なら、降り注ぐ光も、遠くに見える光の柱も、悪いものには見えなかったから。
むしろ、暖かくて、私達を守ってくれるもの。とても、魔王が生み出すような現象には思えなかった。
実際、すぐに答えは来た。
『始まりの街』から報告が来て、復活したディルクラムが魔物を蹴散らし、東の空に飛び去ってすぐに、あの光が生まれたと教えられた。
それ以来、魔物は一匹も見つかっていない。
私は急いで王城に向かって、できるだけ偉い人に頼んで、『始まりの街』に運んで貰った。
そして、陛下が事前に手を回していたらしく、避難する前と同じ屋敷に住まわせてくれた。
それから十日。
私の大切な人。レイマはまだ帰ってこない。
「……ねぇ、お姉ちゃん。どう思う?」
「え? どうしたの?」
「もう。しっかりしてよねっ」
窓の外、東の空を眺めていたら、ヘルミナの話を聞きそびれてしまった。
最近多いことだ。気を抜くと、すぐに東の空を見てしまう。
「生き残ったドワーフ戦士長がさ。東に向かって調査隊を編制するんだって。この世界がどうなってるか調べる第一陣。それに、参加できるかも知れないの」
「それって、学院を卒業してからじゃ駄目なの?」
あの戦いを生き残ったドワーフ戦士長は、治療がすむなり動き出した。
人類の前には広い世界がある。未来のための一歩を、早くも踏み出しているのだ。
国家をあげた計画として、これからどんどん『神剣の大地』から人々が旅立っていくだろう。
「そりゃあ、学院を出るにはちょっと早いけどさ。多分、実地学習とか適当な理由をつけられると思う。それに、東にいけば……」
妹は優しい。再開した学院に通いながらも、時間があればこうして馬を飛ばして屋敷まで来てくれる。
今の相談だって、私に気をつかって考えてくれたんだろう。
「私に気をつかわなくていいのよ。ちゃんと勉強して、父さんやレイマみたいな学者になってからでもいいと思う」
「でもっ、それだと姉さんはどうするの!? ずっとここでレイマ義兄さんを待つつもり?」
十日だ。今更捜索しても、無事な姿は望めない時間。
こうして私が屋敷で待つのは、無駄なことかもしれない。
「もう少し、ここで待とうと思うの」
「そんなの……っ」
ヘルミナが言葉を飲み込んだ。そんなの無駄だとか、もう諦めろ、だとか言いたいんだろう。
「ディルクラムは、ゼファーラ神の与えてくださったものだから。私達の神様とプラエちゃんなら、レイマをここに返してくれる。そんな気がするの」
私は歴史学者じゃないけど、幼い頃から神話や伝承に触れてきた。
ゼファーラ神は自らが作り出した子供である私達に対して、子煩悩ともいえるくらいに手を出してくる神様だ。
そこから生み出されたプラエちゃんも優しい子だった。
だから、魔王を倒した後、レイマをどうにかして返してくれるかも知れない。
私の中で、そんな都合のいい希望があった。
「それにね。ここでただ待ってるだけじゃないのよ。色々と行政のお手伝いもしてるし……」
魔王との戦いでこの世界は一気に人手不足になった。学者の近くで働いていた私は、色々と重宝されている。
「それならいいけど……。でも、どこかで結論はつけないと」
「そうね……」
どこか諦めたような妹の言葉に、同意する。
どのくらいで、自分は納得できるだろうか。それはまだ、わからない。十日という時間では心の整理がつくようなことじゃない。
そのことに思いを馳せた時だった。
玄関のドアの鈴が鳴らされた音が聞こえた。
「? 来客の予定なんてあったかしら?」
「お仕事かしら。ちょっと行ってくるわ」
「あ、あたしもー」
屋敷には使用人がいるけど、私達は玄関に近い部屋にいた。
こういう時、大して偉いわけじゃないので、呼ばれる前に直接出向くことが多い。
「あら? みんな、どうしたの?」
玄関にいくと、先に出迎えたらしい使用人が、座り込んでいた。
まるで、腰を抜かしているような状況だ。
その理由は、入り口に立つ人を見て、すぐにわかった。
「…………」
「え? どうし……え?」
後ろから、妹の戸惑う声が聞こえてくる。
当然だ。そこにもう、見ることはないと思っていた人がいたのだから。
着ている服は、エルフのものだろうか?
緑を基調とした動きやすそうな服だ。
それ以外は、子供の頃から私のよく知っている佇まい。
ほんの少しだけ、瞳の色は変わっているけれど。その印象は変わらない。
「レイマ!」
声が出ると同時に、気づけば駆けだしていた。
胸に飛び込むと、彼は優しく受け止めてくれた。
「ソルヤ……。遅くなった。プラエが転移魔法を使ってくれて、エルフの村の近くに出たんだけど、身体がボロボロで動けなくてな……。目覚めたのも最近なんだ」
「義兄さん! 本物なの!? 嘘でしょ!?」
「一昨日までずっと治療してたんだ。俺はちゃんと生きてる」
私を抱きしめながら、妹に向かってそんなことをいうのが聞こえた。
何かと説明したがるのは変わらない。間違いなく、本物だ。
「そうだ。プラエちゃんはどうなったの?」
私の問いかけに、レイマは静かに首を振った。
「わからない。ディルクラムと一緒に、この世界から消えた……」
それを聞いて、妹が座り込む気配があった。すぐに嗚咽が聞こえてくる。あの子はプラエちゃんと仲が良かったから。レイマの姿を見て、期待してしまったのだろう。
「なあ、ソルヤ。聞いてくれるか」
青い瞳になったよく知った顔で、レイマが私を見つめてきた。少し、緊張している。私と結婚の約束までしているくせに、何でそんな態度なのか。
「これから先の世界を、俺と一緒に生きてくれないか?」
その質問の答えは、考えるまでもなかった。
この日、守護神騎ディルクラムの操縦者の帰還をもって、魔王との戦いは終わったとされている。
守護神騎ディルクラム ~神剣の大地~ みなかみしょう @shou_minakami
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