36.黄金

 操縦席から見える光景が、黄金の光だけになった。

 これから先、俺達がどうなるかは、わからない。

 『祈りの剣』の発動によって、蓄えられたゼファーラ神の力は解放された。

 魔王を倒すだけでなく、その力は世界に残っている魔物も浄化してくれるはずだ。魔物の親たる魔王がいない今、魔物はこの世界から消えてなくなる。平和な世界が来る……。


 その世界にいけそうにないのが、残念だった。


「レイマ……何を感傷に浸っているのですか?」


 ふと気づけば、プラエが呆れ顔でこちらを見ていた。


「何って、帰れないんだから感傷くらいあってもいいだろ」

「そんなことはありません……」


 俺の言葉を否定すると、プラエは軽く手を振った。

 現れた小さな魔法陣からは、可愛らしい封筒が生み出され、そのまま俺の手元まで飛んできた。


「これは?」

「貴方とソルヤの結婚式の、スピーチの言葉です。今考えたものなので、簡単で申し訳ありませんが……。ヘルミナに代読をお願いしてください」

「何を言ってるんだ?」


 俺の問いかけに対して、言葉以外の形で答えが来た。

 俺の操縦席周辺だけに、青白い光の魔法陣が現れていた。

 見覚えのある魔法。転移の魔法だ。


「転移魔法? もうそんな魔力はないはずだぞ!?」


 『祈りの剣』はディルクラムの最後の武器だ。発動したら止まらず、他のことをする余力なんてない。


「実は、こういう時のために準備をしていまして。グラン・マグスに転移魔法を使わせるだけの余力があるのです。大丈夫、『神剣の大地』の中に飛ばすくらいはできます」

「おい、それはどういう……っ」


 なんで俺だけなんだ、という言葉が出かけたところで、俺は止まった。

 こちらを見つめて、淡々と話すプラエの青く輝く瞳。

 そこから、一筋の涙が流れていた。


「わたしは、魔王を倒すためにつかわされたディルクラムと共にあるもの。これでいいんです……」


 いいわけがない。彼女の表情がそう語っていた。

 プラエは何かと「感情がない」というけれど、それは嘘だ。こっそり調べたから根拠もある。

 長く生きて経験を積んだ精霊は、徐々に感情を得ることがある。古い書物にそう書かれていた。


 精霊と半精霊の違いは肉体の有無。むしろ、物理的に世界に干渉できる分、半精霊の方が感情を得やすくってもおかしくない。

 だから、彼女の涙は、本物なのだ。

 つまり、彼女なりの精一杯で、この結末を選んだんだ。


「プラエ……ありがとう。俺なんかのために……」

「いいえ……」


 涙を流しながらも、プラエはぎこちなく笑みを浮かべる。


「感謝するのはわたしの方です。こうして、使命を果たすことが出来たのですから……」


 その言葉もまた、嘘じゃないんだろう。


「お前も一緒に来れないのか?」


 わかっている。『祈りの剣』の発動を制御する者が必要だ。操縦者を全て失うことはできない。

 でも、そう言わずにいられなかった。


「本当は……貴方達が新たな日々を歩むのが見たかった。守った世界の広さを確かめたかった……。ですが、これ以上は望めません」


 転移の魔法陣が明滅を繰り返す。かなり無理をしているんだろう。魔力が不安定だ。

 俺一人を転移させるための魔力を、グラン・マグス経由で強引に用意しているのがわかる。

 

「操縦者レイマ・ウィクルム。貴方のこれからと、この世界により良い未来がありますように」


 俺に向かって一礼し、プラエの左手が後ろにある水晶球に触れると、魔法陣が輝きを増した。

 転移魔法が、完成する――。


「プラエ――――ッ!!」


 俺が最後に見たのは、涙をぬぐい、笑顔で見送る少女の姿だった。


 強引に発動された転移の魔法によって、俺の意識は失われた。


○○○


「寂しくなりましたね……」


 主のいなくなった操縦席を見て、プラエはぽつりと呟いた。

 ディルクラムの操縦席。黄金色の光で画面が埋まる中、半精霊プラエはたった今やった仕事に満足すると、ゆっくりと自分の席に座る。


 後悔はない。むしろ、この決断ができた自分自身を誇らしいとすら思う。

 レイマ・ウィクルムは、平和になった世界で生きるべき人間だ。ここで神話や伝説になってはいけない。


 魔王を倒した今、操縦者は必要ない。『祈りの剣』を制御する自分だけがいればいいのだ。

 グラン・マグスがあったのが幸いだった。本来なら、できないような魔法の行使を可能にさせてくれた。


「前言を撤回します。寂しくはありません……」


 水晶球を撫で、現れる魔法陣を愛おしく眺める。

 グラン・マグス。その正体は、先代のディルクラムの操縦者だ。

 当時、世界最高の魔法使いと呼ばれた人。

 魔王イニティウムとの戦いで自らの命まで燃やし尽くした彼は、最後の瞬間に密かに用意していた奥義によって、自らの魂を精霊と化した。


 それが、グラン・マグス。ディルクラムに宿る精霊として、魔法の行使を初めとして、数限りない手助けをしてくれた。


「さあ、終わりにしましょう……」


 『祈りの剣』の力は膨大だ。魔王を倒し、この世界から魔物という存在を消し去ることが出来る。

 その後どうなるかはプラエもわからない。少なくとも、ディルクラムも自分もこの世界から消えるのは間違いない。

 ゼファーラ神の御許にいくのか、それとも別の結末があるのか。

 わからないが、そこに恐怖は無かった。

 この世界と同じく、そう悪いものが待っているとは思えない。


「ディルクラム。『祈りの剣』の全てを放出してください」


 プラエの言葉に応え、ディルクラムの輝きが更に増す。

 白銀の鎧が光に溶け出し、操縦席までもが黄金色の空間になっていく。

 黄金の光の柱と化したディルクラムから、光の雨が世界中に降り注ぐのが見えた。

 陸も海も空も、あるべき姿へと浄化されていく。

 世界本来の姿を垣間見て、プラエの目に、再び涙が浮かぶ。


「本当に、この世界は美しいですね……」


 誰にも届かない呟きと共に、半精霊プラエは黄金の光の中にその姿を消した。

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