35.浄化
姿を変えた魔王を前に、俺とプラエは判断を迷っていた。
ここで撤退はない。だが、どう攻める。
攻め入る隙がない。俺達がそう考えてしまうくらいに、魔王は得体の知れない存在に変わっていた。
『どうした。慎重だな? それとも怯えたか? 仕方ないことだろうな』
挑発でも無く。ただ事実を述べただけ。そんな言い方だった。
「行くぞ……。できる限りの防御を頼む」
「わかりました。グラン・マグス接続……」
受けに回ってどうにかなる相手じゃない。とにかく攻撃をしかけて、付け入る隙を見切る。
プラエの操作で周囲に無数の魔法の盾が浮かび。ディルクラムから神剣に魔力が注がれる。
そして、背中の魔法陣も輝きを増していく。
『うむ。やる気があるようで何よりだ』
呟き一つ。魔王の手に黒い魔力の刃が生み出される。
「いくぞ。プラエ、ディルクラム……」
「はい。わたしたちは負けるわけにはいきません」
俺は操縦用の水晶球に力を込めた。攻撃の意志を受け、ディルクラムが前進する。
低空を超高速で飛翔。一瞬で魔王の眼前に迫り、その速度を殺すこと無く。激しく輝く神剣を全力で突き込む。
『真正面とは、自信がありすぎるな!』
直撃の直前、あざける声と共に、黒い刃によって神剣が跳ね上げられた。
「…………くっ」
でたらめに強くなってやがる。こちらの一撃を事も無げに弾いた。
だが、このくらいは……。
「プラエ!」
「はいっ!」
俺が指示をするよりも早く。プラエは魔法を発動していた。
ディルクラムの背後で展開する魔法陣。それは飛翔のみならず、あらゆる魔法を発動するための万能魔法陣だ。
そこから、魔王目掛けて無数の光の矢が発射された。
避けられる距離じゃない。矢は次々と魔王に直撃する。
『そんなもので……。むっ……』
攻撃を受けた魔王の戸惑い。それもそうだ。今のは攻撃のための魔法じゃない。
プラエの用意した光の矢は空間に留まる性質を持っている。
矢の多くは魔王の鎧に阻まれたが、いくつかは突き破り、その場に留まっていた。
魔王を空間ごと釘付けにする。それが俺達の狙いだ。
『ほう……。考えるものだ……」
心底感心したような声音。それを気にしている余裕はない。
「神剣リ・ヴェルタス!」
青白い光を散らし、神剣が鳴動した。内包した魔力を一気に解放させる。
一瞬だが、隙をつける。なら、ここで全力の一撃を叩き込む!
ディルクラムが上段から神剣を振り下ろす。そのおぞましい鎧を叩き切るための攻撃が為される。
俺達の全力の一撃が放たれる瞬間。
『そんなものか!』
魔王の気合いの声が響き。拘束していたはずの光の矢が霧散した。
更に、自由になった魔王の左手から、黒い魔力が吹き出し、ディルクラムが吹き飛ばされた。
「ぐぉぉ……っ!」
空中で姿勢を制御。どうにか着地する。
「くそっ。でたらめ……な」
それを見て、唖然とした。
画面内。姿勢を整えて見上げた魔王の周囲。
そこに、数十の黒い刃が浮かんでいた。
直感でわかった。一つ一つが、ついさっき、軽く神剣を弾いたものと同じものだ。
「グラン・マグス! 障壁展開! 全力で!」
障壁の展開は間に合った。人類には作り出せない頑健な魔法の盾が複数、目の前に出現する。
『無駄だ』
その言葉通りだった。放たれた黒い刃はあっさりと障壁を貫き。ディルクラム目掛けて殺到。
「うおおぉぉぉ!」
迫り来る黒い刃を神剣で叩き落とす。
一つ二つと、弾く度に、魔力が反応し、閃光が生まれる。
数が多い。
「くっ……」
「レイマ! 空へ!」
言葉に従い、飛翔。空高く昇ろうとするが、黒い刃は追いかけてきた。
「神剣を!」
「ああっ、止まれぇ!」
攻撃に向けて向かって神剣を正面に向ける。
神剣は剣としての機能だけでなく、杖としての性能も有している。
ディルクラムが魔法陣で生み出すよりも頑丈な障壁が生まれ、黒い刃が次々と突き刺さって、止まる。
「止まった!」
「いえ、離脱をっ!」
プラエの焦り混じりの指示に、間に合わなかった。
次の瞬間、目の前で止まった黒い刃が爆発した。
黒い魔力球と化した魔王の攻撃が俺達の襲いかかる。
「……ぐぅ、おお!」
幸い、ディルクラムも神剣も無事だった。
ただ一撃で、全身の装甲がひび割れ、背中の魔法陣が失われたことを除けば。
大地に向かって落下する感覚。操縦席が大きく傾く。
「グラン・マグス接続……。まだいけます……」
プラエの言葉通りだった。ディルクラムの背中に新たな魔法陣が生み出され。そこから生まれた光によって損傷もすぐに回復する。
しかし、
『その程度か……』
落胆の声と共に突如目の前に現れた魔王イニティウム。
その手に握られた黒い刃が、容赦なく振り下ろされた。
「くぅ……っ!」
なんとか神剣で攻撃を受け止める。
莫大な魔力の干渉で、目の前に魔力の輝きが散る。
魔王の押し込んでくる刃をなんとか抑える。
『その程度か! もっと楽しませろ! この世界最後の楽しみなのだぞ!』
「お前を楽しませるために戦うわけではありません!」
プラエの屹然とした声と同時。背後の魔法陣と両手の宝玉が輝いた。
『む……おおっ!』
そこから生まれたのは無数の青白い火花。ちらちらと雪のように漂うそれらは、魔王に触れた端から青い炎へと変わり、その身体を削りにかかる。
ゼファーラ神の炎だ。威力としては、ディルクラムに出せる最大級の魔法だが、倒すには至らない。
だが、隙はできた。
「おりゃああ!」
気合い一閃。神剣を振り抜いて、魔王を振り払う。
『……ふむ。追い詰めてみるものだな。思ったよりも楽しめる』
余裕を崩さずに、魔王が言う。少しも効いてない。
「向こうが油断してるうちに、どうにかしたいんだが……」
今のままでは、決め手に欠ける。魔王と戦うことが出来ても、倒すには至らない。むしろ、徐々に追い込まれて……。
敗北。それだけは、絶対に避けなきゃならない結末だ。
「……覚悟を決めるしか無いか。プラエ、『祈りの剣』だ」
「っ!? レイマ、しかし、それは……」
「わかってる……。でも、他に方法がない。このまま戦って勝てるとも思えない」
「それは……そうですが……」
プラエが逡巡を見せる。迷うのも仕方ない。これを使えば多分、『帰れなくなる』んだから。
「頼むプラエ。これでもう、終わりにしたいんだ……」
終わりにしなきゃならない。
魔王も、魔物も、本来暮らせるはずの広い世界を奪われた人類も。
そのための守護神騎ディルクラムなのだから。
俺の覚悟が伝わったのか、プラエは少し考え込んだ後。
「わかりました……」
そう答え、水晶球の操作を始めた。
すぐに周囲の画面上に無数の魔法陣が浮かび上がる。ディルクラムの再構築に付き合った俺には、これから起こることがよくわかる。
すまいない。ソルヤ。多分、帰れない。
心の中で、そう謝罪しておく。彼女なら許してくれるはずだ。泣くだろうが。
せめて、最後に残る家族であるヘルミナと達者で暮らして欲しい。
『ほう。まだ何かするつもりか?』
ディルクラムが内部から魔力を解放し始めたのに気づいた魔王が、楽しそうに言った。
奴との会話に付き合う必要はない。すぐに黙らせてやる……。
「…………最終浄化兵装『祈りの剣』、起動準備完了。いいのですね、レイマ?」
青い瞳を輝かせながら、こちらを振り返り、最後の確認をしてくるプラエ。
「ああ、『祈りの剣』、起動だ」
迷わず答えると、すぐに変化が来た。
これまでにない魔力の流れを感じる。多分、俺の目も青く輝いているんだろう。
操縦席内に言葉が響いた。
『ゼファーラ神の名の下に 我らは祈りを振るう者なり』
それと同時、ディルクラムと神剣がかつてないほどの魔力を放出し始めた。
「起動確認! わたしは制御で精一杯です。攻撃はレイマに!」
「ああ、任された!」
操縦席から見える光景は一変していた。
画面に写るのは黄金色の輝きを放つ神剣と、同じ色になったディルクラムの腕。
操縦席も同じだ、まるで粉雪のように黄金の光が散る。
これまでに無い、魔王を倒すための一撃を放つために、自らを崩壊させかねない一撃を放つ。そのために、ディルクラムと神剣が限界以上の力を発揮している証拠だ。
『馬鹿なっ。どこからそんな力が! もうお前達にも、この世界にも、そんなものはなかったはず!』
魔王が焦っていた。ざまあみろだ。おおかた、もうこの世界に自分以上の力は無いと思っていたんだろう。
それは事実だ。だが、他に手段がないわけじゃない。
この『祈りの剣』はディルクラムが一度敗北した後、ゼファーラ神が新たに与えた魔王を倒すための切り札。
神の力の源である『祈り』の力を全てぶつける、ただ一度だけの最終手段だ。
この一撃のために、ゼファーラ神は自らの存在が消えかねない危険な状態を保ち続けていたんだ。
今ここに現れているのは、魔王によって世界が蹂躙された人々の祈りそのもの。
この世界に生きる/生きた、全ての人々の祈りをぶつける。
それがこの最終浄化兵装『祈りの剣』だ。
「本来なら神と共に世界を支えるはずだった力、その千年分。それをこれから、お前に叩き込む」
目の前で怯え、だが逃げない魔王に向かって、俺は宣言する。
逃げても無駄だ。この世界にいる限り、俺はこいつを絶対に叩き込む。
『く……。なんなんだ、この世界は……。忌々しい……。楽しくない……』
まだ言うか。なら、はっきり教えてやる!
「この世界は、お前みたいな奴のためにあるわけじゃない!」
操縦用の水晶に力を込める。
俺の意志を受け、ディルクラムは即座にそれを実行した。
魔法陣が展開すること無く、ディルクラムがその場で転移。
魔王イニティウムの正面に、いきなり現れる。
『馬鹿め! 正面からで!』
目の前に現れた俺達を見て、焦りと嗤いを滲ませながら、黒い刃で斬りかかってくる魔王。
「違うな。小細工無しで十分ってことなんだよ!」
その攻撃を意に介さず。
俺達は黄金の光を放つ神剣を振り抜いた。
黒い刃を砕き、黄金の刃が魔王の身体を容赦なく切り裂く。
『お……お……?』
身体の中程で止まった刃を見て、何が起きたかわかっていないように、魔王は戸惑った。
「お前の負けだ。魔王イニティウム。この世界の力を味わえ」
「『祈りの剣』発動」
プラエの声が聞こえた直後。
神剣がその姿を崩壊させ。中から黄金の光が溢れ出した。
その勢いは止まらず、ディルクラムまで巻き込んで、天高く昇っていく。
黄金の光の柱の一部と化しながら、俺達は聞いた。
『おのれ……おの……れ』
ありふれた恨み言。それが、魔王イニティウムの断末魔だった。
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